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「失礼します」
部室の引き戸を開ける音を聞き、アタシはパタンと本を閉じた。いや、本を閉じるフリをした。実際にはヒメの小説をスマホで読み返していただけ。
「来たか。」
表情を強張らせ近づいてくるヒメに、今日はアタシの正面へと座るよう促す。彼女は静かに腰を下ろした。
スマホの画面に小説を出し、それをお互いの真ん中へと置く。
・・・・・・
わずかな間。
彼女にとっては耐えがたい時間だろう。自分の創作物を人目にさらすというのは、恥ずかしくてしょうがないに違いない。それが匿名の保たれるネット空間ではなく、実際の知り合いであれば尚更だ。
(ふっふっふっ、苦しむがよいヒメ。こっちは変な汗ばかりかかされたんだからな)
アタシがニヤついているのがよっぽど耐えられなくなったのかヒメの方から喋り始めた。
「あ、その作家名は男か女か日本人かも分からない抽象的なものにしたくて、ファーストネームに二コと付けました」
スマホに映し出されている小説の表紙には可愛らしい女の子のイラスト共に『ニコ・タケナカ』と、作家名が載っている。
「タケナカは戦国武将の竹中半兵衛からとってます」
「竹中 重治ね。色々逸話があるけど、いくつかは後世の創作じゃないかと言われてるし、つかみどころが無いという点では合ってるんじゃない?同じ岐阜出身でゆかりが深い人物なのも、由来を聞かれた時に話を広げやすくていい」
「流石、先輩」
・・・・・・
あまり焦らせても可哀そうなだけかと、アタシはゆっくり口を開いた。
「よく、書けてるよ。」
まずは様子見に軽く褒める。
「ありがとうございます。」
いつもであれば言葉尻に♪マークでも付いていそうな返事が返って来るのに、そうではなかった。緊張?いや違う。昨日の内に恥ずかしさの峠は乗り越えたし、一晩経って今は落ち着いて見える。
(と、いうことは・・・・・・)
彼女自身も分かっているのだろう。アタシの言葉がお世辞だという事は。
まだ書き始めたばかりの子にアレやコレやと指摘するのは心を折ってしまいかねない。アタシは編集者でもなければ、プロの評論家でもないのだから。アニメやゲームに詳しいというだけのオタクだ。流行りのラノベ知識だけをひけらかしても彼女の為にはならないだろう。それよりは次につなげる為に、ほんの少しやる気を与えてあげようと思ったのだけれど、
「あの、率直な意見が聞きたいんです」
ヒメは真剣なまなざしで言った。
「うーん。じゃあ1つだけ」
目の前で喉がゴクリと動く。
「よく書けているというのは本当だよ。本をたくさん読んでいるんだろうな、というのが分かる読みやすい文章だった。だだ、」
「ただ?」
「遠慮があるかな」
「遠慮、ですか?」
「そう、遠慮。誰に対しての遠慮なのか?それは読者を傷付けない様にという配慮なのかもしれないし、ヒメ自身の優しさやモラルから来るものかもしれない。いずれにせよ、一線は超えないというのが最初から分かってしまっている。それが物語を平たんでメリハリのないものにしているんじゃないかな?もちろん、穏やかな物語が好きだという人はいるし、そういうものを書きたいというなら、アタシの指摘は忘れてもらっていい」
彼女はうん、うんと頷いていた。
「私、小説を書き始めて投稿サイトにもいくつか発表しているんですけど、あまり反応が無いというか・・・・・・読んでくれている人はいるんです。アクセス数が分かるようになっているので。でも、評価や感想を貰ったことが無くて・・・・・・理由が分かった気がします。私のは小説ではなく、ただ読みやすいだけの文章だったんですね」
「落ち込むことはないよ?普通は書こうと思う事も、ましてや書き続けることも難しいんだから、ヒメはよく出来ている方だよ」
「ありがとうございます。先輩♪」
彼女から満面の笑みが返ってきた。どうやらアタシの指摘は上手くいったらしい。
安堵したのだろう。彼女は目じりに浮かんだ涙をぬぐった。
「私、実際に誰かへ見せるのなんて初めてだったから、とっても恥ずかしかったけど先輩が初めてでよかった、」うっすら頬を紅潮させはにかむ彼女。
(言い方っ‼)
笑顔と涙のギャップ。そして相手を盛大に勘違いへと導くこのセリフ。男なら軽く打ちのめされたに違いない。
(この娘は人を惑わす天才か⁉自覚が無いだけにタチ悪い!)




