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ゆるゾン  作者: ニコ・タケナカ
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一息ついて、ふーみんが言った。

「二人ともやりたいことが決まってて、凄いわね。ほんと、」

「ふーみんは将来どうするの?大学進学?」

「ん、うーん」

曖昧な返事をした彼女は、はなっちへと話をそらした。

「花は?やりたい事、決まってるの?」

摘まんでいたお菓子が口に放り込まれる。しかし、いつもならニコニコと食べるはずのはなっちの顔から一瞬で笑顔が消えてしまった。ひと噛み、ひと噛みしていくうちに、その瞳からは徐々に光も失われていく。

(即落ちしただと!?)

ハァーーーと、大きなため息をついた彼女が言う。

「うち、借金が1000万もあって、」

「あれ?減ってない?前は1億あったのに」

「それはお父さんの借金。それとは別に私の借金が1000万ある」

「はあ⁉」

ふーみんだけでなくみんな驚いている。と言うよりアタシが一番驚いている。そんな話、聞いてないんですけど⁉花代さん?


彼女がボソボソと語り始めた。

「おとついの日曜日の事だよ。お父さんが一緒に出かけるぞって言うから、なにか食べに連れてってくれるのかと思ったら、着いたのは不動産屋さんだった。お父さん、私の誕生日プレゼントに買ったんだって言うんだよ?ひどくない?」

「え、何を買ったの?」

「不動産屋さんだから、不動産だよっ!アパートだよ!」

「お父さん誕生日プレゼントにアパート買ってくれたの⁉凄いじゃない」

「全然凄くなんかないよ!借金して買ったものなんだから。しかもボロアパートなんだよ?ボロボロなのに1200万もする、」

「1200万!」

(今日はやけに冷たいと思ったらそういう事か、今まで無理して黙ってたの?言ってくれればよかったのに)


はなっちが堰を切ったように喋り出した。

「よく分からないうちにローンを組まされて!私っ、来年の誕生日迎えたら毎月9万円ずつ借金返さないといけないことになったんだよ?」

「待って、お父さんが買ってくれたんじゃないの?」

「そうだよっ!お父さんが買ったんだよ?なのに、なぜか今度は私がお父さんからそのアパートを1000万で買う契約らしいんだよ。お父さんは『銀行からお金は借りられるだけ借りた方がお得だから』なんて言うんだよ?どういうこと?訳わからないよ・・・・・・」

部室はシーンと静まり返った。はなっちがやけになってお菓子をボリボリと食べる音だけが響いている。


アタシは話を聞きながらスマホで検索をかけていた。

「それ。相続税対策だね。親子間売買と言うものらしいよ」

お菓子が口いっぱいに詰まっていて喋る事の出来ないはなっちに代わって、ふーみんが聞いてきた。

「なんで親子で売り買いしなきゃいけないの?よく分からないんだけど、」

「はなっちのパパさんは既に1億の借り入れがある。たぶん銀行から借りられる限度額のいっぱいまで借りてあると思うんだけど、アパートを1200万で買ってはなっちに売ればまた資金が戻って来るじゃないか。子供にもローンを組ませたことで実質1億1000万円まで借り入れを増やせたことになる。それを使って次の物件を購入できるし、はなっちには1200万円分の資産を譲ることが出来たんだよ。こういう資産って子供に相続させる時、相続税が掛かるものなんだ。パパさんは1億の資産があるから・・・今のところ借金だけど・・・結構な額をはなっちは相続した時に税金として払わなくてはいけなくなってしまう。だから相続前に子供に売却してしまうのさ。」

「私、いらないよっ!ポロボロのアパートなんて!」

ボリボリボリボリ!お菓子が瞬く間に消えていく。


「はなっち、そんなこと言うもんじゃないよ。一応は資産なんだから。アパートなんだし放っておいても家賃が入ってくるでしょ?毎月おこずかいが貰えると思えばいいじゃないか。うらやましい」

彼女のお菓子をむさぼる手がとまった。

「ボロ過ぎて住んでる人なんていない・・・・・・」

「うわぁ、」ふーみんが哀れんでいる。

アタシもつられそうになったけど、言葉を飲み込んだ。何か解決の糸口を探さなければ、このままだと彼女の闇落ちが収まらない。

「だとしたら家賃が見込めないのに毎月9万円返済するっていうのは?何を基準にしてるの?まだ就職もしてないのに」

「お父さんが毎年110万円ずつ私の口座に振り込んでくれるんだって。でもそれが私のローンの返済に充てられるんだよ?誰のお金がどこに消えていくの?もう分かんない」

「あぁ・・・・・・」言葉もかけられず、ふーみんが顔を引きつらせている。


アタシはまた検索をかけた。

「それは贈与だね。子供に贈与する場合、年間110万円までは非課税、つまり税金はかからないそうだよ。9万円ずつ返済するなら年108万だし、10年もしないうちに完済するじゃないか。しかもパパさんが全て払ってくれるんだから、純粋に資産だけがはなっちに残る。」

「負の資産だよ、誰もいないボロアパートなんて・・・・・・私、詐欺にあってるんじゃないかな、」

「クッ、」かいちょが口を押え必死に笑いを堪えている。よく笑えるね?今は真面目な話をしてるんですけど?

「ボロいのはパパさんがまたリフォームして直すんでしょ?綺麗になったら借り手だって見つかるよ」

「私、来年の誕生日迎えたら18だよ。お父さんが『もう大人なんだから、住み込みでアパート経営は自分でしてみろ』って言うんだ。私、将来の職業が大家さんだよ。勝手に内定確定だよ」

「プッ!」

かいちょが耐えられず吹き出した。アタシもアニメの設定にありそうで吹き出しかけた。タイトルまで簡単に浮かぶ『女子高生が大家さん』いかにもラブコメ物にありそうだ。


笑いを堪えてかいちょが言う。

「花代さん。フフッ、お父さんは子供の事をよく考えてくれているじゃないですか。今から資産を残してくれようなんて、なかなか出来ませんよ?」

「どうせ税金対策だけどね、」

はなっちがいじけだした。しょうがないなぁ、

「アタシが一部屋借りてあげるよ」

「ホントに⁉」彼女の目に少し光が戻った。

「どうせ就職したら家を出るつもりだったからね」

「いいの⁉」

「うん。一人暮らしすれば、好きなだけゲームしていてもかーさんから小言を言われることも無くなるし、」

「ありがとー!月光ちゃん!やっぱり持つべきものは幼馴染だよぉ」


今まで口を挟むのをためらっていたのか、ヒメが小さく手を挙げている。

「あ、先輩が借りるのなら私も一緒に借りたいです。私も小説を書くのに集中したいですし、先輩がいれば色々聞けるので、」

チカ丸も続く。

「私も借りる。段ボールハウス、イヤ。」

「ありがとぉ!二人とも」

(やれやれ、3人決まれば家賃3万円でも9万円は達成だ。パパさんの9万円と合わせれば5年で完済じゃないか。その後は毎月お小遣いの入ってくる大家生活か・・・・・・羨ましいぞ!はなっち!)


ちょっと羨ましくなったので、条件出してやれ。

「ただし!はなっちには食事の用意をしてもらうからな!3食作って昼寝付きのメイドとして」

「いいよ。それくらい。もう月光ちゃんは一生、私のご主人様だよ!」

料理が得意なはなっちは、あっさり条件を受け入れてしまった。大家としてやっていけるのかなぁ?ちょっと心配だ。

このやり取りをふーみんが羨ましそうにこちらを見てくる。

「大家なのに立場が逆転してるじゃない」

ツンデレだからアタシから誘ってあげないと入りにくいのか?素直じゃないなぁ。

「ふーみんも借りたら?」

「そ、そう?まあ、アンタがどうしてもって言うなら花を助けると思って、借りてあげない事もないわ」

パーフェクトなツンデレ構文が返ってきた。


1人のけ者にするのも可哀そうなので、かいちょにも聞いてみる。

「かいちょは?」

「私わぁ、どーしましょうかぁ?まだ確約はできませんけど、一人暮らしには興味があるので、部屋が空いているようでしたらその時考えてみます」

なんともフワフワとした回答が返ってきた。どう転んでも大丈夫そうな、見事に政治的回答だ。コイツめ。


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