ゾンビ研究部活動報告
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『4月21日』
カシャン・・・カシャン、カシャン・・・
『岐阜県岐阜市の中央部、雄大な長良川を望むこの高校の一室で、』
カシャン・・・カシャン、カシャン・・・カタン、カシャ、カシャ・・・
『私達はゾンビが世界に溢れてしまった時の為に、生き残るすべを模索し研究していた。』
カシャン・・・カシャン、カシャン・・・カタン、カシャ、カシャ、カタン。
「アンタ達なにしてるのよ?」
不意に声をかけられ、アタシはタイプライターを打っている手を・・・・・・もとい、タブレットに向かってタイプライターを打っているフリをやめた。顔を上げると、いぶかしげに見てくるふーみんが目の前に立っている。またこの娘か。そんな事言ったら言い返してくるのは分かっているので、すました顔でこの奇行の説明をする。
「今、バ○オ ハ〇ードごっこしてたんだよ」
言われてもいまいちピンときていない事がその表情からうかがえた。
彼女の名前は伊吹山 風香 風香の風をとってアタシはふーみんと呼んでいる。
時々こちらにちょっかいをかけてくる割にはアタシが好きなアニメやゲームのネタはサッパリ分からないらしい。なら、声かけてこなくてもいいと思うんだけど。
彼女の視線が答えを求める様に今度はアタシの前に座ってカタカタ言っていた はなっちに向く。
「で?花は何してたの?」
「私はタイプライターを打つ時の音係だよ」
カシャ、カシャとタイプライターの音マネをしてみせるはなっち。
はなっちはアタシの幼なじみ。名前は関 花代 ふーみん同様オタク文化にはあまり詳しくないのだけれど、アタシにつき合わされているので幾分話が通じる。
「プッ!」
少し離れた所に座っていた かいちょが吹き出した。どうやら彼女は勉強をしながら、このやり取りに聞き耳を立てていたみたい。
羽島 小鳥 彼女は学年トップの成績を誇り、そのうえ生徒会長まで務めている絵に描いたような優等生。彼女もゲームには疎い。というより、ゲームなんてやった事ないんじゃないかな。
「フッ!フフフ、」
そんなに面白かった?たとえネタが分からなくても かいちょには何かツボるところがあったらしい。声を殺して笑っている。
それにしてもこうやって放課後にまでノートを広げ勉強しているなんてアタシには信じられないよ、まったく。
何のネタかはたぶん分かっていないのだろうけど、かいちょが吹き出したためか呆れた様にふーみんは言った。
「くだらない事やってないでアンタ達も会長見習って勉強でもしたらどう?」
「にゃにおー!くだらないとはにゃんだ。ここはゾン研の部室だよ?ゾンビの研究して何が悪いてんでぃ。立派な部活動じゃにゃいかー!」
怒るアタシの事など気にも止めず ふーみんは かいちょの隣に腰を下ろしてしまった。
「会長、理数探求の課題どう進めたらいいのか分かんないんだけど、」
「あら、ちょっと見せてください」
そっちから話しかけておいて無視するとか、イイ度胸じゃないですか風香さん・・・・・・
「ちょっとそこの二人!部員でもないのに部室に入り浸ってからにィ」
「部室も何も、ここ理科室じゃない」
「表に張り紙がしてあるじゃにゃいか!ゾ・ン・研って」
理科室を示す名札にはその上から『ゾン研』と張り紙がしてある。アタシがマジックで書いた手書きのそれが。
「はいはい。アンタ達いつも放課後はここに来てるみたいだけど、ちゃんと使用許可は貰ってるんでしょうね?」
痛い所を突いてくるなぁ、この娘は。アタシは怒りのボルテージを急降下させストンと椅子に腰を下ろした。
「さーて、私も課題済ませようかなー」
「・・・・・・あやしい」疑りの目を向けてくるふーみん。
そこへ担任の先生がやってきた。教室には入らず入り口に立って言う。
「あら。皆さんこんな所で自習ですか?えらいですねぇ。帰る時は戸締りだけちゃんとしていってくださいね」
八百津 青 私達の担任の先生。いつもにこやかに友達感覚で接してくれる為、生徒からはとても人気が高い。こちらを信頼してくれているのか疑ってきたりしないので、今も声をかけただけで行ってしまった。
「先生が何も言わないんだから、許可は貰ってるってことよね?」
なおも疑いの目を向けてくるふーみん。アンタも先生を見習ってもう少しにこやかにしたらどうなの?そのままだと眉間にしわが残るよ?
ふーみんの視線は受け流し、はなっちに言う。
「はなっち、行った?」
意図を察し、こそこそとはなっちが教室の入り口まで行く。流石アタシにつき合わされているだけの事はある。その動きはメ○ルギアのス○ークか。潜入任務でもないのに無駄にドアへ背中を張り付け気配を殺している。今度ダンボール箱でも置いておこうかな?
「うん。行ったよ」
「よし!じゃあ改めて部活の続きをするとしよう」
「・・・・・・やっぱり怪しい」
ノリが悪いぞ?ふーみん。
アタシはマジックを手に取って教室のホワイトボードの前に立った。
「今日の議題はコレ!」
デカデカと文字を殴り書きしていく。一同の視線を背中に受け書いた議題はこう。
『ゾンビが街に溢れた時の対処法について』
書き終えたところで勢いよく言った。
「はい!ドーン!」
ホワイトボードも平手で勢いよく叩く。軽くアニメの一場面をマネしたつもりが、思いのほか大きな音がバンッ!と教室に響き渡った。
同時に私は手を抱えうずくまった
「いったー・・・・・・」
これが現実の痛みか。
「プッ!」
一人、吹き出した奴がいるな?うずくまってたから見えないけど、誰だか分かるぞ。
「しょーもな」
今度は呆れた声がする。こっちも見なくても分かる。
残る1人は声には出さず、そのカワイイ顔を苦笑させているのか?
ジンジンする手にフーフーと息を吹きかけ、ようやく落ち着いたので改めてうすーい顔をして見てくるふーみんに言い返した。
「しょーも無いとはにゃんだ!アメリカでは国家機関である疾病予防管理センター、通称CDCが真面目にゾンビが大量発生した時の対処法をサイトで公開しているんだぞ?」
「ホントにぃ~?」
まったく信じていないな?この娘。ちょっとスマホを取り出して調べてみろってんでい!
そんな事言ってもふーみんは1ミリも動かないだろうなぁ(この辺りオタクとは行動理念がまったく違う気がする)
アタシは自分のスマホを取り出した。検索して出て来た一番上のサイトのタイトルを彼女達に見せる。
「ほら。ちゃんと書いてあるでしょ」
「ほんとねぇ」
ふーみんから興味なさそうな声が返って来る。彼女にとっては国家機関の真面目なレポートであろうとゾンビなんてはなっからいないものという認識なんだ。ゲームやアニメ、ホラー映画の中だけの空想の産物。
アタシは彼女を見据えて聞いてみた。
「ゾンビを信じていないな?」
「当たり前でしょ。そんなのいるわけないじゃん」
やっぱり。思った通りの回答が返って来た。
「これだから素人は」
「じゃあ、なに。ゾンビはいるって言いたいの?アンタは」
「可能性が無いとは言い切れない。逆にふーみんはいない事を証明できる?」
「証明も何も、いないものはいないでしょ」
「証明できないって事はいるって認める事だよ」
このやり取りを静かに聞いていたかいちょがフフッと笑った。
「月光さん。それ、悪魔の証明になってますよ。無い物を証明するのは困難ですから否定する側にそれを証明する責任は生じません。責任の転嫁はダメですよ」
やっぱりかいちょは勉強が出来るだけの事はある。口を挟まれなければこのまま押し通せたと思うんだけどなぁ。
アタシは「なら」と言葉を続けた。
「このわたくし、海津 月光 がゾンビの可能性について講義して差し上げよう」