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「で?」ふーみんが話の続きを促してくる。
「それでね。名門一色氏の血を引いているであろう深芳野は、成り上がりの道三にとっては特別な存在だったんだよ。自分の子に箔を付けるためのね。」
「でも長男の利尚は自分の子じゃ無いかもしれなかったんでしょ?」
「そう。利尚という諱なんだけど、利の字は利政のとしから貰っている。他の二人と違って。これは自分の子と、したかった現れじゃないかとアタシは考えるよ。血の繋がりに関係なく。対して、確実に自分の子だと分かっている次男と三男には龍の字を与えた。長男とは別に権威を持たせるために。だから次男と三男は可愛がっていたし、三男にいたっては斎藤じゃなく一色を名乗らせていたようだよ。これも深芳野が母親である確率を高める要素だね」
「名前から推測するのは面白いですね。さすが先輩です♪」ヒメがおだててくる。
アタシも少し得意げになってきた。
「利尚にしてみれば父親は嫌悪の塊だったろうね。自分には利の字を与えて下に置いていたんだから。これは見ようによっては土岐氏の血を引いていると分かっていて、あえて親子の上下関係を作ることにより、道三は土岐氏も自分の下なんだと誇示している可能性がある。その上で次男と三男には龍の字を与えて敬う様に担ぎ上げる事で、それは実の父である道三の立場もさらに高めることになる。道三はね、もともと斎藤家の血筋じゃなかったんだ。京都から移ってきて美濃では長井を名乗っていた。ある時、美濃の有力者である斎藤家の当主が病気で亡くなったのをきっかけに、斎藤家を乗っ取っちゃた様なものなんだよ。次に土岐氏を追放して、更には子供に名門一色氏を名乗らせたから、一色家の上にも立った形になる。まるで上り龍の様に出世したんだ。道三は下剋上の代名詞と言っていい存在だよ」
「悪いやつね。道三って」
「悪いかどうかは、その時代の認識によって変わるよ。戦国時代はいつ死ぬとも分からない時代だから、みんな生きるのに必死だったんだ」
「そうかもしれないけど、」
「利尚だって生きるのに必死だった。弟に続き、父である道三も討つと決めたんだ」
ヒメが「いいですか?」と小さく手を挙げた。
「その頃に利尚は、諱を范可と改めたそうですよね?先輩の意見が聞きたいです」
「ふむ。いいだろう。范可は父親殺しの意味を持つ名前で中国の故事に由来するらしい。けど、アタシはこの名前の意味を後付けの創作なんじゃないかと思っているよ」
「信長公記の話ですか?」
「そう。信長公記を記した太田 牛一は起こった出来事をそのまま書いていて、ほとんど主観を挟まないから歴史的資料としてその信憑性は高いと言われている。だけど、この范可を名乗ったいきさつを、父・道三を討ったことに対する反省から名乗ったんだと記してしているんだよねぇ」
「確か名乗った時期について、誤りなんじゃないかと指摘されていますよね」
「そうなんだ。道三を討つ前から范可は使われていたから時期は違う。そこは誤りだよ。だけどアタシは時期が違う事を創作の根拠にしている訳じゃない。だって、反省していたかどうかなんて利尚に直接聞かなきゃ分からない事でしょ?太田 牛一は織田家の家臣だからね?利尚とはこの時、敵対関係だった訳だし、しかも牛一は柴田勝家の足軽だった。身分から言っても話を直接聞ける立場ではないよ。珍しく主観が挟まれているんだ。この范可のくだりについては。誰か有力者に指摘されて都合のいい様に創作した可能性があると、アタシ個人は見ている」
「でも先輩。牛一自身、創作は無いと信長公記の中で記していますけど?」
「わざわざそう書く事が怪しいよ。まあ、ウソは書いていないんだろうね。昔だから起こった時期については記憶を頼りに書いたのか少しずれていたりするけど、信憑性が高いのは間違いないよ。ただ、創作は言い過ぎにしても忖度くらいはしていたんじゃない?信長公記が編纂され、まとめ上げられたのは牛一が晩年の頃、江戸初期だからね。例えばその時の権力者、お局様の顔色をうかがったかもしれないじゃないか」
「なるほど。お局様ですか」
「范可の文字自体については、実際にお寺へ当てた手紙の中で使われているから間違いないよ。アタシの仮説を教えてあげよう。そもそも、范という漢字はハンコの意味があるらしい。可は許可の可だし、許可するとか、承認程度の意味合いでサインみたいに使ったんじゃないかな?この頃、小田原の北条家では手描きの花押に変わって、ハンコを頻繁に使っていたというし。あ、花押というのは書状なんかの最後に私が書きましたという意味で名前を書くんだけど、その名前の代わりに描く記号の様なものだよ。見た目が花の様だから花押と言うんだ。沢山の書状に花押をひとつずつ描くのは手間だから北条ではハンコを使っていたようだよ。日本のハンコ文化の先駆けだと言われている。利尚がそのハンコに興味を持っていたとしても不思議じゃない。それに利尚としてみれば父親を嫌っているから利の字の入った自分の名前すら嫌っていた可能性がある」
「だからハンコの様な意味合いで范可を使っていたと?」
「うん。しかも范可からすぐに今度は高政へと偏諱している点が不自然だよ。だとすれば范可に諱としての意味は無かったんじゃないかな?花押そのものだったのかもしれない」
「さすが先輩です!そういう見方は初めてです!」
「更に、この高政という名前もおもしろいよ。政は父親の利政の政だけど、読みようによっては『父より自分の方が位が高いんだ』という誇示の現れにも思える」
「ホントですね!」
気付けばふーみんが呆れた様子でこちらを見ていた。
「いや、盛り上がってるところ悪いんだけど、細かすぎてこっちは付いていけてないわよ」
はなっちとチカ丸も付いてくるのを諦めたのか、仲良くお菓子を分け合っている。
(ちょっとマニアック過ぎたか)
逆にかいちょの方はチラチラこちらを見て話しに参加したそうだ。
「じゃあ、話を戻そうか。」




