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『コイツ?』隣に座っているヒメの方から微かにそんな言葉が聞こえた気がした。気がしたというのは、彼女の声にしては低く、それにくぐもっていて確信が持てなかったからだ。
変に思ってヒメの方を向いたけれど目線は合わない。代わりに彼女はふーみんへ向けてにこやかに言った。
「二人は仲がよろしいんですね」
ゾワゾワゾワ!ナニか得体のしれないものを感じ取ったアタシの体に悪寒が走った。
(なんだろう?この感覚、)これ以上、踏み込むな!早く話を流せ!アタシの直感がそう言っている。
「仲がいいなんて、そんな事ないわよ」ふーみんが横を向いて髪をいじりだした。
(なんだよッふーみん⁉その反応‼変に思われるだろッ!)
ヒメの顔がこちらに向く。
「どうかされました?センパイ。」
「いや・・・・・・別に。ちょっと寒気が、」
かいちょが胸の前で手を合わせ、わざとらしく言った。
「ちょっと冷房が効き過ぎてますか?今日もとーってもアツイですからねぇ」
(コヤツ!そんなんじゃないからなッ!)
抗議の視線を向けるも、帰ってきたのは含み笑いだ。
「ふふふっ」
はなっちが適当に相槌を打ってお菓子を頬張る。
「そうそう。今日もあついよねー」ボリボリ。
いつも通りのはなっちがアタシには唯一の救いだよ。
ふーみんが話に乗っかって、矛先を変えた。
「そ、そうよね。暑いもんね。チカはそんな格好で暑くないの?」
熱い紅茶をすすって、何もわかっていないだろうチカ丸が応える。
「日本、涼しい」
学校が始まったといっても、まだ8月。うちの高校はなぜか8月いっぱいまで夏休みを取らせてくれない。窓の外は未だ太陽の日差しがサンサンと降り注ぎ真夏そのものだ。
その夏の盛りにチカ丸はパーカーを羽織ってフードまで被っている。しかも下は黒のストッキング姿だ。ニーソックスなのかもしれないが、うちの制服はスカートの丈が変に長いのでめくって確かめてみないと分からない。そんなことしないけど。
アタシも話を流すため乗っかった。
「へぇー、やっぱりアラブって砂漠だから熱いんだ」
「暑い。夏は40℃越える」
かいちょがニッコリ笑って語り始めた。
「ドバイは亜熱帯気候です。季節は暑くて長い夏と、比較的過ごしやすい短い冬の2つしかありません。砂漠は乾燥しているイメージがありますが、ドバイは海に近い為、湿度が高く蒸し暑いのが特徴です。また近隣にめだった山が無い為、気流の変化が起こらず雨が降らないそうです。雨となって降らない為に空気中の湿度は80%以上がずっと続き、まるでサウナの様な場所なんだとか」
「you know a lot about Dubai」
「ありがとうございます。ドバイの事が気になったので昨晩、少し調べてみたんです」
「岐阜は日本の中でも特に暑いって言われるけど、それを上回る場所があるとは。世界は広いねぇ。うん、うん」
変な空気にならずに済んだようだ。隣のヒメも変わった様子はない。お茶をすすって話に耳を傾けている。
(きっと気のせい、気のせい・・・・・・そういう事にしておこう)
アタシもぬるくなった紅茶をすすった。
「けどドバイ、家の中サムイ。エアコン効き過ぎ。ママいつも怒ってる」
「ああ、お父さんが温度設定下げちゃうんでしょ?うちもそうだよ」
はなっちの言葉にチカ丸が首を振る。
「ドバイどこの家もサムイ。冷やすのが贅沢だと思ってる。だからヒジャブ被ってるくらいがちょうどいい」
「そのヒジャブって家の中でもずっと被ってるの?」ふーみんが聞いた。
彼女が首を振る。
「家族だけしかいない時は被らなくてもいい。あと、女だけしかいない時も取ってもOK。家族じゃない男には肌や髪を見せてはダメ。そういう教え」
「教えか、大変ね」
チカ丸がまた首を振る。
「本来ヒジャブは強制されて被るものじゃない。誰かに言われて取るものでもない。自発的に被るもの。私は自分の意思で被ってる」チカ丸はハッキリと言い切った。
どうやら何か思う所があるらしい。普段宗教なんて意識しない日本人の私でもなんとなくその言わんとするところは分かるよ。




