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ゆるゾン  作者: ニコ・タケナカ
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「お前の言う事はよく分からん」

パイセンがさっさと歩いていく。

「なんでだよっ!こんなに分かりやすく、この世の真理を突いているのに!」

皆で笑いながら北校舎から渡り廊下へと出た。その途端、笑い声は消えた。代わりに出てきたのは、ゾンビの様なうめき声。

「うわ~ぁ・・・・・・あッつ!」

明日から9月とはいえ、まだ夏の盛り。外に出ただけで熱波が襲ってきた。


「ちょっと休憩だ」

パイセンが渡り廊下の途中にある購買で立ち止まった。自販機でジュースを買う。

「お前らは買わないのか?」

「お金がありません。おごってください」

「おごってください」はなっちも続く。

「この前アイスおごってやっただろ?そんな毎回おごってやれるか」

パイセンに代わり、ふーみんの方を見る。

「なっ!なによ。私もちょっと買いたい物があるからおごってあげないわよ」

「なら私が、」

前に進み出たヒメをふーみんが止めた。

「ダメよ!後輩がおごってあげるなんて」

「ちぇ!じゃあいいよ。アタシは水道の水で我慢するから」


購買があるこの場所は北校舎と南校舎に挟まれた中庭になっている。青々とした芝生が敷き詰められ、小さな池や洒落たパーゴラのある空間だ。くつろげる様にとカフェみたくテーブルと椅子も備え付けられ、本来であれば生徒たちの憩いの場となるはずだけど、今は真夏。暑くて人っ子一人いない。


アタシはそばの小洒落た手洗い場で水を飲もうと蛇口を握った。

「熱ッツ!」

蛇口は太陽光で熱せられ、ヤケドしそうなくらいだった。

「かいちょ、コレきっとお湯が出てくるよ。紅茶、淹れ放題だよ」

返事が無かったので振り返ると、かいちょとチカ丸が揃ってしゃがみ込んでいた。二人の視線の先には猫が一匹いる。


「カツラじゃない。おいで、おいで」

ふーみんが呼ぶとトコトコと駆け寄っていく。完全に飼いならされてしまったらしい。彼女の足に体まで擦り付けている。

「ちょっと、待ってて」

そう言ったふーみんはカバンからネコのおやつを取り出した。

「エサ、あげてるんですね」

「ネコ、スキ」

「やってみる?」

1年ズの手のひらにそれぞれおやつが乗せられた。手を差しだされ待ってましたとばかりに、食らいつくカツラ。食べることに夢中で撫でられ放題だ。


「幸せなヤツめ。現役JKにご飯を食べさせてもらった上に、体中愛撫させるとは」

「月光ちゃん、言い方」

食べ終えたカツラは満足したのか芝生の上でコテンっと寝転がり、体をくねらせ始めた。

(この子、メスだったのか。なおさら名前が可哀そうだな)

JK達がお腹に愛撫を繰り返す。

「かいちょ、写真のチャンスだよ?」

「そうですね」


写真を撮り終えた彼女がさっそくツ○ッターに投稿したようなので、アタシはスマホを取り出した。

『今日、にゃん。避難訓練のにゃ、準備にゃん。生徒会にゃ、忙しいにゃん』

カツラの体たらくな姿を写した写真と、絶妙に語尾がおかしい猫語。アタシは思わず笑ってしまいそうになるのを堪えた。

まず、猫の写真が全然忙しそうでも何でもないから文章と合っていないし、語尾ににゃんは必須と教えたけど、律儀に文字ごとに”にゃん”と入れているからおかしくなってしまっている。

だが!その絶妙なズレがイイ!じわじわと笑いを誘ってくる。毎回こんな感じのツ○ートをしている効果か、学校非公認・生徒会公式ツ○ッターはフォロワー数を順調に増やし、今は千人を超えた。

だからアタシは敢えて指摘せず、このままにして見守っている。


「そろそろ行くぞ」パイセンが呼びかける。

最後まで名残惜しそうに撫でていたチカ丸が駆け足で追いついてきた。


「ここで最後だ」

着いたのは「倉庫」と札の掲げられた部屋の前。

「だいぶ遅れちまったな」

「誰かがずっと喋ってたからじゃない?」

「いやいや、誰かが途中で一人だけジュース飲んでたからだよ」

「なんだよ海津、アタシに責任を押し付けるつもりか?」

「アタシ達は部外者ですので、ただ付いて回っているだけです。遅れたのは生徒会の責任ですよ?」

「お前は本当に口が達者だよな」


パイセンが笑いながらポケットをあさり、鍵を取り出した。それを鍵穴に挿したが、上手く回らないらしい。

「あれ?おかしいな」

彼女は強引にガタガタと戸を揺らし始めた。

「パイセン!パイセン!壊れますよ。ちょっと鍵、貸してください」

アタシはカバンから鉛筆を取り出し、受け取ったカギに芯をこすりつけた。

「カギが回らない時は、鉛筆の芯をこすりつけると潤滑剤代わりになって回るかもしれないんです」


カチャリ!


今度はすんなり開いた。

「ね?でも潤滑剤の代わりと言っても、油をさしてしまうと今度は油にホコリがくっついて余計に回らなくなるそうですから、気を付けないといけませんけどね」

「アンタ、いらない知識ばっかり身につけてるわね」

「いらないとはなんだ!今、役に立ったじゃないか!」

「ハハハッ!助かったよ」


パイセンを先頭にぞろぞろと倉庫へ入っていく。そこは教室ほどの広さで、辺りには緊急時に使うとみられる物資が山積みにされていた。

「ここは1つずつ調べなくてもいい。先生達が後でチェックするそうだ。生徒会も何があるのかだけ見といてくれだと」

床に置かれた段ボール箱が目についた。

「コレ、開いちゃってますけど、いいんですか?」側面には段ボールベッドと書かれている。

「それは明日の避難訓練で実際に組み立てるって言ってたやつじゃないか?」

「へー、段ボールなのにベッドなんてあるんですね」

「日本、段ボールがお好き。段ボール生活」チカ丸の中で日本の間違った認識が広がっていそうだ。

「台風や地震なんかの災害時には学校が避難所になるからな。少しでも快適に過ごせるように今はこういう物もある。ここのは全部その時の為のものだろう」

「うちの高校は南校舎の屋上にソーラーパネルも設置されているので、停電の際もある程度電力は確保できるようになっているんですよ」と、補足してくれたかいちょ。


「よし。もういいだろ」

パイセンが手を出してきたので、アタシは持っていたカギを返した。

戸締りをしたところでパイセンが言った。

「次は屋上だぞ」

「ここで終わりじゃないんですか?」

「点検はな。最後は生徒会と先生達で屋上のソーラーパネルをふき掃除することになってる。たぶんアタシらが一番最後だ。急ぐぞ」

(この猛暑の中、屋上で掃除だと?死にに行くようなものじゃないか)

アタシはふーみんとはなっちに目配せした。

「ゾン研はここで解散!」

一目散にアタシ達は逃げ出した。


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