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「信長は分かっていたのさ。主義主張をそれぞれに言い合っていても、何も収まらないというのは。あらゆる不満が渦巻いている世の中をまとめ上げるには、有無を言わさない力が必要だった。その力の一つが刀に変わる近代兵器、銃だよ。」
「義龍は銃に負けたの?」
「違うよ。病に負けたんだ」
パイセンが残念そうに言う。
「いくら筋肉を鍛えても、病気には勝てないからなぁ」
「義龍は1561年の5月。35歳の若さで亡くなったよ」
「そうだったんだ。だからあまり目立ってなかったのね」
「信長という人は運がいいというか、幸運を引き込む力を持っているよね。今川を破った事にしても、義龍の病死だって、その後の信玄の病死、謙信の病死もそうだよ。天下取りの障害になりそうな大大名は次々にいなくなっていったんだから」
「良通はどうなったのよ?信長に負けたの?」
「だから!良通は生涯無敗なんだって!戦国最強ともいえた一色義龍の統治はあっけなく崩れ去ることになるんだけど、良通は懸命に信長の侵攻を防いだんだ。この時、義龍の跡を継いだのは息子の龍興だよ。まだ14歳だった」
「14!?」
「今の時代なら中学2年生だよ。ふーみんは中学の時、何してた?アタシはゲームしてたよ、フッ。14歳の中坊が大国美濃を収めるには荷が重かった」
「14歳じゃあ、ねぇ」
「まあ、この頃は大人とみなされる元服が11~17歳でおこなわれていたようだから、龍興ももう大人扱いされていたと思うよ。というより、当主としてしっかりやってもらわないと困る状況だった。義龍の病死を知った信長は3日後には美濃へ侵攻しているからね」
「卑怯じゃない!やっぱり信長は悪い奴ね」
「相手の混乱を突くのは戦の定石だよ。けど、そうやすやすとは攻め上がれない。良通が守っていたから。そこで信長はまず尾張の統一を目指した。1565年には従兄弟の織田信清を破って尾張統一を果たすと、今度は美濃三人衆がいる西とは逆の東美濃を攻めだす」
「65年だと4年経ってるわね。龍興も、もう大人と言ってもいいんじゃない?」
「ところが龍興は現実逃避する様にお酒に溺れていたそうだよ」
「情けねえ野郎だな!」パイセンが一人、息巻いている。
「偉大な父親を持つと、どうしてもその子供というのは比較されてひがんでしまうものですよ?パイセン」
「比較されるというのは辛い。それは分かる。けど、そんなものは跳ね返してやりゃあいいんだ。逃げるんじゃねぇ!」
「パイセンが戦国時代に生まれていれば全国統一も果たせたかもしれませんね」
「まあな」
彼女はニヤリと笑った。
「で、どうなったの?」
「大名の役割は従う家臣や農民の保護にある。それが望めないのであれば離反者が出てくるのは当たり前だよ。厳しい時代だからね。生き残れる方、信長側に付くというのは当然さ。」
「良通も?」
「良通はなんとか龍興を支えて、最後まで粘っていたんだとアタシは推測するね。64年に美濃三人衆の一人、安藤守就と、その娘婿であった竹中 重治・・・この人は竹中半兵衛と言った方が有名かな?」
半兵衛を推しにしているヒメはニッコリ笑った。
「この二人による稲葉山城襲撃事件が起きた。ふがいない君主に嫌気がさしたんだろうね。一晩でお城は乗っ取られて、龍興は逃げ出したようだよ」
「信長より先にやられちゃってるじゃない⁉」
「やられてはいない。1年後、龍興に稲葉山城は返しているから。この事件が君主の目を覚まさせる為のお灸だったのか、それとも下剋上を目指していたのかは議論の分かれるところだね。アタシ個人は下剋上だったと思うよ。龍興をその場で切らずあえて逃がしたのは、目を覚まさせる為というより、良通への配慮だったんじゃないかな?」
「何に気を遣う必要があるのよ?お酒ばかり飲んでいるダメな主だったんでしょ?」
「もう忘れちゃったの?義龍は良通のお姉さん深芳野の子供だよ。つまり龍興は良通の近縁者だよ」
「あーぁ、そういえば」
「この事件に信長もすぐ動いた。城を乗っ取った竹中半兵衛に対して『稲葉山城を明け渡せば、美濃の半分をお前にやろう』って手紙を出している。お前はドラ○エの竜王か!魔王なのに!」
「ハイハイ。それくらいは分かるわ。ゲームの話ね」
「この逸話がドラ○エの元ネタなのかはさておき、竹中半兵衛は信長の要求には応じなかった。『美濃の治世を他国にどうこう言われる筋合いはない』って突っぱねたんだ」
「カッコイイですよね♪鮮やかな城攻めに、誘いをきっぱり断る所も、しかもすんなり龍興にお城を返しちゃうなんて」ヒメが夢想に浸っている。
「そうだね。この行動が半兵衛のつかみどころの無さを表していて、その他の創作じゃないかと言われている逸話にも影響を与えているんだろうね。けど、現実を見なければいけない。稲葉山城を乗っ取った際、安藤守就は美濃の武将達に協力を要請しているんだ。この動きをアタシは良通への説得だったんじゃないかと思っているよ。龍興は諦めて信長側へ付こうというね。実際に美濃三人衆はこの後、揃って信長側へ下っている」
「結局、良通は負けちゃったのね」
「だからっ!負けじゃないよ!時世を読んだとか、立ち回りが上手いとか、言い方があるじゃん!」
「アンタは良通を推しにしてるから、ひいきにしてるんじゃない」
「確かにひいきにしてはいるけど、それを除いても良通は負けたとは言えないよ。何年にも渡り信長軍の侵攻を抑えた良通だよ?信長からすれば痛い目にあわされた相手なのに追放や隠居させず信長の主だった戦にはほとんど参加させている。重用しているんだ。それだけ実力を認めていたんだろうね信長は。それに美濃三人衆を味方に付けることは信長にとってもメリットだった。そのままの形で美濃は信長の手に入ったんだから」
「立ち回りが上手いわねぇ、」ふーみんから含みのある返事が返ってきた。
「上手く立ち回ったからこそ、織田と殲滅戦にならずに済んだし、美濃の被害は最小限に抑えられたんじゃないか。いさぎよく散り花を咲かせるのは、武士の誉れみたいに言われるけど、良通は現実主義者だったんだ」
「そうかもね」
「それに良通は本当に時世を読むのが上手かった。信長に重用されたのも頷けるよ。信長軍に加わったのは50歳を超えてからだからね?人生経験豊富で老練極まるおじいちゃんだったんだよ」
「50歳ならそんなおじいちゃんと言う程でもないんじゃない?」
「この時代は戦で亡くなる人も多かったし、栄養状態も今と比べれば悪かったから長生きする人は珍しかった。40過ぎれば初老と呼ばれ、家督を譲るのが普通だったんだ。ほら、義龍は35歳で亡くなったし、今川義元だって41歳、武田信玄は51歳、上杉謙信は48歳で亡くなってるよ」
「そんなに若かったの⁉武将ってみんなおじいちゃんのイメージだったわ」
「平和な今の人生100年時代とは感覚が違うよ。良通もとうに家督を譲ってもいいはずなのに彼は息子を引きつれて最前線で戦った。信長へ寝返った形ではあるから信用を得る為でもあっただろうけど」




