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闇落ちも収まり、はなっちはモリモリとお菓子を食べはじめた。モグモグ口を動かしながら、
「ホントにボロいからね」
言ってる口から、ボロっとお菓子がこぼれた。
「もう契約成立だから。後で辞めるって言ってもダメだよ」またお菓子がこぼれる。
「花、ちゃんと食べてから話しなさいよ。もー」
どれだけボロいのか一度みんなで内見しに行こうと盛り上がっているところにパイセンがやって来た。
「よっ!なんの話だ?」
「おっ、パイセンだ。おはようございます」
1年ズも続く。
「おはようございます。」
「ごきげんよう。」
「プッ!」一人だけ浮いた挨拶をしたものだから、かいちょが吹き出した。
「アニメの影響、受けすぎだよ。チカちゃん」
不思議そうにチカ丸が言う。
「ナンで、おはよう?」
「そう言えば、なんででしょう?私も先輩につられてしまいましたけど、」ヒメの視線がこちらに向いた。
「チカ丸、朝じゃなくてもおはようは使えるんだよ。早くからご苦労様です、という意味だからね。朝以外で使っていると業界人っぽく思われるから覚えておくといい」
「ダメよ、チカ。変な事覚えちゃ」
首をかしげるチカ丸。よく分かっていないらしい。
「1年もすっかり慣れたみたいだな」
アタシ達のやり取りを見ていたパイセンが満足そうに頷いた。
かいちょがカップを手に取った。残って冷めてしまった紅茶を注ぎ、無言で出す。
それをゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干すパイセン。ふーっと一息ついた彼女にアタシは応えた。
「今、将来の話をしていたんですよ」
はなっちがジッとこちらを見てくる。どうやらアパートの事は言わないでほしいらしい。もしパイセンまで住むことになったら怯えて暮らさなくてはいけなくなってしまうからだろう。しょうがないなぁ。
「パイセンは将来、何したいとかあるんですか?」
「アタシか?ここを卒業したらブラジルに行くつもりだ」
その言葉にドキリとした。あたり前の事だけど、パイセンはあと半年たらずで卒業してしまうのだ。しかも卒業後は遠い所、地球の反対側へ行ってしまう。
いつもの様にアタシがすぐに返さなかった事で、何か感じ取ったのかパイセンが側へ来て立った。
「なんだ。寂しいのか?」
「・・・・・・はい。もう帰っちゃうんですね」
「フッ、可愛いヤツだな」
アタシの頭をがっしりと掴みグリグリと撫で繰り回す。
「帰るなんて言ってないぞ?アタシはブラジルに”行く”と言ったんだ。また日本に帰って来るさ」
「そうなんですか?」
「ああ。向こうに行ってブラジリアン柔術の武者修行をしてくるつもりだ」
彼女が腕を曲げ、力こぶを作って見せた。
「筋肉のピークは25歳なんだ。だから25までは選手として自分がどこまで行けるのか挑戦してくるつもりだ」
力強い言葉に寂しさは消えた。
「その後はどうするんですか?」
パイセンがアゴをクイッとしゃくって、かいちょへ向けた。
「会長を選挙で当選させて議員にしたら、アタシはその秘書をするつもりだ」
「もーっ!この人、一度言い出したら聞かないんですよ⁉」
「なんだよ。手伝ってやるって言ってるのに。嫌なのか?」
「そうは言ってません!」
「ブラジルコミュニティの票は取りまとめてやるし、アタシが秘書になればボディーガードもしてやれるんだから、こんなに役に立つ秘書はいないだろ?ハハハッ!」
(なんだ、)将来もこのメンバーで一緒らしい事にアタシは安心した。
豪快に笑い終えてパイセン。
「よし!じゃあ筋トレに戻るか」
「もう!?何しに来たんですか?パイセン」
部室から出て行こうとしていた足が止まる。
「そうか、」
引き返して来た彼女が言う。
「会長、明日の避難訓練の準備、忘れてないよな?」
「ええ、」
「一年達も、放課後は生徒会室に来いよ。明日はこの部活も出来ないぞ」
「あ、ハイ」
「I got it」
「じゃあな」と言って、軽く手を挙げたパイセンはそのまま行ってしまった。
「行っちゃったよ・・・・・・連絡ならわざわざ来なくてもラ○ンでいいのに」
「気になって見に来たんでしょう」かいちょが小声で言い、一年生の方へ視線を向けた。
(ああ、そういう事か)
「なんだかんだ言ってあの人、面倒見のいい人なので」
「地球の反対側からわざわざ、かいちょの手伝いに戻ってくるくらいだからね」
かいちょは嬉しいのか呆れているのかよく分からない笑みを浮かべている。
アタシも残っていた紅茶を飲み干して言った。
「よし!今日の部活はこれまで。解散!」




