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ゾンビの講義をした次の日の放課後。
アタシが部室(いつもの理科室)で昨日話した内容をまとめていると、誰かが入り口に立ってこちらをうかがっているを目の端に捉えた。
(来たんだ・・・・・・)
ゾンビなんて興味なさそうにしてたから、ただの冷やかしだと思っていたのに。
その娘は隠れているのか、見つけてほしいのか中途半端に顔を覗かせている。なんだか面白いのでこのまま見ていてもよかったんだけど、
「風香さん。遠慮せず、どうぞ入ってきてください」
かいちょが招き入れてしまった。
(許可もしてないのに!アタシがゾン研の部長なんですけど?)
かいちょも勝手な事をしてくれる。そもそも部員でもないのにいつも側に居て勉強してるんだよなぁ。勝手だよ。身勝手さんだよ。
声をかけてもらってようやく入って来たふーみんが、座っているアタシの前に立った。目を合わせようとせず、横を向いたその顔はツンと鼻を上にあげている(ちょっとキツネっぽいな)
腕を組み肩から伸びるゆるく巻いた髪をクルクルと指でもて遊んだりして。こんな態度のキャラはアニメでよく出てくるぞ。お嬢様か、アンタは。
なかなか喋り出さないから指は毛先をドンドンからめとっていく。そのままいくとドリル化するよ?巴〇ミさんになっちゃうよ?
彼女が毛束をシュルっとほどき言う。
「ほ、ほらっ。言われた通り来てあげたわよ。本当は忙しかったんだけど、たまたま今日は空いてたし、暇つぶしにアンタのくだらない話を聞いてやってもいいと思ってね」
終始こちらに顔を向けず喋り切ったふーみん。アタシは何もしていないのに、その口調は怒っているように聞こえる。ただ、横を向いた事で見えている耳は恥ずかしさを示す様にピンクに紅潮していた。
この娘、もしかして・・・・・・ツンデレ⁉ 大好物ですけど!アタシ。アニメ好きなら九割九分九厘の輩がツンデレにはひれ伏すハズ。アタシも例外ではない。何人ものツンデレキャラが頭の中を駆け巡っていく(うが~)
ただ、こんなテンプレセリフきょうび素人が書くラノベでも使わないけどね。ビックリだよ。
天然のツンデレを目の当たりにし、変なテンションにさせられたアタシ。オタクの常備スキル「テンパる」が自動発動する。
「しょ、しょーがないなー」
あ、ダメだ。声が上ずった!
「そんなに、アタシの、話が、聞きたかった、のかぁ。しょーがないなー」
ぎこちないのが自分でも分かるから、すっごく恥ずかしい。
「プッ!」
(くっそーっ!)
かいちょに恥ずかしがっている顔を見られない様に、アタシはスタスタと教壇へ向かった。そして昨日と同じくホワイトボードに議題を書く。
『ゾンビが街に溢れた時の対処法について』
書いているうちに少し心は落ち着いた。ふー。
はなっちの明るい声がする。
「昨日と同じなんだね」
サッと、第2回と書き足しておく。はなっちのいつもと変わらないそのキャラには救われるよ。
「ゾンビがいるかどうかじゃないの?」
ふーみんも落ち着いたようだ。その声はいつも通りトゲトゲしい。
「ゾンビの証明は前置きみたいなもんだよ。その存在を信じていなければ対処なんてしても意味ないからね」
アタシはタブレットを操作してさっきまとめていたページを表示した。
「どこまで話したんだっけ?」
「映画の話でしょ?」とふーみん。
なんだ、興味深々だったんじゃないか。
「ヴァンパイアとゾンビがどちらも創作のお話だと言ったところで終わりましたよ。月光さん」
かいちょもホラーものが苦手な割にちゃんと内容は把握してたんだな。さすが。
「そうそう。創作の話ね」
コホンと咳払いして講義モードへ。
「ゾンビにヴァンパイアの特徴を加えるというのは何も唐突な思いつきじゃなかったそうだよ。その頃、世間ではホラーブームが巻き起こっていて、ヴァンパイアが人気だったらしい。ヴァンパイアにインスパイアされ、新しい特徴を取り入れたゾンビは上手くブームに乗ったというワケ」
「へー」と素直に聞いてくれてるふーみん。心なしか楽しそうに見える。
「人というのは見てはいけないと言われれば見たくなるし、行くなと言われれば危険に飛びこんじゃう生き物だからね。怖いモノ見たさが手伝ってホラーブームはその後も数年周期で続いていくんだけど、80年代に入ってゾンビに新たな可能性を与えた人物が登場したんだ」
ふーみんが口を開いた「誰よ」
アタシは教壇というステージ上でスポットライトを一身に受けているつもりになりポーズを取った。右足を少し後ろに引き、両腕を上に振り上げる。彼女達から見れば丁度Yの字に見えるだろう。そして彼の魂が乗り移ったかのように奇声を発する。
「ポォゥ!!」
・・・・・・・・・・・・あれ?変な間があいてるよ?もっと「わー」とか「きゃー」って盛り上げてくれてもいいんだよ?遠慮しないで。さあ。
代わりに「なにそれ」と冷淡な返事が返ってきた。キミ。さっきの笑顔はどこ行った?
アタシは慌てて応えた。
「マイコーだよ!」
「まいこー?」
「マイ〇ル・ジャ〇ソンだよ!知ってるでしょ?」
「あぁ、・・・・・・なんとなく?」
「マジですか」
世界的に有名な大スターをなんとなくしか知らないなんて!「これがジェネレーションギャップというものかっ!」アタシはその場で崩れ落ちた。
「ジェネレーションギャップも何もアンタ同世代でしょうに」
「月光ちゃん変に年寄り臭い所があるから」
フォローになっていませんよ?花代さん。
「確かその方はもう亡くなられてますよね?違いましたっけ?」
物知りなかいちょでも知らないというのかい?
「うち、テレビを置いてないのでこういうのに詳しくなくて」
Oh・・・・・・今やテレビですら昔の代物だというのか。ゲームするときどうしてるの?大画面でやりたいでしょ?と言ってもかいちょはゲームしないか。あはは。
アタシは力なく立ちあがり応えた。
「残念ながらマイコーは2009年の6月に、」
「もうだいぶ前の事じゃない。死んじゃえば昔の人よ」
「にゃんだとー!マイコーは凄かったんだぞ」
「有名人だったのなら過去の偉人よ。そんなの織田信長と変わらないわ」
Ahhhh・・・・・・今の若い子達にはそういう認識なのかぁ。キング・オブ・ポップが戦国武将と肩を並べてる。
「その、まいこー?がゾンビと何の関係があるのよ」
彼女達には一から教えてあげねば!気を取り直し応える。
「1982年に発売された「ス○ラー」っていうCDアルバムがあるんだけど、その表題曲ス○ラーを歌いながらマイコーがゾンビと一緒に踊るミュージックビデオが作られたんだ」
スマホを取り出し検索をかける。「ほらコレ」と出て来た動画を見せてあげた。
ミュージックビデオは再生時間が14分弱もある。ちょっとした映画仕立てになっていて、冒頭5分はマイコーの俳優としての一面も見られるものだ。
「こんな人だったかな?」
ふーみんが首をかしげる。
「帰ったらお父さん・・・・・・じゃあ、年代がズレてるのか?ふーみんの家はおじいちゃんいる?
「いるわよ」
「なら、おじいちゃんにマイコー知らないから教えてって言ってみ。ビックリすると思うよ。もしかしたら、すり足しながら後ずさりしてくれるんじゃない?」
「なんで後ずさりなんてするのよ?」
アタシはニンマリ笑っておいた。ふーみんのおじいちゃんがムーン〇ォークしてる姿が目に浮かぶよ(会った事ないけど)
「ほら。そろそろゾンビが出てくるよ」
ららーら♪ララー!ら、ら、ら♪・・・・・・
何回もその動画はみているので漏れ聞こえてくるリズムに合わせて軽く踊ってみせる。
「ふふ。おもしろい」
「でしょ?」
「いや、アンタの踊りがね。全然合ってないわよ」真顔でディスらないで。
「月光ちゃん、運動苦手だもんね」
むむむ。脳内ではマイコーと寸分違わないキレのあるダンスを踊っているつもりなんですが?
「もういいでしょ!」
アタシはスマホを取り上げた。
ふーみんに「で?」と促され話を続ける。
「ミュージックビデオ。音楽を元に作られる映像作品。当時、この手の物はまだ世間に広まっていなかったんだ。それをス○ラーが変えた。目新しいものだったミュージックビデオは人々の興味を引き付け、曲は大ヒット。その影響力は絶大だった。未だにダンスをまねて動画配信する人がいるくらいだからね。同時に世界中でゾンビの存在は一般的なものとなっていったんだよ。ホラー映画なんて見ない人にもゾンビが認知されるほどに」
アタシはかいちょの方を向いた。全身の力を抜き、ぐにゃりと体を曲げてみせる。
「うっ、ぁア、あぁぁー」
アタシがゾンビのものまねをしていると分かったとたん、目をつぶったかいちょはぶんぶんと首を振りだした。さっきのミュージックビデオも途中から目つぶってたでしょ?
「やめなさい」
ふーみんにたしなめられ、体を正す。
「こうしてホラー界の一キャラだったゾンビは、世界に羽ばたき1ジャンルとして確固たる地位を築き上げたのさ」
腕を組み考える。
(マイコーを知らないくらいだから、もしかしてアレも知らないのかな?)
「ねぇ、コレ知ってる?」
今度は両腕を前にピンと突き出し、直立不動のままその場でピョンピョンと飛んでみせた。
「キョ〇シー」
「??」
名前を言っても分からないとは。二人はポカーンとしている。かいちょはまだ目をつむったままだ。
「それもゾンビなの?」
「そだよ。香港や台湾で作られた映画に出てくるんだ。80年代に日本でも大ヒットして、子供達はみんなキョ〇シーの動きをマネてピョンピョン跳ねてたらしいよ」
「でもそれ、ゾンビらしくないわね」
「アメリカで発展した腐乱死体のおぞましいイメージとは違って、コメディ色の強い作品なんだ。キョ○シーも元は中国に伝わる動く死体の一種で、見た目は生きてた頃と違わないし着ている服とかもあっちのものだし、おでこに黄色いお札を張られると動きを止めるところなんか中国文化を感じさせるね。死体が動き出すっていうのは大概どこの地域にもある伝承なんだよ」
「それも結局は創作なんでしょ?」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、一体アンタは何が言いたいのよ?」
「だいぶ前置きが長くなったけど、アタシが言いたいのは、」
キーン、コーン、カーン、コーン・・・・・・
残念。チャイムが鳴っている。
「はなっち、行こっか」
「ちょっと!待ちなさいよ!」
帰えろうとするアタシをふーみんが引き留める。
「ごめんよ。最後まで話してあげたかったんだけど、今日はどうしてもリアタイしたい深夜アニメがあるから早く帰って仮眠とらないといけないんだ」
は?訳わかんない。という表情のふーみん。アニメ見ない人にはこの行動は理解できないか。
「また明日くればいいじゃん」
軽く誘っただけなのに、明らかにふーみんの目は泳いだ。
「え?明日も来て・・・・・・いいの?」
なっ!なんだよ。その反応は!
「べっ、別に来たければ来ればいいじゃん。ダメだなんて言ってないんだから、」
彼女はスカートの裾をギュッと握った。
「分かったわよっ。明日も来てあげるから、ちゃんと待ってなさいよねっ」
ラブコメの様な捨てセリフを吐いて帰っていったぞ。あの娘・・・・・・