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くだらない私の日常 新人なろう作家の日常妄想系エッセイ

おばあちゃんのアップルパイ


 子どもの頃、おばあちゃんの家に遊びに行くのが大好きだった。


 でも飛行機に乗って行かなければならないから、行けるのはお正月と夏休みだけ。



 おじいちゃんは、私の母が小学生のころに亡くなってしまったから、おばあちゃんは若くして慣れない会社の経営と子育てをひとりでしなくてはならなかったそうだ。


 どれほど大変だったのか、想像すら出来ない。


 けれど、私が知っているおばあちゃんの家は映画やドラマに出てくるみたいに広くて綺麗だったし、おばあちゃんの頑張りで会社は大きくなったそうだ。


 それに誰よりも明るく優しい母を見ていればわかる。おばあちゃんは経営も子育ても立派に成し遂げたのだと。


 周囲の人に言わせれば、とても厳しく怖い人だったらしいが、少なくとも私には激甘だったからあくまでも()()()とだけ言っておく。



 おばあちゃんは、仕事も出来て子育ての達人だったが、料理の達人でもあった。


 遊びに行くと、食べたことないようなお菓子をたくさん作ってくれた。


 中でも大好きだったのが、アップルパイ。


 今でも好きなデザートナンバーワンだ。


 サクサクもっちり濃厚なパイ生地とシナモンが効いたリンゴ。


 美味しいデザートと美味しい紅茶。まるで物語の主人公になったよう。


 私にとっては、辛い現実から解放される夢のようなかけがえのない時間だった。



 小学五年生の時におばあちゃんは天国へ旅立った。


 その後、社長となった娘婿は無茶な拡大を繰り返した揚句、会社のお金を持って夜逃げした。


 どうやら、さすがのおばあちゃんも、人を見る目だけは無かったらしい。 


 私の夢の国は永遠に失われてしまった。


 

 残念ながら母は料理好きだが上手ではない。


 家で食べていた料理が外では全く違うものだということに衝撃を受けたことは一度や二度ではないのだ。


 母の名誉のために言えば、味は素晴らしいのだ。外で食べるより数段美味しい。見た目は壊滅的だが。


 だが、アップルパイは作ってくれなかった。作り方を聞いていなかったのだという。



 それからというもの、ことあるごとにアップルパイを買って食べるようになった。


 でも……違うのだ。おばあちゃんのアップルパイと何かが違う。


 思い出補正とかではなく、何かが根本的に違うのだ。


 お店のアップルパイはまるで甘いだけのジャムみたい。


 私が好きなアップルパイはコレじゃない。




 昨年末、職場は存亡の危機を迎えていた。実質会社の指揮を執っていたNO2がいなくなってしまったからだ。


 連日連夜、深夜まで残業していたある日、珍しく社長が夜食にピザをオーダーしてくれることになった。もちろん残業代など出ないので、得したと思うほどではないが、無いよりははるかにマシだと思う程度には嬉しい。


 何の気なしにメニューを眺めていたら、サイドメニューにアップルパイがあるではないか!!


 

 社長「ねこは何にする? 何でもいいよ」


 私「……アップルパイ」


 社長「は? え、いやピザは? チキンとかあるよ?」


 私「……アップルパイ」


 社長「……わ、わかったから、でもそれだけじゃ足りないでしょ? 他にも何か……」


 私「……じゅあもう一つアップルパイ」


 社長「OK……アップルパイ二つね」


 

 社長ははっきりいって仕事が出来るタイプではないが、オーダーを聞いて回って自ら注文してくれる程度には良い人だ。だから社員は皆会社を守るために必死になっている。


 正直期待はしていたわけじゃない。ピザの耳は好きだけど、しょせんただのチェーン店。


 ただ、昔からの習慣で頼んだだけだった。それ以上でも以下でもない。


 

 40分後、届いたアップルパイは熱と湯気でしんなりとなった紙箱に入っていた。ますます期待値は下がる。まあ、熱々だったのは意外だったけれど。



 紙箱を開けると……あれ? なんだか美味しそうな香りがする。


 皆がピザをほおばる中、アップルパイを口に運ぶ。


 

 ……美味しい、美味しいよ。


 少しだけおばあちゃんのアップルパイに似ている。


 

「え……なんでねこ泣いてるの? 泣くほどお腹空いてたとか?」



 同僚に言われるまで気付かなかった。そうか……私、泣いてたんだ。



「うん、そうだね……そうかもしれない」


 恥ずかしいので誤魔化す。


「……ピザの耳食べる?」


「……うん」


 ふふふ、ラッキー。

 

  

 後で調べたら、フランスブルターニュ産のバターを使っているこだわりのアップルパイらしい。


 なるほど、そういえばおばあちゃんの焼いたパンはフランスのバターを使っていると聞いたことがあったような気がする。そうか、バターが違ったのか。


 手掛かりは掴んだけれど、フランス産バターは高価だし、宅配ピザは頼む機会が無い。


 仕方が無い、将来お金持ちになったら大人買いしようと心に誓う。



 今年の決算前、2月の職場は再び戦場となった。


 戦場と言えば宅配ピザの出番だ。




 社長「ねこは何にする? アップルパイ?」


 さすがは社長、私のことをよくご存じで。


 私「……はい」


 社長「は? え、いや冗談だったんだけど……ピザ食べないの? チキンも美味しいよ?」


 なぜチキンを推す? 私はアップルパイが食べたいんだ。

 

 私「……アップルパイ」


 強い意志で社長を睨みつける。


 社長「……わ、わかったから、えっと……アップルパイ2個で良いんだよね?」


 私「……アップルパイ3個で」


 社長「OK……アップルパイ三つ入りました~!!」


 謎のハイテンションで叫ぶ社長。ここは居酒屋ではないはずだが。


 

 社長の背中を見送りながら、私は密かに後悔する。


 ……しまった。四つ頼んで、一つお持ち帰りにすれば良かったと。



 

 ※作中の宅配ピザはピ○ーラです。アップルパイ、ぜひお試しあれ~。

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i566029
(作/秋の桜子さま)
― 新着の感想 ―
[良い点] 以前アップルパイが好きっておっしゃってたの そういう背景があったのですね!(*^v^*)b それは格別で特別!! [一言] 職場が!! 怒涛の多忙さ!! 待って原因が、ええっ??(←スルー…
[一言] こちらで語られているのは、リンゴをクラッシュしたものを、パイの中に詰めた感じなのですよね。フィリングが、ジャムと角切りリンゴとなっているような(まず思いつくのがマクドナルドのアップルパイでし…
[一言] 大切な人が作ってくれたおやつが格段においしく感じるのって何故でしょうね。 たらこはおばあちゃんが作ってくれたきんぴらごぼうがそれにあたります。 どうやっても再現できないし、同じ味の総菜が見つ…
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