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パイセンが次の点検箇所へと歩き出した。
みんな、その後を付いていく。
「良通を語る前に、もう少しこの地方の歴史について教えてあげようか。あまりに信長のインパクトが強すぎるし、斎藤道三の方も信長とは親戚関係だからこの2人ばかり名前が挙がってしまうけど、元々この地域を収めていたのは土岐家だよ。平安時代末期に美濃へ勢力を広げた源氏一族の流れを汲んでいるんだ。1338年には足利尊氏によって京都に室町幕府が誕生した。その時、尊氏に従って武功を上げると土岐家は美濃・尾張・伊勢の三国、今の東海三県を守護する一大勢力になったんだ。あ、守護というのはその地域を治める武将の官職名だよ」
「あんまりイメージにないわね」
「それはしょうがないかもね。政治の中心は元々京都で、それが鎌倉幕府の時に関東へ移り、また室町幕府の時に京都へ戻り、今度は江戸幕府で再び関東へ。この中部というのは中間に位置していて飛ばされることが多いから」
「ナゴヤ飛ばし」
チカ丸がまた変な言葉を言っている。
「地理的には関西へ行くにも関東へ行くにも便利だし、逆に言うと関西と関東を行き来するにはここを通るしかないんだから重要な地域ではある。だから美濃を押さえた信長は脅威に映っただろうね」
「その信長のいた時代に土岐はどこにいっちゃったのよ?」
「待って、順番に話してあげるから。歴史というのは順を追って話さないと、こんがらがるからね。名前と年号だけ覚えたって頭には残らないよ?」
ふーみんが手をひらひらと振る。
「信長が台頭する少し前から話してあげようか。元々、美濃国を治めていた土岐家。1500年代初め頃は兄弟で守護の座を巡って争っていたんだ。お兄さんが頼武で、弟が頼芸 詳しい事は省くけど、勝ったのは弟の頼芸だよ。その頼芸に仕えていたのが斎藤利政(さいとう としまさ ) 後の道三であり、稲葉良通だよ」
「良通、ここで出てくるのね」
少しは興味が出てきたのかふーみんが応えてくれた。
「良通はお寺に預けられていたんだけど、浅井家との戦でお父さんと兄弟5人が一度に討ち死にしたもんだから、」
「うわぁ、」生々しい話に彼女から声が漏れた。
「無念ナリ」チカ丸の方はおとぎ話でも聞くように反応が軽い。
「、良通は稲葉家の家督と曽根城を継いだんだ。曽根城は今の大垣市にあったお城だよ。西に行けばすぐ関ケ原でその先が浅井家の居城、小谷城がある近江、滋賀県さ」
「ああ、あの辺りなの」
「ん?」よく分かっていないチカ丸は首を傾げた。
「チカ丸はまず桃太郎○鉄をやってみるといいよ。日本の地理が覚えられるから。そのうえで、信長の○望も合わせてやると昔の日本の国名も覚えられていい」
「美濃、メモして」
「あ、ハイ」
ヒメがメモし終えたのを確認して話を続ける。
「良通には深芳野というお姉さんが居たらしいんだ。あ、らしいというのはこの人物が後世の創作じゃないかとも言われているからなんだけどね。いる前提で話すよ。深芳野は美濃一の美人と言われていて土岐頼芸の妾だったんだ」
「めかけ?」
チカ丸の質問にアタシは小声で応えた。
「mistressだよ」
「Oh、」チカ丸も小声になった。
「深芳野は次に斎藤利政の側室となった」
「そくしつ?」
「second wifeだよ」
「Oh、」
「日本も一夫多妻制だったんだ。どこの国も権力者はそうだろうけど。頼芸はね、目を掛けていた利政へ深芳野を譲ったんだ」
「そういうのはアタシには分からん」
パイセンが次へさっさと歩きだしたので、みんなで付いていく。
「昔は息子や娘は政略結婚させて家の存続と防衛をはかる人質の様な存在だった。深芳野もそういった事情に振り回されたんだろうね。けど、斎藤利政は主人である土岐頼芸を裏切って尾張へ追放してしまったんだ。目を掛けてあげてたのに。」
「あらま、」
「この頃は親兄弟、主従の間柄でも骨肉の争いをしていた時代だよ。下剋上ってやつさ。頼芸は美濃を取り戻そうと信長のお父さん、織田信秀を頼って利政を攻めるんだけど結果は敗退。その後は親類縁者を頼って各地を転々としたそうだよ。これで美濃の国は斎藤家が収めることになった。利政は和睦の証として織田家に娘の帰蝶を嫁がせる約束をしたんだ。大体ここまでで1550年頃の出来事だよ」
「良通はどうしたのよ?」
「稲葉良通は斎藤側に味方したよ。どういういきさつだったのかは諸説あるようだけど、アタシはお姉さんである深芳野が斎藤側にいたからという説を押すね。もし、お姉さんが頼芸の妾のままだったら土岐側に付いていたかもしれない」
「シスコン?」チカ丸から戦国時代に合わない言葉が飛び出した。
「それは分からないけど、この深芳野が斎藤家にまさしく火種を生むんだよ」




