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ゆるゾン  作者: ニコ・タケナカ
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「日本語は難しいよな」パイセンがしみじみと言った。

「パイセンは国語が苦手なんですか?」

「? お前が言う事は時々分からん。何言ってるんだ?」

(なにって・・・・・・)

こちらとしてはパイセンの方こそ大雑把すぎて話がかみ合っていない気がするんですけど。

「月光さんは知らないんですね、」かいちょが言ってしまってから、言葉を飲んだ。パイセンの方を気にする様に視線を送っている。

「何を?」アタシも視線を送る。

「アタシもハーフだぞ。知らなかったのか」

「え⁉そうなんですか!どうりで日本人離れしていると思ってたんですよ」

「ア?」パイセンの鋭い視線が飛んできた。

「月光さん。」かいちょもいさめる様にこちらを見てくる。彼女は名前を読んだだけで何も言わずに顔を向けていてその表情は真顔だ。

(こ、れは、)

いつものかいちょであればニコニコと笑ってとりなしてくれそうなものなのに、何も言わないというのは・・・・・・アタシは今、踏み込んではいけない領域の一歩手前なのでは?

そう理解した時、背筋に悪寒が走った。

(マズイ。猛獣使いのかいちょでも扱えない事案だったか)


アタシは猛獣が飛び出してくるかもしれないデッドライン直前でとどまったというのに、隣のふーみんが軽く踏み越えていく。

「もしかしてその肌、日焼けじゃなくて地の色だったんですか?」

(止まれ!ふーみんッ!そこを越えてはいけないぞ!)

パイセンが鼻で笑った。

「伊吹山にはかなわないな・・・・・・ああ、そうだ。べつに隠す様な事でもないがな」

張り詰めた空気が解けた気がする。

(ここにも一人、猛獣使いがいたか。)


「アタシはブラジルのハーフだ」

「あぁ、パイセンそれでブラジリアン柔術を」

「いけないか?」

「いえっ!そんな事はありません!」

こわばるアタシの事をまた鼻で笑ってパイセンが言葉を続ける。

「うちのひいひい爺さんは日本人で、若いときにブラジルに渡ったそうだ。戦争の前の話だな」

「戦争前というと、確かその頃は日本の移民政策により多くの日本人が海外へ渡った時期ですね」かいちょが補足した。

「ああ、ブラジルに日系人が多いのはその頃の名残だな。ひいひい爺さんの名前は小川 清で、今もアタシが小川の名を引き継いでいるんだぞ」

「あれ?でもパイセンの苗字って猪野じゃないですか」

「なんだ、お前も間違えてたんだな。それはアタシの名前だ。苗字は瑞穂の方だ」

「え⁉ミズホ イノだったんですか!私も苗字だと勘違いしてました。名前の方で呼んでたんですね。すいません」と謝るふーみん。

「別にどっちでもいいさ」いつものように細かい事は気にしないパイセン。


しかし、細かい事が気になるアタシは更に言葉を促した。

「小川の苗字はどこにいったんですか?」

「瑞穂はオヤジの方の苗字だ。母さんの方が小川なんだが・・・・・・ブラジルの名前の付け方は、ちょっと面倒くさくてな」

パイセンの視線が空中に放り出され、それから思い出す様に言った。

「アタシの本当の名前は イノ ヒベイロ シルバ サントス デ ミズホ だ」

「カッコイイ!ミドルネームですか?」

パイセンはニヤリと笑った。

「お前、やっぱり変わってるな。だいたい日本でこの名前を出すと相手はポカーンとするから使わないようにしてるんだがな」


『 Ino Ribeiro Silva Santos de Mizuho 』


ヒメがホワイトボードにサラサラと文字をつづる。

「なんで知ってるんだよ⁉ヒメ」

「え?あ、前に聞いた時おもしろいからメモしておいたんです」

彼女は持っていた小さな手帳で顔を隠した。

「帰蝶さんが記帳、プッ!しょ、書記だけにフフッ!」かいちょが一人でギャグを言って笑っている。

「ナニが面白いんだ?わからん」


アタシは改めて書いてくれた文字を見直した。

「イノとミズホは分かるけど、リベイロ?やっぱり小川は入ってないですよ?」

「ブラジルの公用語はポルトガル語だ。英語読みのリベイロじゃなくヒベイロ。意味は小さな川さ」

「ああ!小川」

「シルバは森とか森林という意味だな。サントスは英語読みならセイント。聖なる者という意味だ。どちらもブラジルでは多い名前だ。たぶんひいひい婆さんの方からきてるんだろう。」

「森さん?そうするとミドルネームどころじゃなくなりますね」


『猪野 小川 森 聖なる者 瑞穂』ヒメがまたホワイトボードに書き足してくれた。


「ブラジルの名前の付け方は変わっていてな。女性は結婚すると旧姓をミドルネームとして残すんだ。母さんの旧姓はヒベイロ、小川の名がミドルネームとして残る。そして子供にはミドルネームを継がせたりするんだ。更に爺さんや婆さんが生きてると記念にそっちの名前までミドルネームに入れたりするもんだから名前がやたらと長くなるんだ」

「どこの国でも孫の名前を付けたがるのは似ているんですね」

「これでもアタシは短い方だな。deは繋ぎの言葉だから日本語にすれば瑞穂家の猪野、先祖は聖なる者小川と森という訳だ」

「へー、面白い!」

「おもしろいか?コレ。この前、1年に自己紹介で説明した時も面白がってたが、」

ヒメがにっこり笑った。


「おもしろいですよ。日本だと結婚すればどちらかの苗字は無くなっちゃうんですから。ミドルネームで残すっていうのは新鮮です」

「日本でも、最近では夫婦別姓を法律で認めてほしいという動きは出ていますよね」と、かいちょ。

「家族なのに別姓だとそれはそれで変にしこりが残る感じがするじゃん?ミドルネームで残しておけるところが平和的というか、」

「平和か、」

フッと、またパイセンが鼻で笑う。

「アタシが聞いた話じゃ、この名前の付け方は勝者の証なんだそうだ」

「どういうことですか?」

「アマゾンにはその昔、人食い族が居てな。奴らは狩った相手の名前を自分の名前に加えて勲章としていたらしい。だから強い奴ほど名前がドンドン長くなっていくんだ」

「本当ですか?ソレ」

「さあな。アタシは歴史学者じゃない」


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