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パイセンが言う。
「何と言っても良通で有名な話といえば姉川の戦いだな」
「そうですね」
「あねがわ、」ふーみんはやっぱり分かっていないらしい。
「1570年に起こった姉川の戦い。姉川は今の滋賀県北部を流れる川だよ。浅井長政は知ってるでしょ?信長の妹、お市が嫁いだ」
「ああ、それなら」
「その浅井の居城があった近くを流れる川だよ。浅井長政が信長を裏切ったのも知ってるでしょ?」
「も、もちろん」
(あやしいな)
ふーみんはこれまでのテストを一夜漬けで乗り越えてきたのだろう。歴史を点でしか見ていないから、出来事の繋がりが分からず、頭に残っていないらしい。
「姉川の戦いは裏切り者、浅井長政を討つ為の戦いだよ。長政はどうやら信長と対等の立場であろうとしたみたいだね。義理兄弟だから。対して信長は信長なりに義理兄弟だから気を遣ったのかもしれない。浅井と元々同盟関係だった朝倉を長政に黙って攻めたものだから、怒って信長を裏切ったんだ」
「戦国時代って親兄弟の争いがほとんどじゃない」
「まったく、下に仕える者達はたまったものじゃないよ。その姉川の戦いにもう一人、信長と対等な立場であろうとした武将、徳川家康も駆けつけた。彼は将軍・足利義昭の要請を受けたそうなんだ『信長は助け不要と言っているけど、みてやってくれないか』と。駆けつけた家康に信長は配下の武将を貸してやると言ったそうだよ。家康は一度は断ったみたいだけど、遠慮するなと信長に言われ、ならば、と指名したのが稲葉良通なんだ」
「家康に指名されるなんて良通、本当に強かったのね」
「だから、負けなしの武将なんだって。面白いのが、この時の武将達の思惑だよ。信長としてみれば、援軍はいらんと言っていたのに駆けつけた家康を忠誠心が高いと見るか、余計な出しゃばりと見るか、複雑なところだね。だから自分の武将を貸す事で余裕を見せた。家康としてみれば信長とは対等な同盟関係でありたい。将軍の要請で来てあげたんだという立場なんだよ。だから一度は申し出を断った。けど、遠慮するなとまで言われて断るのは失礼にあたる。そこで稲葉良通を指名したんだ。良通は自分が指名されたことを十分理解していた可能性がある。織田家由来の家臣ではなく、自分が元は美濃の武将だという立場をちゃんとわきまえていた。家康は織田の家臣を借りたくはなかったのさ」
「さすが先輩です♪読みが深いですね」
ヒメの後ろでかいちょが喋りたそうに、うずうずしているのが見える。
「かいちょとは今度の部活で歴史談議を嫌というほどしてあげるよ。」
「約束ですからね?」
彼女はまた仕事に戻っていった。
「浅井長政の居城、小谷城。そのふもとを流れる姉川を挟んで浅井・朝倉連合軍1万3千と織田・徳川連合軍2万5千が対峙した」
「ねえ、信長の方、圧倒的とは言えない数じゃない?」
「兵力は相手の3倍あると圧倒できる。家康が駆けつけてくれなければ五分の戦いになっていただろうね。実際、信長軍は一時浅井軍に押しこまれて危うかったそうだよ。その信長軍を助けたのが良通なんだ。良通はこの時、徳川軍の後方で余計な事をしない様に控えていたらしい。家康を立てる為、空気を読んでいた。だから後ろに居た事で戦況は良く見えていたんだろうね。信長軍が押されていると見るや、自らの兵1千で駆けつけて助けたんだよ。この働きにより、戦のあと信長から長の字を与えられて長通と偏諱するように言われたんだけど、良通はコレを頑として断った」
「頑固一徹な、」パイセンがニヤリと笑って言う。
「あーぁ!ここで出てくるんだその言葉。」
ふーみんもやっと話に追いついた。
「でも、なんで断っちゃうの?確か君主から一字貰うのは名誉な事なんでしょ?」
「ここでの思惑も読み解くのが面白いんだよ。まず、姉川の戦いで一番の功労者は間違いなく徳川家康だった。家康が参戦していなければ、かなり苦戦を強いられただろうし、現に朝倉軍を撤退に追い込んだのは彼の働きによるものが大きい。それを差し置いて良通が褒美をもらっては家康としては面白くない。信長としてみれば自分が貸し与えた武将が活躍したんだとすれば、威信を保てる。実際、信長を守って戦ったんだから褒めて遣わしても問題はない。そんな板挟みに合っているのは良通も分かっていた。だから一字を貰うなんていう名誉を断ったんだ。それは武将にとってありえない行動なんだよ。あの信長が呆れて思わず笑ったとも言われているからね。良通は一歩間違えば険悪な事態を招く場面で、笑いを取ったのさ。絶対ありえないオチを披露する事で!」
「さすが先輩です♪まるでその場に居たかのように心理を読み切ってますね!」
「あなた、ほめ過ぎよ。調子に乗るからやめなさい」
気持ちよく喋っているというのにふーみんが邪魔をする。
「まあ、推しですから。考えている事ぐらい、手に取る様に分かりますわよ。推しですから。オホホ。もう少し付け加えるなら、良通も信長と対等な立場であろうとしたのかもしれない。長の字を貰ってしまえば、それは正式に信長の家臣になるという証だからね。それにこの時、良通は55歳、信長は36歳、家康は27歳だよ。一周りもニ周りも年上の良通には若造をとりなす事なんて容易かったんじゃない?」
ヒメは言葉で褒めることはしなかったが小さく拍手してくれた。
その後ろでふーみんがジト目で見てくる。




