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「海津、暴力はよくないぞ。」
「ハイ。」
パイセンは一言注意して歩き出した。
「怒られちゃったね」はなっちがなぐさめに、摘まんでいたお菓子を差し出してくる。アタシはそれにかぶりついた。
ボリボリ
「そ、それでだね。斎藤家の話だよ。父、利政は子の利尚を疎ましく思っていたようだね」
「自分の子供じゃないかもしれないから?」
「それは大きな理由の一つだろうね。実際に利尚より、次男や三男の方を可愛がっていたそうだから。そっちは確実に自分の子だと分かっていたんでしょ。なにより利尚は大男だった。父には似ず」
先頭を歩くパイセンが言った。
「生まれなんて関係ねぇ、何か言ってくる奴は張り倒してやれ」
「パイセン、暴力はよくないですよ」
彼女はこちらを振り返らなかった。
空気を呼んだふーみんが言う。
「それで?どうなったのよ」
「利政は家臣から嫌われていたみたいでね、なにせ下剋上をしてしまうような人だったから。稲葉良通のように、元は土岐 頼芸に仕えていた武将もいたし。そんなもんだから政は上手くいかなかったらしい。結果、利政は家臣たちに迫られ、半ば強引な形で斎藤家の家督を利尚に譲ることになったそうだよ」
「道三ってそういう人だったのね」
「昔の話だからあくまで推測が含まれるけどね。ただ、話はここで終わらない。ここからが、昼ドラ顔負けの泥沼展開に進んで行くんだから」
「あー・・・・・・」
ふーみんの目が泳いだけど、アタシは構わず続けた。
「隠居した利政は仏門に入って、法号である道三と名乗ったんだ。そのまま静かに隠居してればよかったのに、利尚を追い出して可愛がっていた次男に家督を継がせようと計画したらしい。それに怒った利尚は家臣に命じて弟二人を殺害してしまうんだ」
「うわぁ、兄弟なのに」
「殺害現場は当時、稲葉山城と呼ばれていた今の岐阜城だよ」
「あそこで・・・・・・」
「その殺されてしまった兄弟なんだけどね、次男の名前は斎藤 左京亮 孫四郎 龍重(さいとう さきょうのすけ まごしろう たつしげ)と言うんだ」
ふーみんの顔がのっぺりする。
「教えたでしょ?斎藤は苗字だよ。左京亮は官職名。孫四郎があだ名。龍重が諱。」
「あぁ、」
あまり理解していなようだけど、まあいいや。
「諱が重要なんだ。龍重のたつは想像上の生き物の龍しげは重力の重と書くよ」
空に指で漢字を書いてみせた。
「諱というのはね、元服する時に親や仕える主人から一字貰って名乗ることが多いんだけど、龍重はお父さんから一字貰っていないんだ。普通、名前の頭についている文字を貰うから、利政だと利の字を貰ってもいいはずだよ。主だった土岐 頼芸は追放しちゃったから、そちらからも貰っていない。だったらいったい龍重という名前に何の願いを込めたのか?」
「何なの?」
「龍というのは昔から権威の象徴だよ。つまり道三は子供を特別なものだと認識していた可能性がある」
「そりゃあ、親ならね。当然じゃない?」
「そういう私情的なものじゃなく、もっと象徴的なものさ」
ふーみんが訳わからないという顔をする。
「まず、道三には深芳野という側室がいた。そして正室には小見の方がいた」
「さすがに誰が誰だか分からなくなってきたわ」
「おみのかたは、小さいに、見える、方向の方と書くんだけど、深芳野が大きかったから、小さく見える方が正室と覚えるといいよ」
「ああ、それなら分かりやすいかも」
「で、次男の龍重、三男の龍定共にどちらの子かはっきりしないんだ。ちゃんとした資料に残っていない。一般的には小見の方の子として扱われることが多いんだけどね、利尚にとっては母親も違えば弟達を殺害するのも躊躇しないんじゃないかという見立てだよ。けど、アタシは深芳野の子だったんじゃないかと思っている。その理由が龍の字だよ」
「権威の象徴?だっけ、それは深芳野が元々あるじの、、、」
ふーみんは恥ずかしがっている様だ。
「妾だよ。君主から譲り受けたから、特別扱いしていたというのはあるかもしれない。でもそれ以外にも格別な理由があるんだ。深芳野は一色氏の血を引いていたんじゃないかと言われている」
「また増えたわね・・・・・・」
「一色氏は将軍・足利家の一門で、土岐家より格上の名門だよ」
「うーん?じゃあ稲葉家はどういうこと?良通のお姉さんなのよね?」
「深芳野の父親が一色氏にゆかりがあって異父姉弟だったとか、二人の母親が一色氏にゆかりがあるとか、この辺の血の繋がりもはっきりはしないんだ。残念なことに」
「戦国時代って誰が誰と繋がっているのか、わけ分かんないわね」
「そこが難しくもあり、紐解いていく事が醍醐味でもあるんだよ」
「あ、分かります。ソレ。意外なところで繋がりがあるのが分かると楽しいですよね」
歴史が好きなヒメは賛同してくれた。




