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「岐阜人として信長を答えるならもっと知識は深めないといけないし、稲葉良通を推すなら更に知識は求められる。このさい、徹底的に教えてあげよう」
「まぁ、まだ時間はあるし、アンタが喋りたいなら付き合ってあげないことないわよ」
「宜しくお願い奉り候」
「ふむ。じゃあ、じっくり語ってあげようか。」
パイセンとかいちょが真面目に点検作業する後ろでアタシは語り始めた。
「まず言っておきたいのが、嫌いなものを覚えようとしたって効率が悪いという事。例えば1人は歴史好きで、」
ヒメの方を見たらニッコリ笑ってくれた。
「もう1人は歴史が苦手、」
ふーみんの方を見たら眉間にシワが寄った。
「苦手な方が努力して1歩進んだとして、好きな方は苦にならないから2歩進める。苦手な方が2歩進んだ頃には好きな方は4歩も進んでしまうんだ。3歩進めば6歩と、等比で進むから追いつくことはないし進めば進むほど差は広がる」
「じゃあ、どうするのよ」
「苦手な側に立っていてはダメ。好きな側に立たないと。同じ努力をするのなら、優位な側に立った方が効率的だよ」
はなっちが口出しする。
「やらないという手もあるよ」
アタシは頷いた。
「それもある。」
「いいの⁉それで」
「時間は有限だからね。合わないと思ったら道を変えるのも手だよ。苦手な事でも地道にコツコツ進めばある所までは到達できるかもしれない。でも前を見れば大きく差を広げられてしまっている。日本では努力する事は美徳とされるけど、それが報われるとは限らないし生産性を上げるなら得意な所に目を向けるべきだよ」
「なら歴史は諦めて、他の教科をやれって事?」
「そうはならない。学生にはテストがあるんだから。歴史から逃げることはできないよ。覚えておいてほしいのは、自由に選択できるようになる大人になってから、どこに立つのかが重要という点さ。アタシは好きな事、ゲームの世界に立つよ」
「アンタは立派ね。もう進む道がはっきりしてるんだから」
はなっちがまた口出しする。
「大人になっても自由であるとは限らないけどね」
妙に説得力があるなぁ。いいじゃないか、はなっちは大家さんで。料理得意なんだからアタシのメイドさんでいてよ。
「縛りがあるのが人生さ。逃げる事が出来ない場合もある。そんな時、苦手な物を少しでも得意な方に近づける為に、1歩が1,5歩になる様にするにはやっぱり興味を持つことだよ」
「稲葉良通を推しにしろって?」
「それは一つの方法さ。身近に感じて興味を持つためのね。じゃあ今度は多面的に攻めてみようか。もしかして、ふーみんは戦国時代というと大昔の出来事すぎて現実じゃないファンタジーみたいに思ってない?」
「まぁ、そうかもね」
「身近に感じるにはリアリティが必要だよ。そうだなぁ・・・・・・稲葉良通は六男として生まれてね、武士の家というのは跡継ぎである長男以外はお寺に預けられることが多かったんだ。良通が預けられたお寺は崇福寺というんだけど、この高校のすぐ近くにあるんだよ。メモリアルセンターの目の前」
アタシ達の通う高校から東へおよそ1キロの場所には、野球場や屋外競技場、ドームなどが一ヵ所に集められた大きな公園『岐阜メモリアルセンター』がある。また、国際会議場やホテルも隣接しているので岐阜市で行われる大きなイベントの会場には大体この施設が使われる。
「そんな近くにあるの?」
「そうだよ。しかもその崇福寺は織田家の菩提寺でもあるんだ。信長と息子の信忠のお墓もあるんだよ。信長が本能寺の変で討たれた時、その遺体は見つからなかったと言われているから、お墓と言っても遺品が収められているそうだけどね」
「へー、信長のお墓ってこんな近くにあったんだ」
「少しは身近に感じた?実際に行ってみるといいよ。せっかくだから信長満喫のフルコースを教えてあげよう。まず岐阜駅前で黄金の信長像を写真に撮るでしょ。これは外せない。次に駅からバスで20分。岐阜公園へ行って、入り口にある若き日の信長像も写真に収める。そこから金華山の山頂にそびえる岐阜城を目指す。金華山はロープウェイで登ってもいいけど、一時間もあれば登れる登山コースがあるから自分の足で歩いて城攻め気分を体験。展望台にもなっている天守閣が建っているのは、お城として日本でも有数の高さを誇る標高329m。眼下には広大な濃尾平野を望み、この景色を信長も見たのかと、天下人気分を味わえるよ。城攻めでお腹も空いただろうから、お昼は近くの展望レストランで岐阜名物けいちゃんを味わい、」
「どて丼もいいよね」と、はなっち。
「確かに。甘辛い赤味噌で味付けされてたどて丼も捨てがたい。ちなみに信長は焼き味噌だとかの、濃い味付けを好んだそうだよ」
「お腹減ってきた」はなっちはカバンからお菓子を取り出して食べ始めた。
「お腹はいっぱいだから、帰りはロープウェイで悠々と下山。腹ごなしもかねて、午後の散策にアタシは崇福寺をお勧めするよ。バスなら岐阜公園から10分足らずで行ける。あそこは一見すると普通の住宅街で、どこにお寺があるのかも分かりづらいんだけど、境内に入ってみると流石、織田家の菩提寺になっているだけの事はあると驚くよ。徳川家からも庇護されていたというから、庭や建物も立派なんだ」
「行ったことあるの?」
「もちろん。」
「私も金華山くらいは子供の頃に登った覚えがあるけど。確か山頂でリスにエサをあげられるのよね?」
「金華山リス村ね。日本で最初のリス村らしいよ」
「りす!」チカ丸が反応した。
「リスは非常食なんだ。城が兵糧攻めにあった時の為のね」
「!!」驚愕の表情を浮かべるチカ丸。普段は無表情だけど、そんな顔も出来たんだな。
「チカちゃん、冗談だよ。」
「冗談、冗談。リスを食べるのは世界にゾンビが溢れてサバイバルしないといけなくなった時ぐらいさ」
「!!」
「やめなさい。からかうのは。けど、地元だとわざわざ行かない事ない?」
「あるあるだね。地元民は地元の観光名所に行かないというのは。けど興味を持つには、まず自分で体験してみないといけないよ」
「先輩!私も興味があるので信長巡り連れて行ってください!」ヒメがズイっと体を寄せてきた。
「りす、見たい」チカ丸も迫ってくる。
「うーん。崇福寺は近いし、わりとマニアぐらいしか見に行かないから空いてて、いつでも行けるんだけど、金華山は観光地として整備されているだけに土日は混むんだよ。行くなら平日がいい。冬休みか、春休みだね。夏はやめた方がいいよ。暑さで死ぬから」
「じゃあ、冬休みにお願いします」
「うん・・・・・・?」
「約束ですよ。」
約束させられてしまった。アタシが1年ズの面倒を見るのか?




