勇者になった少年〜恋人を失った少年は、聖女と運命の出会いをする
数年前に書いた短編です
色々拙い文章ですが、楽しんで頂けたら幸いです
「アル、ごめんなさい。私はこの人と付き合う事にしたの」
僕は目の前にいる恋人、ユメから別れを告げられた。
***
話は2か月前に遡る。
「アル!ご両親が病で倒れたそうだぞ!」
僕の名前はアル。
2か月前に故郷のイアソン村を出て、アーラルの街に出稼ぎに来ていた。
ようやく仕事を覚えて、これからという時期に
雇い主の商人の親方アロンゾさんから、突然の悪い知らせを聞かされた。
「村から出てくる時は元気だったのに・・・」
突然の事に僕はショックを隠せないでいた。
「アル!しっかりして!」
落ち込んでいる僕を、一人の女の子が励ましてくれる。
黒髪をツインテールに結んだ、可愛い女の子。
「ユメ・・・」
「お父さんもお母さんもきっと大丈夫。早く帰って看病してあげて」
この女の子の名前はユメ。
僕がこの町に来て出会った、自慢の恋人だ。
「仕事の事は気にするな。さっさと行って帰ってこい」
そして、親方のアロンゾさん。ユメの父さんが僕を後押しをしてくれる。
「ユメ、親方・・・ありがとうございます!」
僕は急いで故郷に戻る支度をする為に宿に戻った。
「あの子可愛いな」
僕の後ろで優男の剣士がユメに熱い視線を送っていたが、
その時の僕に、周囲の視線に気付く余裕は無かった。
***
僕は急いでイアソン村に戻った。
片道に3日はかかってしまう距離だが、
僕には馬車を雇うお金が無い。
そんな時に、ユメが僕に馬車代を渡してくれた。
「アル。このお金で馬車を使って」
「これは、ユメが大切に貯めていたお金じゃないか」
「うん。これで早く帰ってあげて」
「ありがとう!絶対に返すから」
「うん。絶対返してね。私待っているから」
「ユメ・・・」
本当に僕には勿体ないくらいの恋人だ。
そして、僕は村に向かって馬車に乗った。
***
僕は、馬車を使って、急いで故郷のイアソン村に着いた。
しかし、村長から聞かされた言葉は無情な物だった。
「アル・・・残念ながら、ご両親は亡くなられた」
「嘘・・・ですよね」
両親はすでに病に倒れて死んでいた。
しかも、流行り病のため、すぐに火葬されてお墓だけが残っていた。
僕は両親のお墓の前に行くが、まったく実感が沸かない。
「こんな時にすまないが、アルに話がある」
呆然として立ち尽くす僕に
村長から、親が薬代で借金をしていた事、
また、火葬と葬儀でお金が更にかかった事を聞かされた。
「・・・ご迷惑をおかけしました」
「お主が悪くない事は誰もが分かっている、しかし、金は空から降って来ないのだ」
借金を返済するには、思い出の詰まった家を売るしか選択肢は残されていなかった。
「・・・分かりました」
「すまんな、だが家の買い手がおらん。それまでこの村にいてもらうが、よいな」
村長の言い分は、万が一の逃亡防止策としての軟禁だったが、
両親の死のショックに呆然としていた僕は
村長の言葉に頷くのがやっとの状態だった。
「わかりました。その間はあの家を使ってもいいでしょうか?」
「ワシらも鬼ではない。むしろアルには同情している。使っても構わんよ」
「ありがとうございます」
僕は村長の家を後にして、懐かしの我が家に帰った。
「父さん、母さん・・・間に合わなくてごめん。そしてこの家も守れなかった」
僕はその日、一人で寂しく泣いた。
***
それから、随分と月日が過ぎ去ってしまった。
家の買い手がなかなかつかず、やっとお金の事が解決した時には
1ヶ月以上の時が過ぎていた。
「ユメが待っている!早く帰らなくちゃ!」
僕は故郷のイアソン村からアーラルの街に急いで戻った。
しかし、久しぶりに再会したユメの隣には、見知らぬ男がいた。
「アル、ごめんなさい。私はこの人と付き合う事にしたの」
最愛の恋人から、一方的に告げられる突然の別れ
僕は頭の中が真っ白になった。
僕は故郷に続き、最愛の恋人を失った。
***
剣聖アラン
それが、ユメの隣に立つ男だった。
アランは整った顔立ちに、長身で細身ながらも、引き締まった筋肉。
腰には高級そうな剣を装備していた。
素人目に見ても、確実に僕よりも強く、女性にモテそうな容姿。
僕がイアソン村に帰郷した時に、入れ替わるようにアランはアーラルの町に来た。
そして、一人になったユメに興味を持つ。
アランは剣聖の称号を一流の剣士であり、女性に困った事が無い程の美形だった。
アランはユメの容姿に興味を持ち、軽い気持ちで誘惑をしたが、
ユメは取り合ってもくれなかった。
自分の容姿と剣聖の肩書に絶対の自信を持っていたアランは戸惑う。
そして、アランがユメの事を調べると、彼氏がいる事が分かった。
更に彼氏の両親が病気で遠くの村に帰ったため、その帰りを待っている事、
毎日、彼氏とその両親のために毎日、教会にお祈りしている事、
自分の貯金を彼氏のために、全額を差し出したなど、一途な気持ちを知ってしまう。
健気で純粋なユメの魅力に、アランは本気で惚れ込んでしまった。
そして、強引にユメに迫る事を止め、彼氏と帰ってきてから、改めて勝負をしようと思うように変わっていた。
そこには軽薄なナンパ男では無く、惚れた女の幸せを願う一人の男がいた。
しかし、無情にも時は過ぎ去っていく。
アルがいつまで経っても帰ってこない事にユメは不安で落ち込む日が続いた。
(どうしたんだろう、あのお金があれば往復で2日かからないはずなのに
ご両親の容態がそんなに悪いのかな。どうか無事でいて!お願い!)
そして、2週間が過ぎても、アルからの音沙汰が無かった。
「アル・・・会いたい・・・せめて手紙くらい欲しいよ」
それは、初恋が実って、初々しいファーストキスを交わし
幸せな未来を夢見ていた少女にとっては、残酷過ぎた。
そして、ユメの事を考えて、自制していたアランだったが、
当の彼氏からはいつまで経っても、音沙汰が無く。
悲しみで笑顔が消えていくユメを見る度、怒りと嫉妬の感情がこみ上げてくる。
そして、元気の無いユメを慰めるようになっていった。
表情を暗くして、塞ぎこんでいくユメ。
そんなユメを見ていられなくなり、アランはついにユメを抱きしめる。
「アランッ!?どうして・・・」
「限界だ。今のユメは見ていられない」
「私には恋人がいるって言ったよね」
「彼氏の事は分かっている。でも、俺はこれ以上ユメに悲しい顔をして欲しくない。これでは身も心も壊れてしまう」
「ごめん・・・心配してくれてありがとう。でももう少しだけ待たせて・・・」
アランの抱擁をやさしく引き離すユメだが、
不安と寂しさに苛まれていたユメにとって、久しぶりに感じる、暖かい異性の感触だった。
そして、アルに対する背徳感に心臓の鼓動が抑えられない。
不安と寂しさはユメの心を次第に変えていった。
(アル・・・早く帰ってきて。私を安心させてよ!どうして手紙もくれないの?)
変わっていく自分を否定するように、心の中でアルに助けを求めるが、
悲痛な声がアルに届くことはなかった。
そして、アルからの連絡が途絶えたまま、2ヶ月という月日が流れてしまう。
それはユメとアランが恋人になるには十分過ぎる時間だった。
アランは、女遊びから完全に足を洗い、ユメの為に必死に出来る事をやった。
昔のアランを知る人が見れば別人に思うだろう。
そして、アランの真摯な所にユメは惹かれ、男女の関係を結んでしまう。
「アル、ごめんね・・・」
ユメはアランに腕の中に抱かれながら、心の中でアルに謝った。
***
そして、時は戻る。
「キミが元彼氏のアル君だな。悪いがユメは俺が幸せにするよ」
「本当にごめん」
そう言いながら、ユメの肩に手をかけるアラン。そして俯いて謝るユメ。
僕は怒りや、悲しみの感情よりも、
何が起こっているのか理解できず、頭の中が真っ白になった。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はアラン。冒険者ギルドに属している剣士だ」
「剣士。冒険者・・・」
「これでも剣聖の称号を得ている、事を荒立てる真似は止した方がいい」
「け、剣聖!?」
剣聖の称号は剣士の最上級職だ。
王国に数人しかいないとされる、雲の上の存在だった。
「ユメ・・・どうして?」
僕の言葉に俯くだけのユメだったが、
アランは酷く冷めた声で言葉を返した。
「ユメを2ヶ月以上も放っておいて、出てくる言葉がそれか?ユメがどんな思いで待っていたと思っているんだ」
「そ、それは」
「アラン。もうやめて!」
「・・・アル、せめて手紙くらい欲しかったよ」
暗い顔で俯くユメに、僕は聞かずにはいられなった。
「ユメ・・・僕の事が嫌いになったの?」
「そんなワケ無いじゃない。今でも好きだよ」
「それじゃあ、どうして?」
「ごめん。私はもう、アルじゃ駄目なんだよ」
「どうして?意味が分からないよ!」
その時の僕の応えに対して、見かねたアランがユメに寄り添った。
「分からない坊やだな。こういう事だよ」
アランは乱暴にユメを抱き寄せて唇を奪った。
「なっ!」
そして、ユメは頬を染めながら、その行為を当たり前の様に受け入れる。
「むう」
「ん・・・」
僕達が交わした触れるだけのキスではない、舌を絡ませるディープなキス。
そして、恍惚とした表情でそれを受け入れるユメ。
僕は信じられない物を見せられていた。
「嘘・・・だろ」
僕は・・・ユメのこんな表情は知らない。
目の前の女の子がユメで無い感覚に陥った。
「ユメとこんなキスをした事ないだろ?そもそも、どうして抱いてやらなかったんだ?」
「抱くって!?ユメ・・・まさか」
「ごめんね。アル。そういう事なの」
「嘘だよね?」
「ううん。アランは落ち込んでいた私を支えてくれた。そして女としての幸せを与えてくれたの」
「俺の事はユメの父親アロンゾさんも認めてくれている。もう君にユメは任せられない」
「そ、そんな・・・親方まで・・・」
「アル・・・本当にごめん」
もう、僕達は恋人に戻れない事を、今はっきりと分かってしまった。
それでも僕は一つだけユメに聞かずにはいられなかった。
「ユメ・・・一つだけ聞かせて」
「あまり、しつこいと・・・」
「待って、アラン。アル何を聞きたいの?」
「今のユメは幸せ?」
僕の問いかけにアランは驚いた顔をしていた。
でも、ユメは僕が言ってくる事をなんとなく分かっていたのだろう。
「うん・・・幸せだよ」
ユメの口から答えが返ってきた。
「そっか、分かった・・・いままでありがとう。大好きだったよ」
「本当に、ごめんね・・・」
僕はユメから答えを受け取ったあと、2人に背を向けてトボトボと去った。
***
「アル・・・本当にごめん・・・」
「ユメ、すぐに忘れる事は無理だと思うけど、いつまでも暗い顔をするなよ」
「ごめんね。まだアルの事が好きなの。アランに身体を許してるのに・・・最低だよね」
「そんな事を言うな。ユメがアルを本気で愛していた事は知っている。ユメはやさし過ぎるんだよ」
「違うよ・・・好きな男の子を平気で傷付ける酷い女なんだよ・・・」
アランは思わず指で頭を押さえる
こういう時のユメは頑固だ。
純粋な反面、思い込みが激しいのが欠点でもある。
「まったく・・・また考えが悪い方へ行ってるぞ。それに顔が真っ青じゃないか。近くの宿で少し休め」
「うん、ごめ・・ん」
一瞬、意識を失ったユメは倒れかけるも、アランがユメの身体を抱きしめる。
そして、ユメをお姫様だっこにして持ち上げた。
「んえっ!?ア、アラン?」
「この方が早い。それと、俺に謝るのはやめろ。そういう時はありがとうでいいんだ」
「・・・うん、ありがと」
そして2人は抱き合いながら宿がある方角へと、歩いて消えていった。
***
今の一幕を、一人の少女が高級宿の最上階の窓からその様子を見下ろしていた。
「運命とでも言いたいのかしら。3人ともいい子なのが、逆に悲しいよね」
そして、少女は空に向けて一言呟いた。
「あの子が悲しむ事なんて望んでいないのに・・・やっぱり、神様は意地悪だよ」
*****
僕は、気が付いたら、ユメの家の前にいた。
自分の女々しさに更に落ち込んでしまう。
そして、幸か不幸か、家の前にはアロンゾさんだけがいて、ユメとアランは見当たらなかった。
ユメの父親である親方に会うのは辛いけど、
親方は僕を心配して送り出してくれた。
今回の顛末を報告して、ユメに借りたお金を返さないと駄目だよね。
僕はアロンゾさんの前に立った。
「親方・・・お久しぶりです」
「アル?お前!今更何の用だ!2ヶ月もユメがどんな思いでいたか分かっているのか!親はどうした!?」
愛娘の心を深く傷付けられて、怒り心頭の父親がそこにいた。
親方の怒りは分かる。でも、今の僕にはそれを受け止める余裕なんてなかった。
僕は抜け殻のような気持ちで、淡々と事実を伝える事しかできなかった。
「両親は死にました。そしてユメから借りていたお金。ここに置いて行きますね」
次の瞬間、アロンゾさんの顔が驚愕に変わる。
「な、何っ?あの2人が、それは本当か?!」
「はい、僕が村に着いた時は、すでに・・・僕は死に目にも立ち合えませんでした」
「そ、そうだったのか・・・しかし、その金はどうしたんだ?確か馬車代に使ったはずだろう」
「家を売ったお金です」
「家を売った?!アルっ!おまえ、いったい何があった!?」
「両親の治療代の借金が払いきれなくて、家を売って村を出ました。余ったお金がちょうどユメから借りたお金と同じくらいだったので」
「・・・なんという事だ」
それは、今のアルはほんの少しのお金しか持っておらず、故郷も恋人も失ったという事。
「アルは、ユメ達と会ったのか?」
「はい、先程別れました。親方にもお世話になりました」
「・・・」
言葉は丁寧だが、アルの瞳に光は無く、感情が抜け落ちていた。
アロンゾは、この少年にかける言葉が見つからなかった。
ここまで、この少年の心を壊したのは我々だ。
だが、誰が悪いというのだろうか。
不幸な、すれ違いとしか言いようが無かった。
そして、危ない足取りでアルは街中に消えていった。
***
僕は、雨風邪がしのげる橋の下に僕はうずくまっていた。
どうやってここに来たのかもよく覚えていない。
故郷と恋人に続いて、働く場所も失っちゃった。
(もう何も考えたくない。疲れちゃったよ)
僕が膝を抱えながら、そんな事を考えている時に
透き通るような声が僕に向けられた。
「大丈夫?」
女の子?
顔を上げるのも億劫だが、声からして若い女の子?
若い女の子というだけで、ユメの事を思い出す。
僕は、女の子の問いかけに答える気が起きなかった。
「無視しないでよ。ほらお水」
目の前に水筒が差し出された。
僕は少しだけ顔を上げて、差し出された水筒を見る。
その向こうに、小柄な手と銀色の長い髪が少し見えた。
しかし、銀髪の女の子に知り合いはいない。
「どこかでお会いしましたか?」
「路地裏の騒動を偶然見ちゃってね、ちょっとしたおせっかいだよ」
見ず知らずの女の子に見られていた。
しかし、こんな僕に親切にしてくれるのは少し嬉しかった。
「ずっと泣いて喉が乾いたでしょ?早くお水飲みなよ」
気が付けば、僕の頬は濡れていた。
僕は泣いていた事にも気付かなかった。
そして、女の子の言う通り、確かに喉がカラカラだった。
僕は受け取った水筒の水を口に含み、
「君、元カノと、エッチしたの?」
「ブフーーー!!!」
勢いよく噴き出した。
「うわっ!汚っ!」
「いきなり何て事を言うんですかっ!」
僕は勢いよく、声の主の方を向いた時、言葉を失った。
(天使?)
白銀の綺麗な髪に、ヴェールが幾重にも飾られている純白の衣装。
完璧に整った容姿に透き通る様な肌、宝石のような紫の瞳。
これで羽根でも生えていれば、まさに天使のような女の子だった。
あまりの綺麗さに言葉を失い、僕は動く事が出なかった。
「あれぇ?どうしたのかな?」
女の子は僕の表情を見た途端、ニマニマと意地の悪い顔をしている。
僕が見惚れている事を分かって、からかっているのが丸わかりだ。
「な、何でもないっ!はしたない女の子だって思っただけだよっ!」
無駄と分かっていても、僕はささやかな抵抗をした。
しかし、続く言葉は目の前の女の子の容姿に似つかわしくない物だった。
「あんなロリ巨乳と付き合ったら、おっぱい揉みたくならない?もしかして揉んでないの?」
「巨・・・おっぱ!?揉む!?」
見た目は天使で、男子の手を握った事も無さそうな清楚なイメージなのに、何なのこの子?
「いい身体してるよね。イケメン剣士が夢中になるのも分かるわ」
「・・・思い出させないでください」
先程からこの子のイメージとかけ離れた言動が目立つ。
なんというか、酔っぱらった親方みたいだ。
そして、傷口を抉らないで欲しい。
「キミって、なにか勘違いしているね」
「えっ?」
「ん?やっぱり何でもない」
コロコロと表情を変える女の子。
思わせぶりな事を言って、すぐさま有耶無耶にしたり
完全にこの子に振りまわれている。
フラれて落ち込むくらい、静かにさせて欲しかった。
「今は一人にしてくれませんか?」
「放っておいたら、そのまま死んじゃいそうだよね」
それもいいかもしれない・・・僕は本気でそう思った。
「分かります?ははっ」
「こりゃ駄目だ。眼が死んでる」
謎の女の子は、溜息をついて僕に愛想を尽かしたと思いきや、
僕の隣に座り込んでしまった。
***
「じーーー」
隣に座り込んだ女の子はじっと僕を見つめていた。
正直、気になって仕方がない。
「ねえ?私が慰めてあげようか?」
「結構です」
こんな綺麗な女の子から声をかけられた事なんてないけど、
僕は今、失恋したばかりで、別の女の子と話をする心の余裕なんてない。
出来ればそっとしておいて欲しい。
「これでも見た目は自信あるんだけどな」
「・・・ああ、そうですね」
無邪気に目の前で誘惑するようなポーズをする美少女。
話が出来過ぎて、ハニートラップと勘ぐってしまう。
「お金とかいらないからさ、少し付き合わない?私が元気にしてあげるよ」
「・・・」
(わざわざ言う所が、怪し過ぎる・・・それに口調も軽いしそういう人なのかな?)
両親、故郷、恋人、職場・・・次は何を失うんだろう。
立て続けに起こる不幸に、僕は考え方が苛まれていた。
(このまま付いていけば、怖いお兄さんに囲まれちゃうのかな?もうどうなってもいい。疲れちゃった)
僕は心が疲れ切って、女の子の誘いを断る気力も無かった。
「いいよ。どこへでも連れて行ってよ」
「ふふっ、天国に連れて行ってあげる」
僕は後で振り返る
これが運命の分かれ道だったと。
***
『アーラル・セントラル・パレス』
アーラルの町の中心にそびえ立つ城塞の様な建物。
この町の中心にある、最も有名な高級宿だ。
利用出来るのは、領主様などの貴族や大商人といった、特別に裕福で地位の高い人だけ。
僕のような一般人は門の前に立つことすら許されない。
品格が下がると追い払われるのが関の山だ。
そのはずなのだが、受付の人は女の子の姿を見ると、恭しい態度でもてなし、庶民の服を着ている僕をすんなり通してくれた。
彼女はこの建物に入れるほど、地位の高い人なのだろうか?
そして、このホテルで最も高額とされる、
最上階の貸し切りフロアに僕は案内された。
「おかしい」
「何が?」
橋の下で出会った銀髪の少女が外套を外して僕の方を振り向いた。
何が?と言われても何もかもがおかしい。
「てっきり、痛い目に遭うと思ったんだけど」
「痛い目?・・・ははーん、さては路地裏にでも連れて行かれると思ったな?」
「うん」
「もう!失恋したからって、ヤケになっちゃ駄目だよ!」
女の子は少し頬を膨らませて僕に注意する。
怒る仕草も驚くほど可愛いかった。
そして、何故か次々に服を脱いでいた。
「ちょっと待って!」
「どうしたの?そんなに慌てて」
「その!色々見えてる!」
すでに上着を上にズラして下着が完全に見えている。
初対面の男子の前で、なんて格好をしているの!?
「可愛いでしょ?このブラとショーツ、最近のお気に入りなのよ」
しかし、女の子は明らかに高価そうな服を脱ぎ散らかし
お構いなしにと言わんばかりに、自慢の下着を披露する。
目の毒過ぎる。着痩せするタイプなのか、かなりのボリュームのあるバストを見るだけで、混乱してしまう。
「ど、どうして脱いでいるの?!」
「ああ、着衣エッチの方が良かった?あれって背徳的で興奮するよね。私も嫌いじゃないわ」
「そうではなくっ!」
キョトンと首を傾げる下着姿の美少女
そして、ブラの紐が肩から外れている。
くそっ!エロ可愛い!ってそうじゃない!
「僕たちは初対面だよね!おかしくない?」
「男女の出会いなんてそんなものだよ」
「僕はお金を持っていないんだよ?」
「いらないって言ったよね」
「って!どうして下着も脱ごうとしてるの!?」
「慰めてあげるって言ったじゃない。それとも下着はつけたままがいいの?下着って結構高いから乱暴に扱わないでね」
受け答えは成立しているが、意思疎通が壊滅的に出来ていない。
慰めるってそっち?!
こんな、綺麗な女の子が、しかもお金はいらない?
正直、理解が追い付かない!
しかし、フラれたからと言ってすぐに、別の女の子と肉体関係を持つような事は出来ない。
未練がましいと言われても構わない。
僕はまだユメの事が好きなんだ。
「キミのような、綺麗な女の子が、こんな事したら駄目じゃないか。それに僕は・・・むぎゅ!?」
「私の事を心配してくれるのね!うれしい!」
しかし、僕の言葉を遮るように、下着姿の女の子は僕に抱き着いてきた。
(うわっ!やわらかっ!ふわふわな感触が!花のような匂いがっ!!)
僕は、一瞬で頭の中がフリーズしてしまった。
女の子は、そんな僕の首に手を回しながら、
キスが出来る距離まで近寄って悪戯っぽい笑顔で言った。
「私はエッチな事が大好き、君は失恋で落ち込んで女の子とエッチしたい。ほら、利害が一致している」
「違うからっ!」
僕は、咄嗟に酷過ぎる捏造に反論した。
しかし、女の子は僕のツッコミに聞く耳を持たず
完全に抱き着いて、更に足を絡めて完全に身体を密着させた。
「ひっ!?うわっ!」
女の子に裸で抱き着かれた経験の無い僕は、
この子から伝わる感触で頭がオーバーヒートして、喘ぎながらワタワタするしか出来なかった。
そんな僕を楽しそうに見つめる女の子が満面の笑みで口を開く。
「可愛い反応ね。そんな君に一ついい事を教えてあげる」
「な、何?」
次の瞬間、女の子の瞳が怪しく輝いた。
「ケダモノが、男だけと思ったら、それは大間違いよ?」
『!!!』
ゾゾゾゾゾ!!!
次の瞬間、頭が急激に冷えて、全身に怖気が走った!
男の、いやオスの本能が警笛を鳴らす。
『逃げなきゃ!犯られるっ!』
「か、帰ります!帰らせて下さい!」
「気付くのが遅過ぎたね」
頬を赤らめて、下着姿でこれでもかと密着する絶世の美少女。
誰もが、うらやましい!と思う状況に見えるだろうが、これは違う!
小動物が、魔物の蛇に捕まっている状況だ!
「か、身体が離れっ!動けない!」
「残念。帰れなくなっちゃったね」
そして、女の子の本性が僕に牙を剥いた。
「ちょ!まっ!あっ!あああアッーーーー!!!」
僕はこの日を一生忘れないだろう。
***
日付が変わった。そう、変わってしまったのだ。
「う・・・ううう・・・しくしく」
次の日の朝、僕は、さめざめとベッドで泣き崩れていた。
対照的に、全裸の女の子が生き生きとした笑顔でベットに腰かけている。
そして、ホテルに備え付けの飲料水を飲んで一息ついていた。
「ふう~運動の後の水はおいしいわね」
完璧に、一仕事を終えたという、充実した顔をしていた。
「もう、お婿にいけない・・・」
僕は瀕死状態でうな垂れていた。
主に、心がオーバーキルだ。
僕の嘆きに、全裸の美少女が馬乗りになって反論してくる。
「私の身体をこんなにドロドロにしておいて、そんな事言うの?」
「無理矢理絞り取ったクセに・・・回復魔法で休み無しとかどういう使い方だよ」
「てへっ」
「てへっ。じゃない!頭がおかしくなると思ったよ!」
「あれ?まだ回復してなかった?今治してあげるね」
『エクスヒール(極大回復)』
『マインドクリア(精神正常化)』
僕の体力と乱れた思考が恐ろしい勢いで回復していく。
「念のため、精力も回復しておく?」
「・・・遠慮しておきます」
神聖魔法
この世界には魔法が存在する。
神聖魔法はプリーストなどの神聖な職についている人が使える魔法だ。
しかし、目の前の女の子は、信じられない事に、エッチの最中に神聖魔法を無数に使って来た。
常に回復魔法を発動させているので、体力は一定以上に落ちる事は無く、
快感で気が狂いそうになった途端に、強制的に冷静な状態に戻され、
精魂尽き果てると、再生魔法で精力を回復させてきた。
途中で何回も気を失ったけど、その度にすべての状態異常を回復させてくる。
一晩中、男の尊厳を奪う、鬼の所業が繰り返され、不眠不休で搾り取られてしまった。
おまけに「体力無さそうだから強化しておくね」と強化魔法を何種類もかけられた上で何度も。
こんな滅茶苦茶な事に、神聖魔法を乱発するこの子は何なのだろうか?
僕は魔法に詳しくないけど、
聞いた事がある魔法がいくつか聞き取れた。
中でもエクスヒールは高位の神官様が使う高位の神聖魔法で。
酷い怪我や、病気の患者が高い金貨を払って唱えてもらう、非常に貴重な魔法だ。
決してエッチの体力回復に乱発していい魔法じゃない。
この女の子、見た目は天使のような美少女だが、
中身は完全に頭のネジが飛んでいる。
絶対に関わっちゃいけない人なのは間違いない。
「少し張り切り過ぎちゃった」
「少しどころじゃないよね」
そして不眠不休で水すら飲んでいないのに
ぐっすり眠った後に、適度にご飯を食べた後のような体調の良さが延々と続いている。
一言で言って異常だった。
「ああ、うん。歯止めが効かなくてごめんね。今綺麗にするから」
『リンクマルチスペル(同時多重詠唱)』
僕達2人の周囲に光の魔法陣が無数に浮かぶ。
『エクスヒール(極大回復)』
『キュアオール(状態異常全回復)』
『リバイブ(再生)』
『クリーンオール(完全清浄)』
『マインドクリア(精神正常化)』
『スタミナチャージ(気力補充)』
『オールサプリメント(全栄養補給)』
そして、謎の魔法の羅列。
恐らく、この魔法の数々が、この異常事態を作っていると思う。
「昨日からずっと魔法を使ってるけど、疲れないの?」
「ん?全然疲れてないわよ?」
そして、徹夜で数えきれない魔法を行使しているにも関わらず、疲労した素振りが欠片も無い。
神官様でさえ、エクスヒールを使った後は、疲れて休憩される。
しかし、目の前の女の子は、昨日出会ってから変わらない状態だ。
そして、ベッドから身軽に下りて、下着を付け始めている。
本当に謎だらけだった。
それにしても、目のやり場に困る。
一晩中、散々目に焼き付けられたが、
何度見ても外見だけは、本当に信じられないくらい綺麗で可愛い。
「あれ?私の裸に見惚れてた?」
「・・・も、もう見飽きたよ」
イラっとしたので、何度目か分からない、ささやかな抵抗をする。
「んん?それにしては顔が赤いよ?」
完全にもてあそばれている。
もう嫌だこの女の子。
「そういうキミは普通の顔だよね」
「ど、どうせ平凡な顔ですよ・・・」
イケメン剣士に恋人を取られた平凡な村人Aですよっ!
この子は傷に塩を塗り込むのが好きなんだろうか?
「私はイケメン剣士君より君の方が好きだけどね」
「はいはい」
こんな、超がつく美少女が言っても嫌味にしか聞こえない。
「嘘じゃないよ?世間に揉まれたら精悍な感じに化けるって。素材は悪くないもの」
「そんな事は初めて言われたよ」
少し驚いた。
ユメにすらそんな事を言われた事は無い。
「アルの外見は普通かもしれないけど、誰よりも優しい所が大好きだよ」
少し、ユメの事を思い出して、しんみりしてしまった。
そして、女の子の話は続く。
「美形って、歳を取ったら劣化が酷いのよ?
そういう人に限って昔は私なんか・・・と誰の特にもならない事を延々と話し始めるのよね」
「もう少し言葉は選んだ方がいいと思うよ?」
鈍感な僕でも分かる。その言葉は危険過ぎる。
そして、女の子は服を着終えた。
また襲われては敵わないので、一刻も早くこの性獣から離れたい。
もう、帰っていいよね。
「か、帰っていいかな?」
「まあ、待ちたまえ」
ガシッ!
女の子らしからぬ力で腕を掴まれる。
まるで、激怒した親方に掴まった気分だ。まったく逃げられる気がしない。
「離してお願い」
この子に勝てないのは、本能で理解している。
一晩中ベッドの上から逃れられなかったのだ。今更どうこう出来るとは思っていない。
この部屋から出るにはお願いするしかなかった。
しかし、女の子の口から出た言葉はよく分からない言葉だった。
「キミの冒険は、まだ始まったばかりだよ?」
冒険?いや、確かに大冒険だったよ?
そして、今は頭の中で鎮魂歌のような、悲しいエンディングが流れている。
「いきなりバットエンドだったよね」
あの時に選択肢を間違えたのは間違いない。
男としての僕は死んだ。
キョトンとしていた女の子はいきなり泣き崩れる真似を始めた。
「あ、あんなに激しく愛し合ったのに。私の身体を弄んだのね?もうお嫁にいけないわ。よよよ」
「一方的な凌辱だったよねっ!」
人聞きの悪い事を言わないで欲しい。
ここで繰り広げられていたのは、一方的な尊厳破壊だ。
うん、この後すぐ死のう。
僕は完全に死んだ目で明後日の方向を向く。
女の子は焦った声で抱き着いてきた。
「ごめん!調子に乗り過ぎた。お願い!少し話をさせて!」
「いや、今すぐ帰らせてもらッ!?」
グイッツ!
『グキィッ!』
次の瞬間、僕は頭を掴まれて無理矢理正面を向かせられた。
今、首から変な音がしたぞ!?
しかし、女の子は笑顔で息のかかる距離まで近づいて言い放った。
「お話、しましょ?」
「・・・」
ここで反論出来る人がこの世にいるだろうか?
女の子の謎の威圧に屈した僕の身体は固まって動けなくなっていた。
あと、首が痛い。
「よろしい」
よろしくないけど、従うしかなかった。
「っと『エクスヒール!』」
そして、首の痛みが取れて角度が元に戻る。
口の中に錆び付いたような味が広がっていた。
今のって、首の骨が・・・放っておいたら死んだんじゃないの?
「まずは、自己紹介しようよ」
言われてから初めて気が付いたが、この子の名前すら知らない。
みだらな関係になる前に自己紹介して欲しかった。
「私の名はソフィーティア。あなたは?」
とてもいい響きの名前だった。外見だけならこの上なく似合っている。
「僕の名前はアル。この街で・・・いや、今は職も故郷も無いから何と言えばいいのかな・・・」
「職?それに故郷?どういう事?」
「死んだ両親の借金で村に居場所が無くなっちゃって。この町で暮らそうと思ったんだけど」
「えっ!?ご両親が!・・・悪い事聞いてごめん。でも職ってどういう事?」
「働いていた道具屋が別れた彼女の実家なんだ、もうこれからどうしたらいいか分からなくて」
「そんな事になっていたの・・・想像していたより酷い事態だったのね。ごめん、先に私の事を話してもいいかな?」
「いいよ」
僕も暗い話題を好んで話したくない。
話題を変えてもらえるなら有難かった。
「まずは私の職業ね。私はアルマン正教で聖女と呼ばれているわ」
「はい?」
僕は、ソフィーティアが何を言っているのか理解できなかった。
せい・・じょ?・・聖・・女・・聖女?
この、サキュバスのような性欲の塊が聖女?
マッチングエラー。
理解不能。うん無理。違う違う。
聖でなくて性?・・・性欲の権化で性女・・・
僕の知らない、売春婦のクラスでここは高級娼館だった。
マッチングクリア。
ようやく理解できた。なるほど納得。
「なるほど、そっちの性か」
「大変失礼な勘違いをしていないかな?」
「高級娼婦の方なら、あの信じられない、淫らな行為の数々も頷けます!」
「娼婦じゃないから!、教会のシンボルの聖女ですから!」
この子は何を言っているんだろう?
「嘘は良くないよ。こんな淫らな聖女様がいるわけないじゃないですか?」
聖女様は数えきれない信徒の中で1人しかいない尊い存在。
初対面の男を軟禁して、精を搾りつくす聖女がどの世界にいるというのだろう?
「やれやれ、これだからお子様は・・・」
「な、なんだよ」
「あなたこそ、教会というクソの溜まり場をまったく理解していないわね」
「く、クソの溜まり場!?」
流石に罰当たり過ぎないだろうか?
それにしても、この子、先程から物凄く口が悪くなる事があるな。
「ちなみに教皇の趣味は美少年との薔薇プレイ」
「一番いらない情報だね」
知りたくも無い情報だった。
聞いても気持ち悪いだけで、いったい誰が得をするのだろう?
「それなら、これなんてどう?この町で信心が厚いと評判のサマン神父は引き取った奴隷の幼女を調教中」
「嘘でしょ・・・あの優しい神父様が?」
身近な人が言われるのは、精神的にキツイ。
あの温厚な神父様が?奴隷の子って身寄りのない女の子を保護されていたけど。まさかそんな子を・・・
気分が悪くなってきた。
「神官騎士団長のヨシュアはリョナ好きよ?シスターアンナが良く包帯巻いてるじゃない」
「あの憧れの騎士様が?・・・吐きそう。もうやめて」
ヨシュア様はさわやかな騎士様で、僕のような平民にも優しく接してくれる。憧れの人だ。
あの人が女の子に性的暴力?おえっ・・・
「この街の筆頭シスターアンジェと次席のカレンは百合・・・」
「やめろーーー!!!」
もう限界だった。
教会で憧れていた関係者の偶像が木っ端みじんだ。
「ねっ?クソみたいな連中がたくさんいるでしょ?」
「金輪際、教会に行く気が失せたよ」
おかげで、僕の中の教会のイメージが180度変わってしまった。
「まあまあ、私のようにまともな信者もいるから、いきなり見捨てないでよ」
「ま と も ?」
このサキュバスのような、性欲魔神がまとも?
「何か文句あるのかな?それとも延長戦しようか?」
「何でもありません」
満面の笑みで話しているが、声が座っている。
僕もこれ以上、搾り取られたら、心が死んでしまう。
表面上でも彼女の言葉に納得するしかなかった。
***
「話を戻すけど、聖女である私がここに来たのは、あなたに信託を授けるためなの」
「信託?」
「アル。あなたが私の探し求めていた勇者よ」
「は?」
またまた、何を言っているのか分からない。
「冗談だよね?」
「聖女の信託よ?冗談な訳無いじゃない」
「どうして僕?」
「それは私も知らないわ。私は、あくまで神様の命に従っただけよ。それに」
「それに?」
「聖女の私と契りを結ぶ事が出来たのだから間違いないわ」
契りって、あれはただの凌辱劇だったような・・・
「聖女の処女は勇者以外に、奪う事はできないの」
「処・・女・・?」
ソフィーティアが処女?
いやいや、冗談でしょ?!
それでは、あの恐ろしいテクニックの数々の説明がつかない。
伝説の武具を作るドワーフの凄腕鍛冶師が、ハンマーを握った事が無いくらいの矛盾だ。
しかし、ソフィーティアは頬を赤く染めて、僕から目をそらしていた。
この可愛らしい反応は何だろうか?
まさか、本当に・・・?
「お、思い出しちゃった」
「な、何を?」
「初めては大きいおもちゃだったの」
「ときめきを返せ」
少しでも心が揺れた自分をぶん殴りたい。
「生は今回が初めてだったのっ!信じてっ!」
「聞いてないよっ!」
もうグダグダだった。
「とにかく、アルが勇者なのは間違いないわ」
「いきなり言われても実感無いんだけど?」
「確かに、まだ弱っちい村人Aだからね」
「言い方なんとかならないかなっ!」
展開が急過ぎて、理解が追い付かない。
というか、この展開の速さについて行ける人は、それこそ神様だろう。
それくらいに、カオスな状況だった。
***
僕が勇者?
もう少し早く信託を受けていれば、
僕はアランにユメを取られずに済んだんじゃないか?
「元カノをイケメン剣士から奪い返すとか無駄な事を考えてない?」
「無駄って・・・」
「もう、あの二人は結ばれちゃってるから、他人と考えた方が楽だよ?」
「そんなにすぐに割り切れないよ。恋人を陰から取られたんだよ」
「君はもう少し視野を広げるべきだね」
「どういう事?」
「そうね。私とエッチしてどうだった?」
「男の尊厳を失ったよ」
僕は死んだ眼で視線を逸らした。
「そうじゃなくて!気持ち良くなかった?!やっぱり延長戦やりましょうか!」
「これ以上は無理。心が死んじゃう」
「それで、気持ち良かった?それとも物足りなかった?」
「正直、何度発狂したか分からないくらい・・・気持ち良かったよ」
快感も、度が過ぎれば猛毒になると身を持って思い知った。
「そうでしょ。そうでしょ」
「本当に、何回死にそうになったか・・・」
ビクンビクンと痙攣しながら意識が飛んだ数を覚えていない・・・
あの惨劇を少し思い出しただけで震えてきた。
「でも、今まで味わった事の無い快感だったでしょ?」
「そ、それは認めるけど。それがどうしたの?」
「でも、アルって下手糞だよね」
「悪かったね!」
どうせ初めてでしたよ!
上げて落とすのは止めて欲しい。
しかし、ソフィーティアは真剣な顔で僕を見つめていた。
「これは大事な事よ。今回の話の核心の一つ」
「ど、どういう事」
「仮にアランが私と同じ・・・は無理ね。10分の1くらいのテクニックを持っていたら?」
この子の10分の1?自分の受けた仕打ちを1/10に薄めると・・・うん。間違いなく発狂する。まさか・・・
「まさか、ユメはアランに監禁されて、無理矢理何度も犯されて、頭がおかしくなっちゃったの!?」
「物凄く言い方に棘があるし、発想が闇にぶっ飛んじゃってるけど、アルでは満足出来なくなったんじゃないかな」
「そんな!僕がいない間に酷い・・・悔しいよ」
「それはどうかしらね」
「まさか、ソフィーティアはアランの肩を持つの?」
「そのアランって人、今まで何人の女の子を口説いて抱いて来たかは知らないけど」
「僕はそういう軽薄な男を軽蔑するよ」
「確かに欲望に忠実な人かもしれないけど、女の子に好かれる努力を欠かした事は無いんじゃない?」
「な、なんだよそれ・・・」
「どうすれば女の子が幸せを感じるか考えているって事。それにアルが去った後にユメちゃんが倒れそうになった所を介抱してあげてたよ?」
「ユメが?!」
「あれは誠実な男の顔だったな。加えて、剣聖の実力を持っている、あの若さで剣聖の域に辿り着けるなんて血の滲む努力をしている証拠よ?」
「それは、そうかもしれないけど」
「アルはユメちゃんを彼女として見ていただけで、今以上の何かをしようとした?安心していつも通りに接していたんじゃないの?」
「そ、それはっ」
胸にチクリと痛みが走る。
初対面の女の子に、ここまで言われる謂れは無いけど
心当たりがあったため、妙な説得力があった。
「彼女から抱いて欲しいってサインは出てなかった?顔を赤くして身体を擦り付けたりしなかった?それに応えてあげた?」
言われてみれば、顔を赤らめて何かして欲しそうな素振りがあった。
でも僕は、親方から仕事を覚える事に夢中で後回しにして。
その度にユメは溜息をついて不機嫌な顔をしていた。
「恋人になっても、女の子は自分が愛されているか不安なんだよ。心を満たしてあげる努力を怠ったらダメだよ」
「ユメは僕に不満を感じていた?」
「それは分からないけど、倒れるまで罪悪感を感じてるなんて、優しくてとてもいい子だと思う」
「うん。とても素敵で優しい女の子だよ」
「アルもご両親に不幸があって可哀想だったけどさ、一緒に心配してくれていたユメちゃんに手紙の一つは送るべきだったよ」
「でも、おのお金は・・・」
ユメが自分の夢の為に必死に貯めたお金だった。
「全てのお金を失ったとしても、そこは出さなきゃ駄目。
ユメちゃんは何も知らずに、アランの誘惑に耐えながら、ずっとアルの帰りを待ってたんだよ?」
「僕はユメの事を真剣に考えてあげられなかったのか」
「不幸なすれ違いだけど、アランを選んだユメちゃんは悪くないと思うな。今回はアルにも少し非はあると思うよ」
「僕は鈍感で何も知らない馬鹿だったんだな」
橋の下で考え込んだ時、僕はユメとアランを何度も恨んだ。
でも、僕にそんな権利は無かったんだ。
ははっ。本当に僕には何も無くなっちゃったな。
「そこまで酷いなんて言わないわよ。アルもご両親を亡くされて辛かっただろうから。心の余裕なんて無かったでしょ?」
「でも・・・」
「それなら、今度は好きになった相手を満足させるように努力してみなよ、そうすれば幸せになれる。世界が変わるよ」
「ソフィーティア?」
「好きな人を恨んでも辛いだけよ。自分の間違いに気付けたなら、絶対にやり直せる。もっと自分を信じてあげてもいいんじゃないかな」
「そんな事、僕に出来るだろうか」
「アルは真面目に考え過ぎよ。一度の失恋で人生を投げ出す必要なんて絶対ない。人生なんて間違いだらけなんだから」
ソフィーティアの言葉を聞いて、少し、元気が戻った気がした。
こういう時に様になる美少女は少しズルいと思う。
僕は、思わず意地悪をしたくなった。
「なんか、シスターさんみたいだね」
「いや、聖女なんですけどっ!?」
「ははっ」
僕はやっと、ほんの少しだけど、心から笑える事が出来た。
***
その後も、ソフィーティアは僕を励まし続けてくれた。
僕は少し、周りが明るくなった気がした。
「やっと、眼に光が戻ってきたね」
「うん・・・なんとか頑張ってみるよ」
完全とは言い難いけど、気持ちが少し整理出来たと思う。
今の僕に何が出来るか分からないけど、前向きに生きてみよう。
「お世話になっちゃったね。それじゃあ帰っていいかな?」
「待てい」
ガシッ!
「うわっ!」
再び、僕の腕がソフィーティアに捕えられた。
「そういうワケだから、これからよろしくね」
「どういうわけ?えっ?ソフィーティアは僕に付いて来る気なの?」
「当たり前でしょ、勇者と聖女は永遠のパートナーよ?」
「ちょっと待って。心の準備をさせて欲しい」
とんでもない美少女だけど、頭のネジが飛んだ性欲魔神と永遠のパートナー?
心の葛藤が半端ないんですけど。
「逃げても無駄よ、私の身体はアルにしっかりマーキングされちゃったからね?」
自分のお腹を愛おし気に撫でるソフィーティア
そこはちょうど赤ちゃんが出来る位置・・・
「普通に怖いんですがっ!」
ガリガリと僕の選択権が削られていく気がした。
***
「と、冗談はさておき」
「冗談だったんだ?」
「私から襲ったからね。責任を取れなんて言わないわよ。理不尽じゃない」
「それなら、最初から話をして欲しかった」
「人生を捨てちゃいたいくらい落ち込んで、そんな状態じゃ無かったでしょ?」
「それはそうだけど・・・なんか釈然としない」
「可愛い子とエッチ出来てラッキーって思えばいいじゃない」
「さ、流石にそれは不誠実過ぎると思う・・・」
「責任を取るみたいな話なら、避妊魔法をかけてるから妊娠してないわよ?」
「ぶっちゃけ過ぎじゃない!?」
いや、気にはなりましたよ?
やる事やったら、出来ちゃうでしょ。
それも、一晩中あんな濃厚に・・・
「少し脱線したわね。話を戻すと、教会の昔からの取り決めで、聖女は勇者を育てる義務があるの」
「そ、そうなんだ・・・」
教会の取り決めならば、仕方ないの?
でも、やり方に問題があり過ぎるような。
「何よ、こんな美少女が一緒について行くって言ってるのよ?嫌なの?」
「僕たち、まだ出会って1日しか経ってないよね?」
しかも、出会ってすぐにベッドで性的に襲われるという、一歩間違えなくても性犯罪だ。
理解も何もないと思う。
「私はアルの事は好きよ?勇者とか抜きに付き合ってみる?」
「い、いきなり何!?」
突然の告白にドキリとした。
「私は言いたい事は言う性格なの。それに私なら浮気の心配はしなくていいから安心よ?」
「僕は今はちょっと・・・」
「そうね、すぐに割り切れるような性格じゃないよね。無理しなくていいよ」
「ごめん・・・僕はまだユメの事が好きなんだ」
女々しいと思われても、これが僕の本音だ。
「分かってる。私は気長にやるから、好きになったら声をかけてくれれば、それでいいわよ」
「それは流石に申し訳ないし、男として駄目だと思う」
「私の事、大事に思ってくれるんだ。そういうアルの優しい所、好きになっちゃいそう」
「い、いきなり変な事言わないでよ!」
こんな、可愛い女の子から、好きと言われると誰だって動揺する。
僕は内心を誤魔化すように話を変えた。
「そ、それで、浮気の心配がいらない根拠は何なのさ?」
「簡単な事よ。エッチで私に勝てる相手はいないわ」
「塵に等しい信頼感!」
先程はドキリとさせられたが、まさにソフィーティアだった。
まったくブレない。
「甘く見ない事ね。私を快楽漬けで、いいなりにしたければ・・・」
「したければ?」
「・・・そうね、人間では無理ね」
「人間で満足できない身体?!」
そして、恍惚とした表情でソフィーティアが語りだす。
いったいどんなピンク色の光景が妄想の中で生まれているのか・・・
「淫魔の巣に全裸で放り込んで、四六時中休まずに嬲るくらいしないとダメね」
「普通の人は一瞬で発狂する地獄だよねっ!」
恐らく歴史に名前を残す英雄でも、クリア出来る人はいないんじゃないかな?
ソフィーティアの妄想は僕の予想を突き抜けて、ピンク色どころか真っ黒だった。
そして、妄想の世界で魑魅魍魎の攻めに身もだえる自称聖女。
「・・・無数のアレが奥を抉って縦横無尽に・・・うん、とてもイイ・・・これなら何度でもイケそう」
恍惚とした表情に、口元によだれが少し垂れている。
「こ、この女は世間に出しちゃ駄目だ!」
僕の至極真っ当な感想に現実に戻るソフィーティア。
「そ、それくらい耐性があるという喩えよ!聖女がそんな事するわけないでしょっ?」
「よだれを垂らして言われても説得力が・・・」
「妄想するくらいいいじゃない!」
「酷い開き直り!」
「シスターは禁欲生活が長いの!反動で少しくらい性欲が強くてもおかしくないでしょ!」
「いや、おかしいよね?それに少しじゃないよね?」
淫魔の群れに嬲られたがる聖女って、どれだけカオスなの?
「よく考えなさい!薔薇好きの教皇に幼女好きの大神官、ホモと百合だらけの騎士とシスターよ!こんな所に10年以上住んでマトモでいられる?」
「ソフィーティアってよく生きてるよね」
僕なら死ぬ。主に心が耐えられない。
そんな魔境で聖女をやっているソフィーテイアが正直恐ろしい。
「百合の園をテクニックで支配し、救いようの無いクズ神官を処分して、教会を大掃除した私の苦労も少しは考えて欲しいわ」
「は?」
「な、何よ?」
「今、聞いてはいけない言葉を聞いた気がする」
「世直しに多少の犠牲は付きものよ」
つまり、ソフィーティアはエッチの技と力技で教会を支配してまとめ上げたのか・・・
アルマン正教って大丈夫なの?
そして、目の前の女の子は、その宗派を一人で蹂躙した。危険というレベルじゃない。
「えっと、教皇様は趣味はアレだけど、人格者だから安心して」
「うん。少しは救いが欲しいよね」
もはや、教会のフォローは不可能だと思う。
「そうね、教会の事はこの際どうでもいいわ」
ソフィーティアも自分で話を振ったが手遅れな事を悟って、ぶん投げてしまった。
「それよりも、今のアルには衣食住が必要じゃない?」
お金も残りわずかだし、ここは・・・
「冒険者にでもなろうかな」
「今のアルには、おすすめ出来ないわよ」
「どうして?」
「冒険者ギルドに入るなら、鑑定は避けられないわ。そこで勇者である事が判明すれば、女の子が山のように押しかけてくる」
「あ」
そうだった。僕は勇者認定されたんだった。
「アルは勇者様と言われて、女の子にチヤホヤされたい?今なら可愛い女の子を選び放題よ?」
「今はちょっと無理。正直勘弁して欲しい」
男なら誰もが夢見る状況かもしれないけど、
ユメの事を割り切れていない所に、ソフィーティアと無理矢理ではあるけど肉体関係を持ってしまって
しかも、僕が勇者でソフィーティアが付いてくるという状況。
正直、頭の中が混乱して滅茶苦茶だった。
「うん。流石に頭の整理が出来ないよね。でも勇者という肩書はそういう物だと覚えておいて」
「落ち着いたら考えてみるよ」
「下手に公表して、国や教会が勇者の所有権を巡って、権力争いに時間を取られるのも避けたいわね」
「それは、嫌だね」
「というわけで、この部屋を拠点にレベリングしましょう」
「はい?」
***
この、高級ホテルの一室が拠点?
しかもここからレベリング?
相変わらず突拍子もない事を、いきなり始める聖女様だった。
「僕はホテル代なんて持っていないんだけど」
「私も払ってないわよ?」
「ええっ!?」
「ホテル代は教会持ちだから気にしなくていいわ」
「僕の代金は?」
「受付には好みの男の子を捕まえたから、少しの間同室でいいわよね?って言ってOKさせたから大丈夫よ」
「聖女がそれでいいの?」
主にモラル的な面でアウトじゃないか?
「教会で私に口出しするヤツなんていないわよ」
「あー」
そういえば、教会は目の前の聖女様に支配されていたっけ。
「それに、勇者の少年を見つけましたなんて教会に報告したら、教皇に性的に拉致されるわよ?」
「それだけは勘弁してください」
ホモの教皇に拉致されるとか、考えただけでも吐き気がする。
「とにかく修行が必要ね。私は強いけど、アルはまだ村人Aだから」
「ちょっと言葉を濁してくれると嬉しいんだけど」
「濁しても意味ないでしょ?言われたくないなら強くならないとね、さっさと鍛えるわよ」
「そんな簡単に言われても」
「簡単よ?ついてきて」
物凄く嫌な予感がする。
***
僕たちは部屋の隅に移動した。
「どうするの?ソフィーティア」
「これからは、私の事はティアでいいわ」
「どうしたの急に」
「長いし、言い辛いでしょ?それに聖女ソフィーティアの名前は良くも悪くも有名だからね」
「そ、そうなんだ」
分かる。特に性的にアウトなのだろう。
でも、今の台詞は遠い昔に聞いた事があるような気がする。
「それに、街中で聖女様なんて呼ばれるのは避けたいからね」
「聖女ってそういう役目じゃないの」
「公務なら進んでやらないと駄目だけど、今は勇者捜索の密命中。目立つ必要は無いでしょ」
「その外見だと、絶対に目立つと思うけどね」
外見だけはいいからね。
「ふふっ、惚れた?」
「今はそういう気分になれないよ」
「まあいいわ。アルはまだ私を恋人候補として見れないでしょ?」
「本音を言うとそうだね」
確かに可愛いけど、出会いのインパクトが強過ぎた。
それに、ユメへの未練もある。
「私は最終的にアルが隣にいてくれればいいから、今のアルが誰と恋愛しても自由よ」
「ティアはそれでいいの?」
「無理矢理エッチして縛り付けたりしないわよ。アルが私を好きになるどころか嫌いになるじゃない」
「それはそうかもしれないけど・・・関係を持った以上、罪悪感があるよ」
「ふふっ。そういう純真で誠実なところは好きよ」
「ふ、不意打ちは卑怯だと思う」
「好きにさせるってそういう事の積み重ねなの。言わないと伝わらない相手にははっきり言う事も必要よ?アルは奥手だからね」
「うっ・・・」
ティアの言葉には、不思議な説得力があった。
確かに、僕にはユメに対して、そういう積み重ねが欠けていたかもしれない。
ティアの言葉は僕の胸に残り続けた。
***
『ゲート』
ソフィーティア、改めティアが魔法を唱えると
黒い空間が現れて、その向こうにまったく違った景色が見える
「これってまさか、転移魔法?」
「そうよ。結構珍しい魔法だけど、よく知ってるわね」
転移魔法は伝承でしか伝わっていない、幻のスキルだ。
昔、読んだ本に書いてあったけど、
あれは御伽噺だと思っていた。
「さてどこにしよう・・・ゾア大森林でいいか。行くわよ」
「うわっ!」
そして、一面が木に包まれた森のど真ん中に転移した。
見渡す限り、すべてが木に包まれていて、妙に蒸し暑い。
明らかに先程の部屋とは異なる場所だった。
「はい、これがアルの武器ね」
転移に唖然としている僕にティアが1本の剣を僕に渡す。
外見は特に珍しい所は無いが、綺麗な一振りの剣だった。
試しに握って素振りをしてみると、とても手に馴染む感じがした。
何しろ、僕はただの村人Aだ。
剣なんてまともに握った事もない。
感想が貧弱な所は大目に見て欲しい。
「神官剣士が使う、頑丈で折れにくい剣よ、大事に使ってね」
「ありがとう。それでどうするの」
「そろそろ出てくると思うけど・・・」
「ブモ?」
「目標発見♪」
「ひいっ!」
2m以上ある身長に筋肉質の緑色の身体。
オークと呼ばれる、冒険者の間でも恐れられる魔物だ。
そして、一般人は決して近寄ってはいけない相手でもある。
「初めての相手にちょうどいいわね」
「いや!死ぬよねっ!?」
一人前の冒険者パーティーが苦戦する相手に
LV1の村人が1人で特攻するなんて
無茶振りにも程がある。
「とにかく、剣を持って突っ込んだら勝てるって」
「そんな無茶苦茶な!」
死んだらレベリングどころじゃない。
こんな事に何の意味が・・・
「死んでも蘇生させてあげるから心配しないで」
「命が安い!」
死んでも戦えと?
「腕が変な方向に曲がったり、内臓が潰れても、すぐに回復させるから安心してね。
それに、痛みで発狂してもすぐに元通りに出来るから。回復は任せて」
「・・・」
もう、言葉が無い。
絶望って仲間の言葉でする物じゃないと思うんだ。
***
僕は全身が震えていた。
LV1村人Aがオークと1対1なんて予想外もいいところだ。
これを切り抜けられる人がいるならば、今すぐ僕に方法を教えて欲しい。
固まって動けない僕に対して、ティアが発破をかけてきた。
「オスのオークに捕まったら、お尻を滅茶苦茶に犯されるから気を付けてね」
「嫌過ぎる情報をありがとう!」
震えを通り越して泣きたくなってきた。
「でも、ティアだって、オークに襲われたら大変な目に遭うでしょ?」
オークの被害は男より女の子の方が悲惨なのは一般常識だ。
オークに捕まって犯されでもしたら、普通の女の子は心が壊れてしまう。
しかし、ティアの返答は僕の想像の斜め上を行っていた。
「ナニが大きいだけの豚のテクニックで私が満足するとでも?」
「そっちなのっ!?」
そうですね!心配して損したよ!
「ああ戦闘ね。私は実戦も強いから安心して」
「そういえば聖女だったね」
「言葉に毒を入れるのやめない?」
いきなり、こんなクレイジーな修行に放り込まれたのだ
少しくらい反撃させて欲しい。
しかし、僕の身体は動かず震えたまま。
オークも戦意の欠片も無い僕には興味はあまり示さず、
代わりに見た目が美少女のティアの方に意識を集中していた。
「流石にアルにはまだ早かったかな。オークも私を襲う気みたいね。仕方ない、私がオーク戦の見本を見せてあげる」
仕方ないなあと言った表情で、ティアがオークに向かって散歩をするように歩いていく。
驚くことに装備品は一切付けておらず、私服姿のままだった。
「丸腰?!」
僕の驚きの声に、ティアは手のひらを軽く振って答えた。
「教会では装備を付けてない時に襲われるなんて、日常茶飯事だったからね」
「嫌な情報だね!」
オークは丸腰で近づいてくるティアを見て歓喜の表情を浮かべる。
人間の女の子。しかも飛び切り可愛いメスの人間を襲える事に興奮していた。
「ブモオオオオオ!!!」
オークはティアに向かって、猛スピードで突進した。
抱き着いて地面に押し倒そうとする動きだ。
しかし、ティアは身を捻って、オークの突撃を難無く躱し、
驚く事にオークの急所に躊躇なく手を突っ込み、急所を鷲掴みにして捻り上げる。
「ブヒイイイン!!」
直立の姿勢でのけぞるオーク。
更に、ティアは急所に指を這わせ、触手の様な目にも止まらない動きで刺激を与える。
僕もあの指の動きには嫌という程覚えがあった。
「#%&+?!!!」
ズドォォーーーン!
オークは白目を剥いて、急所の先端から体液をまき散らしながら痙攣して崩れ落ちた。
「うわあ・・・」
「こんなところかな。人型で裸なのが弱点ね。私から見れば無防備の獲物よ」
泡を吹いて気絶しているオークを見下ろしながら
指をカキコキと鳴らすティアに僕は戦慄した。
とてもじゃないが、一般人は絶対に見てはいけない。
「こんなわけで、オークの集団に襲われても近付けばどうとでもなるわ」
「普通はならないよ!」
女性冒険者はオークに組み伏せられる事だけは絶対に避ける。
貞操の危機を感じたら、怖がって普段通りの力を出せないから。
ましてやオークの集団なんて間違っても近寄らない。
しかし、目の前に特級の例外がいる。
ティアは組み付いたが最後、オークはオスの尊厳を破壊されてそのまま地にひれ伏す。
オークキラー過ぎて怖いレベルだ。
「でも、相手が武器を持っていたらどうするの?素手だと危なくない?」
「大抵は素手と蹴りでなんとかなるけど、相手が強くて数が多い時は武器を使うわよ。私の武器はこの杖ね」
ティアが手をかざすと、王様が持っている様な豪華な杖が、何もない空間から現れた。
そして、ティアが握った途端、凄まじい光が杖から放たれる。
僕には、まるで杖が主に触れてもらえた事を喜んでいるように見えた。
「聖杖エリシオン、私だけが装備出来る専用武器よ。威力は目に見える範囲をまとめて薙ぎ払えるわ」
「環境破壊は止めよう」
物騒すぎる杖だった。
この森に罪はない。自然は大切にしよう。
ティアに中距離・・・いや武器で戦わせては駄目だ。
「遠くから魔法を撃たれたらどうするの?」
「私は聖女よ?魔法で相手をする馬鹿はいないと思うけど」
確かに、聖女は魔法職の最上位の一つと一般的に言われている。
魔法は得意中の得意という事みたいだ。
でも魔法は連続して撃つには限界があると聞いた事がある。
「大勢で連発して来たら魔力が切れたりしないの?例えば20人くらいとか」
「神官クラスが20人程度なら余裕ね。100人でも一方的に蹂躙する自信があるわよ」
神官100人を蹂躙?!
さすがに規格外ではないだろうか・・・
しかし、近距離:尊厳破壊、中距離:環境破壊、遠距離:一方的な蹂躙、と隙がまったく無い。
というかどの距離でも相手に地獄が待っている。
「苦手な距離が無い?」
「弱点をそのままにする方が問題じゃない?」
「そこは仲間でカバーする物じゃないの?」
「冒険者はそれでいいけど、私達はあらゆる状況で戦えなければ駄目ね」
「そうなの?」
「聖女や勇者は単独行動が必要な場面が多いからね。あらゆる危機を自力で打破する力が必要よ」
「僕の勇者のイメージと少し違うね」
「その辺りも追々教えていくわ。最終的には私を超えて欲しいわね」
「え・・・?」
何?その無茶振り・・・
しかし、ティアに弱点はないのだろうか?
僕は興味本位で意地悪な質問をすることにした。
よくある状況で、しかも一番困る状態を。
「それじゃあ、他の質問をしてもいい?」
「どうぞ」
「例えば、仲間が人質にとられた場合は?」
次の瞬間、ティアの気配が冷たく感じた。
心かしら周囲の温度が少し下がったような気がする。
「見捨てる。後で蘇生をかければいいからね」
即答!?しかも恐ろしく冷徹な答えが返ってきた。
「流石に薄情じゃないかな?」
「それで身動きを封じられて私が殺されたら人質も死ぬわよ。そして残された人に待つのは悲惨な末路。ここは迷う所じゃないわ」
言っている事は正しいけど、他の方法を探さないのかな?
「そ、それじゃあ、年頃の女の子が別の場所で監禁されていると脅されたら?」
「監禁された時点でアウト。女の子は犯されて、最悪死んでいる前提で動く。
犯人は皆殺しにして、救助した子は身体を綺麗にした後にマインドクリアを強めにかけて揉み消す」
ティアに勝てる気がしない・・・
特に、人質に対する対応に迷いが一切なく、そして容赦なさ過ぎて怖い。
「人質というのはね、他人の命を盾にする、人がやってはいけない事の一つよ。
そんな外道には一瞬たりとも隙を見せたら駄目。これだけは絶対に覚えておいて」
「うん、分かった」
「まあ、任せておきなさい。アルを一人前の勇者に調教してあげるから」
「調教?」
「大丈夫!やさしくしてあげるからね」
調教は取り消さないんだね。
もっとも、こんなクレイジーな修行は調教以外の何物でもないのですが・・・
***
「とりあえず、このオークにトドメを刺そう」
先程、ティアの魔技で気絶したオークが、地面に横たわっていた。
同じオスとして、悲し過ぎる最期に激しく同情してしまう。
せめて、これ以上の醜態を仲間に晒す前に、トドメをさしてあげるべきだろう
僕は、オークの首に剣を突き刺した。
ドシュッ!
初めて味わう生命を絶つ感触。
あまり好きになれない感じだ。
(せめて、オスとして安らかに眠ってください)
(アリガトウ)
なぜか、死んだオークの心の声が聞こえた気がした。
そして、僕のレベルが上がった。
レベルアップなんて生まれてなのだが、明らかに身体能力が上がったのを感じた。
「ステータスと念じてみて」
「うん、ステータス」
次の瞬間、僕の頭の中に能力値が表示された。
LV1→13
名前:アル
職業:村人→勇者
HP:5→517
MP:0→218
スキル:
剣術 LV2(NEW)
体術 LV2(NEW)
雷魔法(勇)LV1(NEW)
初級魔法 LV2(NEW)
神聖魔法 LV1(NEW)
鑑定 LV1(NEW)
ユニークスキル:
ユニーク取得(NEW) ※クラスチェンジボーナス
経験値増加(NEW)
レベル上限突破(NEW)
隠蔽(NEW)
ボーナススキル:
獣人の心(NEW)
なんかすごい事になってる
「元々が村人LV1だったから経験値が大量に入ったみたいね・・・って、えっ!?」
「ど、どうしたの?」
「ユニーク取得?!」
「ユニークスキルを取得したから追加されたのかな?聞いた事ないスキルだね」
「そんな訳無いじゃない。ユニークスキルは生まれた時か、もしくは信託で得られる物。
1つあるだけで歴史に名を残せる代物よ?」
「そうなんだ、何か5つくらいあるけど・・・」
「それがユニーク取得の恐ろしいところね」
「そうなの?」
「このスキルは、後天的に新たなユニークスキルを、次々に取得するという神様の隙を突いたような反則スキルよ。
私が知っているユニークスキルの中でも最強にして凶悪。他のスキルと次元が違うわ」
「な、なんか怖いね」
「でも、初めて仲間ができたわ」
「仲間?」
「私も持ってるのよ。これ」
どおりで、ユニークスキルに詳しいはずだ。
「ユニークスキルは強力で他人に知られたくない物が多いから、普通は他の人も隠蔽してるわよ」
「ティアも?」
「もちろん。もっとも私を鑑定で見る人はいないけどね」
分かる。ティアに鑑定なんて、考えただけでも恐ろしい。
「ユニーク取得は当然として、他のユニークスキルも隠蔽した方がいいわね。
複数を同時に持っている人なんて、まずいないし、ユニークスキルは効果が相乗するからね、悪目立ちする事間違いなしよ」
「あと、ボーナススキルの獣人の心・・・?、これは私も初めて見るわね。
どうやら、さっきのオーク絡みのギフトみたいだけど、止めを刺すときに心で何か呼びかけた?」
「オスとして安らかに眠れって。男としてあの最期は可哀想だからね」
「アルらしいわね。でも魔物が人間に気を許すなんて事あるのかしら?
効果は獣人に対して好感度が上がる、倒した時に経験値が上がる。種族限定だけどこれまた優秀ね」
僕は、オークの亡骸をしっかり供養する事にした。
***
それから、数日の間、僕はオークを倒し続けた。
今は戦闘を終えて宿に戻ってきている。
「ステータス」
LV25
名前:アル
職業:勇者
HP:2120
MP:1270
スキル:
剣術 LV4
体術 LV3
雷魔法(勇)LV3
初級魔法 LV5
神聖魔法 LV2
鑑定 LV3
ユニークスキル:
ユニーク取得
経験値増加
レベル上限突破
スキル隠蔽
魔法威力上昇(NEW)
スキル経験値増加(NEW)
ボーナススキル:
獣人の心
数日で、ステータスの数値が跳ね上がっていた。
それぞれの数値がそれほど効果ないのかな?
いままで戦闘と無縁の生活をしてきたので実感がない。
上級の冒険者はHPが100万くらいあるんじゃないかと錯覚してしまう。
「うん、数日にしてはかなり強くなったね」
「なんか、実感が沸かない・・・」
「そうね、明日は冒険者に紛れてみましょうか」
「えっ?冒険者になると色々マズいんじゃ」
「フリーランス、つまり傭兵として参加するのよ、それならギルドに属さないから鑑定も避けられるわ」
「怪しまれない?」
「冒険者登録は結構高いからね。お金が無くて払えないと言えばすんなり通るわ」
「お金が無いのは事実だけどね」
「卑屈にならないの。今回はそれを利用しましょう。神官剣士で傭兵として参加するの」
「それで、ティアはどうするの?」
「私は行かないわよ」
「え?」
「これでも有名人だからね。私がついて行ったら、アルが勇者と言っているような物じゃない」
「それもそうか」
「まあ、腕試し感覚でいってらっしゃいな。自分の力を確認するのも大切だし、私以外の人と交流を持つのもいい経験になるわよ」
「わかった・・・ところで」
「どうしたの?」
「どうして同じベッドに乗ってるの?」
「夜の修行に決まってるじゃない」
「え”?」
***
「勇者にとって大事な物は何だと思う?」
「勇気かな?」
「0点」
「厳しい!」
「反射的に答えないで、もっと考えて答えて」
「やっぱり力かな。あと正義の心かな?」
「25点ね」
「なかなか難しいね」
「勇者に必要な物は、冷静な判断力と、揺るがない意思の強さよ」
「意思の強さ?」
「そう、剣や魔法だけ強くてもダメ。色仕掛けで篭絡されたり、権力者に騙されて利用されるようなら勇者失格」
「確かに・・・」
「何が正しいかをしっかり見極めて、それを保ち続ける意思の強さが必要不可欠なの」
「うん。すごく納得した」
「でしょ」
「それで、ベッドに潜り込んできた事とどう関係が?」
「アルは女の子に耐性無いでしょ?」
「ま、まあ、それはその」
「今のままじゃ色仕掛けであっさり落ちるからね。というわけで、今日から毎晩みっちり耐性を付けてあげる」
「え”?」
昼間の戦闘がウォーミングアップに思えるような、地獄のメニューが夜に追加された。
「し、死ぬ・・・死んじゃう・・・」
「ヒール覚えたでしょ?ほらほらHP一桁だよ?早く使わないと死んじゃうぞ?」
「ヒ、ヒール!・・・はぁはぁ・・・」
「さて、試合再開~」
「アッーーー!!」
***
「・・・も、もう限・・・界・・・」
「喋れるなんて、余裕あるじゃない。ほら戯言言ってないで回復回復♪」
「・・・」
「あら?返事がない、おーい」
「・・・」
「うん、今日はこれくらいにしておきますか。『マルチスペル』『エクスヒール』『マインドクリア』『リバイブ』『スタミナオール』」
「かはっ!はっはーーーーーー」
「おかえり」
「も、もう許して」
「私もそろそろ眠いから、今日はおしまい」
「こ、こんな事続けたら死んじゃうよ」
「ステータス見てみて」
***
「ステータス」
LV28
名前:アル
職業:勇者
HP:3120
MP:2270
スキル:
性技 LV2(NEW)
サバイブ LV1(NEW)
明鏡止水 LV0(未到達:0.3 NOW)
ユニークスキル:
基本ステータス増加(NEW)
即死回避(NEW)
明鏡止水(NEW)
ボーナススキル:
獣人の心
「LVが昼より上がっている?それに即死回避?明鏡止水?」
「即死回避は、どんな攻撃でも絶対に即死しないスキル。これを会得するには何度も死にかける必要があるわ」
「身に覚えがあり過ぎる」
何度死にかけた事か・・・
「明鏡止水は、揺るがない強い精神を得るのに適したスキルよ。夜はこれを鍛えていきましょう」
「でも、こんなやり方」
「滝行とか火に突っ込むなんて方法もあるけど、これが一番手っ取り早いわ。他のLVも上がるし」
「でも、ティアだって、女の子でしょ。純潔や尊厳とか色々踏みにじっている気がする」
「言ったでしょ?聖女は勇者を育てる義務があるって。そのためなら何でもするって」
「義務・・・」
「あ、言い方悪かったね。ごめん。眠くて頭回ってなかった」
「そっか、仕方なく・・・なんだ」
「もう、そうやって卑屈にならないの。私が誰にでも身体を許す訳ないでしょ」
「でも」
「今のは私が悪かったわ、よく聞いて」
「私はアルの事が好き。愛しているわ。許されるならアルのぬくもりをずっと感じていたい。
でもアルが戦いで命を落とさないように、1日でも早く強くなって欲しいの」
「どうしてティアは僕の事を・・・その・・・好きなの?」
「そうね、もう隠す意味も無いわね」
「昔、私はイアソン村に行った事があるの、私達1度会っているのよ?」
「えっ?」
「覚えてないかな?10歳くらいの時、教会から無表情で人形みたいな女の子が来てたでしょ?」
「えっ!?あの子がティア?」
「そう。私はアルに心を救われたの。アルは私にとって恩人で初恋の男の子なのよ」
***
10歳の時に、無表情で無愛想な人形の様な女の子が来た事があった。
確かに、銀髪で面影がティアに似ているけど、中身が別人だ。
あの時は、森で迷子になっていたっけ。
「周りの人は私の事を腫れ物のように見ていたけど、アルだけは普通の女の子として見てくれた」
「そうだったかな?」
「あの頃の私は、他人なんかどうでもいい。神様なんか大嫌いと思ってたんだ」
「聖女様がそんな事を考えていいの?」
「力だけはあったからね。どんな事を言っても破門されなかったわ。
化け物のお前は口を閉ざして、我々の言う通りにしていればいいんだって」
「10歳の女の子に・・・酷い話だね」
「そんな中、道に迷った私に対して、アルは親切に手を繋いで道案内してくれた」
「そういえば、そんな事があったな、点数稼ぎ?とか難しい事を言ってた気がする」
「そ、それは忘れてちょうだい。あの時は他人を信じる事が出来なかったの。そしてアルは私にこう言ってくれたのよ」
『ソフィーティア。可愛い名前だね。笑ったらもっと似合うと思うよ』
***
6年前
「ソフィーティア。可愛い名前だね。笑ったらもっと似合うと思うよ」
「笑えるわけ無いでしょ。勝手な事を言わないで。何も知らない子供のくせに」
「どうして笑えないの?」
「この世界に、楽しい事なんてないからよ」
「それじゃ、村で僕といる時だけ笑ってよ」
「やるわけないでしょ。あなた馬鹿なの?」
「あはは。よく言われるかな?でも悪い人より馬鹿な人の方が楽しいよね?」
「あなた、呆れる程の馬鹿ね、それにいつまで手を握っているつもり?」
「迷子なんだから、手を繋ぐのは当然でしょ。道案内はまかせてよ」
「私、こう見えてすごく強いのよ?怪我をしないうちに手を放しなさい」
「困っている女の子の手を放すなんて出来ないよ。ほらこっち」
「手を放しなさいと言っているの!聞こえないの?」
「村に着いたら放すよ・・・!あ、あれは!」
「ハウンド・・・野良犬の魔物ね。たまにいるのよね」
「に、逃げないと!」
「私がやるわ」
「えっ?」
『セイクリッド・ピアース』
次の瞬間、ソフィーティアの周囲に20本の光の槍が漂い、次の瞬間、ハウンドドックに一斉に突き刺さる
ドッ!ドドドドド・・・・!!!
『ギャウゥゥン!』
ハウンドは20本の槍で四方八方を串刺しにされ肉片と化した。
日頃の八つ当たりもあって、少しやり過ぎたかもしれない。
これで、この男の子も私を化け物として見るだろうな。
所詮、私はただの化け物なんだから・・・
「す、すごい。綺麗」
(あ、あれ?)
「すごいよ!ソフィーティア!今の魔法だよね!」
「え、ええ、魔法だけど」
「10歳であんな魔法が使えるなんてすごいよ」
「あなた、私が怖くないの?」
「どうして?可愛い上に強いなんて、すごく格好いいよ」
「魔物をあっさり殺したのよ?私の事が怖くないの?」
「うん、僕一人じゃ危なかった。助かったよ。ありがとう!」
「そうじゃなくて、この力が怖くないの?」
「光の槍がばびゅーんって飛んで、すごく綺麗だった」
「・・・変なヤツ」
「あはは・・・よく言われるかも」
「本当に変なヤツ」
「2回言わないでよ!」
「くすっ。本当に変な子。ばびゅーんって何なのよ?」
「あ、笑った」
「えっ?」
笑った?
壊れた化け物の私が?
この世界に何の希望も持っていない化け物の私が?
「ほら、やっぱり笑った方が可愛い」
「・・・」
この時、私はガラにもなく真っ赤になって俯いていた。
灰色の世界が色を取り戻したように、
私の感情が動き出したのを感じていた。
「ごめんソフィーティア。調子にのっちゃった。困らせる気は無かったんだ」
「・・・ティア」
「えっ?」
「2人の時はティアでいい。ソフィーティアは長いし、言い辛いでしょ」
私は嘘を言った。ティアという愛称で呼んでくれたのは、修道院時代からの親友リーゼと親代わりのマザーだけだった。
それほど、私にとっては特別な愛称。
でも、この子にはそう呼んでほしかった。
「うん。分かった行こうティア」
「名前・・・」
「ん?どうしたの?」
「あなたの名前!」
「あ、ごめん。僕の名前はアルだよ。よろしくねティア」
「よ、よろしくね・・・アル」
その後、私はめずらしく我儘を言って、この村に3日間滞在した。
でも、その3日で私は感情を取り戻したんだ。
そして、始めて異性を意識した。私の初恋だった。
まさか、6年後の信託で、アルの名前を聞くとは思いもよらなかった。
私は驚きと嬉しさで心臓が飛び出るかと思った。
***
過去の話をした後、私は急に恥ずかしくなってきた。
今にして思えば、笑える程にちょろい。
でも、あの一時があったから、今の私はこうして感情豊かな女の子になれたんだ。
卑屈な考えを改めて、前向きに生きてこられたのは、目の前の男の子のおかげ。
「こ、この話はおしまい!もう寝るからね!逃げないでよ!起きていなかったら本当に泣くからね!」
「う、うん。なんかごめん・・・」
最後は年相応の顔で感情的になってしまった。
だって仕方ないじゃない。
私にとってかけがえの無い、奇跡のような思い出なんだから。
でも、10歳の初恋を引きずってる女って、正直なところ、重くて面倒くさいよね。
それに、出会った時に感情に任せて襲ったり・・・女として最低だ。
冷静に考えたら、罪悪感と羞恥心で死にたくなってきた。
明日はアルと別行動なので、教会で1日懺悔しようと心に決めた。
***
そして、次の日を迎えた。
僕は冒険者ギルドに一人で入った。
「ん?見ない顔だな。その剣・・・神官剣士か?」
「はい。食費を稼ぐための、1日だけのクエストを探しています」
「ランクなしの傭兵か、それならあっちのボードを見てきな」
「ありがとうございます」
受付の人が勝手に勘違いしてくれたので流れに乗ってみよう。
ティアから、魔法剣士か神官剣士を名乗るように言われてもいたので丁度いい。
「ふむふむ」
(へえ~こんな感じになっているのか)
僕は初めて入るギルドに少し浮かれていた。
今回は腕試しが目的だ。収集、護衛などのクエストもあるが、そちらは考えない様にしよう。
自分の力量を測りにきて、護衛は論外だ。
『ランクA 討伐依頼 グリフォン ロックアート高原 移動時間2日』
(無理。次)
『ランクC 討伐依頼 オーク ネルフトの森 移動時間3時間』
(却下。昨日戦ったけど1人だとまだキツイ、あと若干トラウマ)
『ランクD 討伐依頼 コボルド ベネス平原 移動時間2時間』
(この辺りが無難かな?)
『ベリッ』
「こいつは俺がいただくぜ」
「あらら」
コボルド討伐依頼は厳ついおじさんに取られてしまった。
そして次々に無くなるクエスト。
どうやら、早い物勝ちらしい。
勝手が分からない僕はその様子を眺めるしかなかった。
そして、残った討伐依頼は
『ランクA 討伐依頼 グリフォン』
『ランクB 討伐依頼 オーガ』
『ランクB 討伐依頼 ロックゴーレム』
『ランクC 討伐依頼 オーク』
なんてこった。
難易度が高いクエストとオークしか残っていない。
どうやら、冒険者でもオーク討伐は人気が無いようだった。
「ほう、あんた、随分余裕だねえ。傭兵なんだろ?」
「えっと?あなたは?」
「俺はライアス。戦士だ。同じく傭兵ってところだな」
「これはどうも。初めまして、神官剣士のアルです。1日だけのクエストを探してます」
「神官剣士か、こんなところで傭兵なんて珍しいな。教会で仕事なんて山ほどあるだろう?」
「そこは、色々ありまして、一応、回復も出来ますので。お荷物にはならないと思いますよ」
「まあ、傭兵だ。訳ありだろう。しかし、回復が使える前衛ってだけでも、どんなパーティーでも欲しくなるだろうぜ」
「そうなんですか?こういう場所は慣れてなくて」
「あんた、本当に変わっているな」
「ったく!、寝坊なんてするなよ!げえっ!不味いクエストしか残ってないじゃねーか」
「うわあ・・・今日は止めようか?」
「オークは無理。生理的に受け付けない」
「なら、寝坊すんじゃねーよ!」
男2人、女1人の3人パーティーと思しき人達が入ってきた。
見たところ、剣士、弓兵、魔法使いといったところか。
銅のプレートから、Cランクみたいだ。
「グリフォンは餌になりに行くようなもんだろ。オーガ、ゴーレムも3人じゃ到底無理。ならオークしかねーじゃねーか」
「オークだけは嫌、酷い目に遭いたくない」
「リンの気持ちは分からんでもねーけどよ。俺もケツ掘られたくねーからな」
「グレスのお尻はどうでもいい。たぶんリゼルのお尻が一番危険」
「えっ!?僕だって嫌だよ!」
どうやら、オークしか残っていなくて揉めている最中というところだ。
僕も昨日嫌という程味わったので、その気持ちは良くわかる。
となると、オーガかゴーレム討伐を、僕とライアスさんと共に受けるのは、意外といい案かもしれない。
「ライアスさんは何か目当てのクエストはありますか?」
「ん?オークはあまり稼げないからな、オーガ辺りが一番やりやすそうだが、ソロは余裕が無いな」
「なるほど」
つまり、オークはソロで余裕。
オーガもパーティー戦なら行けるといったところか。
辛うじてオークを倒せる僕より実力は上のようだ。
「僕はオークなら1人で倒せますが、オーガは戦った事がありません」
「オークのソロ討伐が出来るなら、攻撃は通るぜ、2人で受けてみるか?」
「あちらの3人と一緒なら、より安全に討伐できると思いますが、どうでしょうか?」
「ほう、Cランクが3人か。バランスもいいな。おーい、そこの3人」
「ん?俺達か?」
「そそ、俺はBランク相当の戦士、こっちの兄ちゃんはCランク相当の神官剣士だ、一緒にオーガ討伐をやってみないか?」
「傭兵か・・・仲間と相談するから少し待ってくれないか?」
「リゼル、リンどうする?俺は受けてもいいと思う」
「傭兵ってのが少し気になるけど、実力はありそうだね」
「私は賛成。オーク以外なら何でもいい」
「リン・・・オマエな、じゃあ賛成でいくぜ?」
「その話受けた。よろしく頼む」
「おう、俺はライアス。冒険者登録の金を稼いでいる戦士だ。なんで登録料はあんなに高いのかね」
「確かに高いけど、Bランク相当ならそれほどでも」
「まあ、色々あるんだよ」
「僕はアル、食費を稼ぐために1日だけ参加するよ。神官剣士だ」
「神官剣士が食費?ライアスさん以上に違和感が物凄いんだけど・・・」
「あんた普通じゃないよな」
「傭兵さんはワケありが多い。グレスとリゼルは深く追求しない。マナー違反」
「ははっ、ごめんね。詳しく話せなくて」
「まあ、Cランク相当の神官剣士がこんな所に余っているだけでもありがたいぜ」
「そうだね、薬草切れで困る事はなくなるし、安心感が違う」
「レア職がこんな時間まであぶれているのはめずらしい」
「それを言うならBランク戦士のライアスさんが残っているのも珍しいんじゃないですか?」
「確かに、ライアスさんはどうしてこんな時間まで残っていたんですか?」
「ん?ああ雑魚狩りは飽きたんでな。ついでに言うとオークは一番飽きた。
どうせ高難易度が残るだろうから、今日は余り物を狩ろうと思って眺めてたんだよ」
「これは頼もしい」
そして、5人でオーガ討伐に出かける事になった。
***
「ところで、オーガは初めて戦うのですが、どのような魔物なのですか?」
「はあ?いやいや討伐対象だろ?調べてないのか?」
「はい。オークのソロ討伐が出来れば通じるとライアスさんに太鼓判を押されたので」
「あんた、神官でオークをソロ討伐できるのか?」
「ギリギリの闘いでしたが、なんとかなりました」
「Cランクだと3人はいないと倒せない難敵だぜ?あんた実力はBランクくらいあるんじゃねーか?」
「オークもピンキリだから弱い個体だったのかもね」
確かに、ティアは片手で捻ってたからね。
あの森はそれほど危険じゃなかったのかな?
「討伐依頼にあった、ネルフトの森のオークは強いのですか?」
「そこのオークは普通だね。弱いのはぺネス平原にいるやつかな?最悪なのがゾア大森森のオークだね」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、ゾアはねーわ。Aランクでも避けるぜ」
「ゾア大森林・・・あれは魔境。間違っても女の子が行く場所じゃない」
どうも3人の反応が予想していた物と違う。
「俺もあの森だけは行きたくねーな。オークの質が違い過ぎる」
そしてライアスさんまで、3人と同じ意見だった。
えっ?LV1で放り込まれましたが。
それに一人でオークの群れを性的に蹂躙する女の子を知ってますが。
なにやら話の雲行きが怪しいので、探りながら話を合わせておこう。
「ゾア大森林という所は、それ程に危険な場所なのですか?」
「ああ、あの森は危険度AからSランクの死地だ。ハイオークがそこいらに沸いている」
「ハイオーク?」
「普通のオークは大体人間と同じくらいの身長だが、ハイオークは身長が2m以上はあって、ぶっちゃけオーガより強い」
「そんな怪物が群れているんだから、地獄だよな。グリフォンが可愛いぜ」
「同感。ハイオークの群れは絶対無理。Aランクでも壊滅する」
「まあ、女がいたらヤバイだろうな。あいつら異性を威嚇する特殊スキルを持っていやがる」
どうやら、僕が相手をしたのはハイオークだったようだ。驚きの新事実である。
僕はいきなりそんな所にLV1で放り込まれたのか・・・ティアさんちょっと酷くないかな?
***
徒歩で2時間強、目的のグレッグの森に到着した。
「ここが出没地点だな」
「いかにもって感じですね」
「!、みんな静かに。近くに強い気配があります」
「リゼルの探知に引っかかったか。警戒しよう、リンは詠唱の準備」
「了解。アルも何かバフがあればお願い」
「分かった。準備しておくよ」
バフといえば能力向上か
神聖魔法の祝福系がベストかな
いざという時に使えるように準備しておこう。
「俺とグレスで前を固める3番手にアル、後は後方支援だが後ろにも魔物がいるかもしれん。後方も警戒しておいてくれ」
「了解」「索敵範囲は維持しておくよ」
うん、連携がしっかり取れていい感じだ。
「グルルル・・・」
「おっと、いきなり本命かよ・・・って、何なんだコイツ!?」
「で、でかい!俺達の2倍以上はあるんじゃないか?」
そこに現れたのは、筋骨隆々で、体長5mの魔物。
どうやら、これが今回の討伐対象のオーガのようだ。
「こいつはマズい!アル、バフを頼む」
「それじゃ行きます」
『グロリア!』(全能力向上)
「はあ?」
「えっ!?」
「えっと何かマズかったです?」
「いや、それって上級神官レベルなんだが?」
「グロリア・・・全能力向上はAランク相当のスキルですよ」
「間違ってもCランクじゃない。変」
みなさんのリアクションがおかしい、そしてリンの視線が冷めていた。
ティアが夜に乱発しているので、
僕の感覚もかなり毒されていたみたいだ。
「これなら何とかなるかもしんねえな。ほらボサッとしてねえで集中しろ!相手はお前らの格上だぞ」
「「「は、はい!」」」
そうして、オーガ討伐が始まった。
***
「くっ!なんて重い攻撃だ!盾が悲鳴を上げてる」
「防御も堅いよ!矢がまったく通らない!」
「魔法も弾かれる。魔法障壁?本当にBランク?」
「お前たち!なんとか持ちこたえてるな!グロリアが効いているのに苦戦とは、こいつはちょっと厄介な相手かもしれねえ」
グワアアアッ!!!
グレスが盾で攻撃をいなして、リゼルとリンが体力を削ろうとするが、ダメージが通っていない。
そして、ライアスさんが戦斧でダメージを与えるが、決定打に欠ける。
闘いは膠着状態で進んでいたが劣勢だった。
そして僕はサポートしかしていない。
サポートを切らすとパーティーが崩れてしまう気配を感じているから動けないのだ。
はっきり言って、このオーガという魔物はゾア森のオークより遥かに強い。
そして、Cランクの3人の疲労が思ったより激しかった。
『ヒールリンク』
「うわっ」
「体力が回復していく」
「こいつはすげえな」
「これで全快したはずです!みんな頑張ってください!」
ティアみたいには行かないけど、広範囲のヒールなら何とか使える
あとは、みんなの基礎能力を上げて、攻撃を通るように。
『ブレッシング』
「重ね掛けかよ。グロリアの効果も続いてるし、こりゃ当たりだな」
「Aランクレベルかよ」
「やはり異常」
あれ?マルチスキルが使えてる?
そして直感だが、もう一つくらい行けそうな気がした。
ここは、力押しより相手を弱らせた方が得策だろう。
『ウィークネス』
『グルルル』
「次はデバフか」
「何でもありですね」
「異常過ぎる」
特にリンの評価が酷いのだけど
敵が強くて気にしている余裕はない。
そして、ライアスさんの戦斧が弱ったオーガに止めを刺した。
***
「こりゃたまげたな」
「どうしました?」
「こいつ、オーガの変異種だ」
「変異種?」
「分かりやすく言えば、グリフォン並に強い」
「Aランクモンスター?」
「それを俺達が倒したのか?」
「アルの支援魔法が想定以上だったな。普通は見たら逃げる相手だぜ」
「僕は剣を抜いてませんよ?倒したのはみんなの力です」
「いや、普通のオーガでもアル抜きなら厳しいだろうぜ」
「そうだな、ここでAランクの魔物に勝てるなんて考えたら、次のクエストで全滅するかもしれねえ。気を引き締めないとな」
「同意見だね。アルのバフをもらうまで矢が効かなかった」
「魔法もはじかれてた。オーガが魔法障壁とか普通じゃない。このクエスト、気軽に受けたら全滅する」
「俺も同意見だな。CランクどころかBランクでも挑んだら間違いなく全滅だ。こりゃギルドに文句言わないと」
「それで、この魔物どうしますか?」
「とりあえず、討伐部位を持ち帰ろう。オーガの場合は角だったか」
「堅え!こりゃ骨が折れそうだぜ」
「なんだこりゃ、斧の方がイカれそうだ。なんちゅう堅さだよ」
「僕の剣を試してみましょうか?」
「ああ、頼むわ」
キイン
「斬れた・・・」
「斬っちゃったよ」
「あれ?斬れた」
「いや、何でアルまで驚いてるんだ?」
「ははっ、まあ結果オーライということで」
***
僕達は冒険者ギルドに戻った。
「これって、オーガロードの角じゃないですか!最低でもAランクの魔物ですよ?いったい何と戦って来たんですか?!」
「いや、それはこちらの台詞だ。この依頼のオーガを探したら出てきやがった。倒せたのは奇跡ってもんだ」
「こ、これは、すいません。これは事故物件ですね。ギルドマスターに報告しますので、少し待ってもらえますか」
「ああ、こっちもクタクタだから、そこらで休ませてもらうわ」
そして受付嬢は奥の部屋に下がった。
おそらく上司に報告でもしているんだろう。
「まさか、オーガロードだったとはな。強い個体ならSランクだ。俺らが挑んでいい相手じゃねえぞ」
「オーガですら無理なのに、その上位種・・・生きてて良かった」
「ほんと、大変な目に遭ったね」
「生きてるのが奇跡」
「これで食費は稼げたかな?」
「・・・お前大物になるわ」
「仲間に欲しいくらいだ・・・いや俺らが釣り合わねえな」
「ウチだとちょっと荷が重いよね。今回は助かったよ。アル」
「ありがと。命の恩人」
「みんな大げさだよ。これはパーティーの成果だから、そんなに気にしないでね」
「パーティーの成果ねえ・・・バフを2重にかけながら、ヒールを広範囲でかけて、更にデバフもかけるなんて聞いた事ないぞ?」
「あれにはたまげたわ」
「ほんとにね。でも普段の実力と離れすぎてるから、感覚を戻す方が苦労しそう」
「ん。あの時だけBランクくらいになった。今は普段通り。勘違いは危険」
「そうだな、明日は少しランクを下げるくらいがちょうどいいかもしれねえな。俺も少し感覚が狂ってるわ」
「でも、お前らがBランクになった時の感触は掴めたんじゃないか?それだけでも大きな進歩だぜ?」
みんないい人だ。
ライアスさんは、冒険者登録を済ませたら即戦力だろう。力量だけでなく、豊富な経験からか、知識が豊富なのが頼もしい。
そしてこのCランクパーティー、リーダーのグレスは口調は乱暴だけど、慎重な行動を心がけていてリーダーシップと判断力に秀でている。
リゼルは斥候、交渉など卒なくこなす万能タイプでグレスのサポートをしっかり行っている。
リンは独特の雰囲気だが、優秀な魔法使いで場を和ませるのが上手だ。
このパーティーはとても居心地が良かった。
逆に、考え無しにバフに頼って突っ込もうとする冒険者だと、僕が間接的に殺す事になりかねない。
グレス達の言う通り、バフも強過ぎると感覚がマヒしてしまう。
何事も程ほどにしないと、取り返しがつかなくなるかもしれないな。
僕にとっても、今回はいい勉強になった。
そして、奥の部屋から受付嬢が現れた。
「お待たせしました。こちらが今回の報酬となります」
***
僕は5等分した報酬をもってホテルに帰った。
今回の顛末を詳しく話すと、勧誘ラッシュが始まる気配を感じてそそくさと抜けてきた。
「おかえり、どうだった?」
「いきなり、オーガロードと戦う事になっちゃったんだけど」
「はあっ?!何でそんな大冒険しちゃってるの?」
「ギルドに誤情報があったみたい。オーガ討伐のつもりだったんだけどね」
「いきなりそんな大物倒しちゃったら、目立つでしょうに」
「そうなる前に抜けてきたんだけど不味かった?」
「内容によるわね。アルはどんな事をしてきたの?」
「えっと・・・」
「これはやっちゃったわね」
「不味かった?」
「不味いわね。明らかに目を付けられる。ギルドに剣聖アランがいる事を忘れてない?」
「あ」
「アランが知れば、当然ユメちゃんの耳にも入る。アルが傭兵として活躍しているって」
「それは辛いな。出来れば僕の事は忘れて欲しい」
分かれた者同士、僕の名前が耳に入るのは良くないだろう。
それでなくても、ユメは思い詰めるタイプだ。
「ちょっとギルドに行ってくるわ」
「ティア?」
「悪いようにはしないから心配しないで。アルは待機ね。これ以上名が売れると隠し通せなくなるから」
「うん、分かった」
『ゲート』
***
「よいしょっと」
「うえっ!?せ、聖女様っ!?」
「こんにちは、お邪魔するわね」
ティアは冒険者ギルドのギルドマスターの部屋に転移していた。
プライバシーも何もあったものじゃない。
「こ、こちらには一体どのようなご用件で?」
「昼間にアルという男の子が活躍していたよね」
「は、はい、それはもう凄まじい支援魔法の使い手で剣の腕も一流だったとか」
「あれ、私の関係者でね。実はあまり公表出来ない、やんごとなき人なのよね」
「貴族ですか?」
「そんなところね、それで名が売れるとちょっと困るのよ」
「つまり緘口令と?」
「話が早くて助かるわ」
「しかし、我々は権力者に属さない組織です。教会の聖女様といえども依頼には報酬を要求しますよ」
「ええ、それくらいは分かっているわよ。白金貨3枚でどうかしら?」
「こんなに!?」
ギルドマスターの年収を上回る額だ。
口止め料としては破格過ぎる。
「その代わり、きちんと揉み消して欲しいの。ああ、口封じで襲うとか、手荒な事はしないでね」
「もちろんです。しかし、そこまで重要な案件なのですか。今回は傭兵もいますし、少し難しいかと」
「だからこそのお金よ。関係者全員にばらまいてこう言うの。彼の本名はアルスラム、某国の貴族でアルは愛称ってね」
「なるほど、それなら何とか出来そうです。そして、アルスラムは自分の国に帰ったという事で良いですか?」
「頭の切れる人は好きよ」
「ああ、それとライアスという戦士とパーティーを組んだ3人には本人からのお礼って事で多めに渡して欲しいの」
「口止め料ですか?彼らは善良な傭兵と冒険者なので念を押す必要は無いと思いますが?」
「違うわよ。本当にお礼。それに将来有望な冒険者への投資ね。特に戦士の人は傭兵にしておくのは勿体ないわ」
「確かに、ライアスは親の借金さえ無ければエースになれる男、ウチとしても欲しい人材です。他の3人も確かに有望ですね」
「渡すお金の配分はあなたに任せるわ。それじゃ頼んだわよ」
そして、ソフィーティアはゲートで自室に転移した。
「ふう、選択肢など最初から無かろうに」
ギルドマスターは背中に嫌な汗をかいていた。
対面しただけで分かる。圧倒的な強者の圧。
ギルドマスターは元Sランク冒険者。
ゆえに、相手の実力を本能で見分ける事が出来る。
聖女様と話している時は、平静を取り繕うのが一番苦労した。
正直に言って次元が違う。あのお方は絶対に敵に回してはいけない存在だ。
その後、冒険者ギルドでは謎の神官剣士、アルスラムの名前がしばらく話題となった。
***
そして、数日経った僕は、戦いの疲労が抜けきったので自分のステータスを開く
「ステータス」
LV39
名前:アル
職業:勇者
HP:7120
MP:5270
スキル:
明鏡止水 LV0(未到達:0.7 NOW)
ユニークスキル:
マルチスキル(NEW)
物理破壊(NEW)
ボーナススキル:
オーガスレイヤー(NEW)
なんか、伸びしろが滅茶苦茶だ。
正直、今どれくらい強いかよくわかっていない。
昨日の事もあるし、自分の力を知る事が必要かも。
マルチスキルはティアがよく使っているからわかる。主に夜に。
物理破壊はオーガロードの角を切り飛ばした感じかな?
どう斬れば対象が切れるかが分かったような気がした。
あとオーガスレイヤーはオーガロードを討伐した称号
獣人に対しての攻撃が良く通るようになるならしい。
「アル、おはよ」
「おはよう、ティア」
「流石に、オーガロードの経験値は高いわね」
「今回はみんないい人だったから、助かったよ」
「ん?どういう意味?」
「今回は回復やバフを担当したんだけどね」
「それで?」
「バフや回復も適度にやらないと、その人を駄目にしちゃう怖さがあるなって」
「ふふっ。いい勉強になったじゃない。昨日のパーティーにはお礼を言わないとね」
「ところで、今日はどうするの?」
「引っ越すわよ」
「はい?」
***
「アルの名前が広まる事は防げたけど、これ以上ここに留まるのはおすすめ出来ないわ」
「そうだね。その方がいいかもしれない」
それに、この街はユメとの思い出が濃すぎて辛い。
「ごめんね。酷い女で」
「どうして謝るの?」
「本当はユメちゃんに嫉妬してるのよ。いつまでもアルを縛り続けるあの子に」
「ティア・・・」
「だから、距離を離して忘れて欲しいって。私の方を振り向いて欲しいって思っているの。酷い女でしょ?」
「そんな事ないよ。この街は僕も辛いから」
「今のアルならユメちゃんを取り戻せるかもしれないんだよ。その可能性を消そうとしてるのよ」
「もうやめよう。ユメとはもう済んだ話だよ」
辛くないと言えば嘘になる。でもティアだって辛いはずだ。
ティアの想いも知ってしまったのだから。
そういえば、昔にユメとこんなやりとりがあったっけ。
「ふふっ」
「わ、笑う所なの?」
「ごめん。2人ともよく似ているからさ」
「私とユメちゃん?」
「うん。自分を悪く言って塞ぎこむ所とかね、言い方までそっくりだったからちょっと可笑しくなっちゃった」
「うう・・・」
顔を赤く染めて俯くティア
恥じらう顔も可愛いけど、やはりティアには笑っていて欲しい。
「引越しには賛成だよ。僕ももっと色々な人と会って経験を積まないと駄目だって、昨日思い知ったから」
「こんな面倒くさい女でもついて行っていい?」
過去の話をした後から、ティアの様子がおかしい。
いや、本当はこっちが素なのかもしれない。
「それを言ったら、僕こそ、いつまでも昔の恋人の事を引きずる面倒で恰好悪い男だよ。このままじゃ、ティアに釣り合っていないと思う」
「そんな事ない!私はアルの傍にいたいだけ!私こそ10歳の初恋を引きずってる面倒な女だよ」
「それだけ想ってくれたらうれしいよ。面倒だなんて思わないよ」
「それに、始めての時に感極まって、襲っちゃって・・・その、ごめんなさい」
「あれは死ぬかと思いました」
「面目次第もございません」
「でも、ティアのおかげで失恋から立ち直れたんだから感謝しているよ」
「無理言わないで、そんなに早く割り切れないでしょ」
「そうはいかないよ。僕は勇者なんでしょ?いつまでもくよくよしてられないよ」
「アル・・・」
ティアの表情が曇った。
でも感情的な先程に比べると話を聞いてくれそうな気がした。
「僕はティアの事は好きだよ?でもユメの事も好きなんだ」
「うん、知ってる」
「でも、僕は自分を酷い男とは思わない。だって人を好きになる事が悪いワケないじゃないか」
「それは詭弁じゃないの、片方が幸せになって片方が不幸になるじゃない」
「詭弁かもしれない。でも、好きという感情は、自分でもどうしようもない物なんだ。それほどに力強いものなんだよ」
「うん、痛い程分かってる」
「それにね、ユメと別れた時に僕は聞いたんだよ。今幸せなのかって」
「うん、私も見てた」
「ユメは答えたよ。アランと共にいて幸せだって。なら、僕がいつまでもユメの事を想い続けるのは間違っているよね」
「でも」
「今、ティアを選んでも、ユメは幸せだよ。どこにも不幸は無いじゃないか」
「嘘をいわないでよ。誰よりもアルが辛いじゃない。アルがユメちゃんを愛していた事を忘れるなんて辛いじゃないの」
「うん、泣きたい程辛いよ。でもね好きな人には笑っていて欲しいんだ。それはティアも同じ。だからそんな顔しないで」
「アルが泣かないからよ、辛いくせに。弱いくせに。この格好付け」
「勇者は恰好良くないとね。ティアが代わりに泣いてくれるから、僕は辛くても頑張れる」
「本当に変な男の子・・・よね」
「久しぶりだなあ、その台詞」
「6年振りよ。次は忘れないでね」
***
「名前を変えたい?」
「うん、昨日、アルという名前が広がるだけで騒動になったからね。それに、あの2人にはその方がいいと思う」
「どういう事?」
「勇者アルが有名になったとしたら、あの2人に迷惑がかかるよね」
「仮にも勇者を振った彼女に、奪った彼氏か、アルは公表しないでしょうけど、2人は気が休まらないでしょうね」
「確かに聖女は歩く教会みたいな物だから、聖女スキルで変えられるけど」
「教会で変えたという情報も残したくないからね。ティアに頼むのが一番かなって」
「アランがどういう人かよく知らないけど、ユメに辛い思いをして欲しくないんだ」
「お人好しが過ぎるわね。名前を変えるなんて余程の事よ?キツイ言い方かもしれないけど、自分を振った子にそこまでする?」
「お人好しで構わない。僕は好きな子には笑っていて欲しいんだ」
一瞬、心臓を打ち抜かれたと思った。
あれだけの不幸な目に遭って、こんな事を真剣に言えるなんて・・・
あ、ダメだ。ますます好きになっちゃう。今すぐキスして押し倒したい。
でも、今のアルにそんな事は出来ないよね。
私は自分の気持ちを落ち着かせるのに苦労した。
「あ・・・うん。これはユメちゃんが夢中になっちゃうのも分かるわ」
「どうしたの?」
「アルは勇者に選ばれただけの事は、あるなって思っただけ」
「?」
「名前を変えると、アルが今まで出会った人から忘れられていくけど後悔しない?」
「昨日の冒険者には迷惑をかけられないし、僕と親しい人はティア以外、みんないなくなっちゃったから構わないよ」
「ごめん。辛い事を思い出させた。最近の私は恰好悪いわよね」
「僕の為に慎重になっている女の子を恰好悪いなんて思わないよ。それにこれから新しい名前でやり直すんだから。思い出すのもこれで最後」
「分かったわ。私からの確認はこれだけよ」
「でも、新しい名前と言っても、すぐには出てこないな」
「そうね・・・カインなんてどう?」
「カイン?それはどういう由来?」
「昔にいた聖者で、ベイルという悪魔でもあった人物よ」
「聖者で悪魔?」
「清廉な人だったのでしょうね。正義のために悪の心をずっと封じ込めていたのだけど
悪の心が自我を持って悪魔になってしまったの」
「聖者カインは悪魔ベイルを倒すけど、半身を失って歩く事も出来なくなってしまう。元々一つの魂だったからね」
「それでも、必死に生きて寿命で命が尽きるまで贖罪を続けたそうよ」
「すごい人だね。とても真似できないや」
「アルはやさしいから。悪魔になんかにならないでしょう。まだ弱っちいし」
「ごめん、泣きそうになるから、そこはもっとやさしくして」
「それでどうする?他にも名前の候補はあるけど」
「カインさんの名前を使わせてもらいたいな」
「それじゃ、聖女スキルを使うわね。カインと念じてみて」
「うん」
『名前変更』
<新たなる名は?>
『カイン!』
さよなら、お父さん、お母さん、
さよなら、イアソンの村のみんな
さよなら、僕が好きになった初恋の人
さよなら、ユメ
そして、アルという少年がこの世界から去り、勇者カインが誕生した。
***
「気分はどう?カイン」
「うん、自分の名前はカインと思うとしっくりくる」
「思ったより普通で安心したわ。これで、アルという男の子は消息不明。そして人々の記憶から忘れられていくわ」
「これでいいと思う。これからはカインさんに笑われない様に前向きに生きようと思う」
「分かったわ。これからの事を考えましょう」
僕は心の中でケジメをつけた。
だから、最後にもう一度だけ言わせて欲しい。
「ありがとう。ユメ・・・幸せになってね。大好きだったよ」
***
アロンゾ、ユメの父は一人で悩んでいた。
まさか、アルの両親が亡くなっていたとは、そして借金で故郷まで失ったなど、誰が予想出来る?
幸いにして、ユメは知らないみたいだが、とても言える話じゃない。
やさしい子だ。聞いてしまったら罪悪感に潰されてしまうだろう。
それほどにユメはアルを心から愛していた。
アロンゾは一人で真実を抱え込んでいたが、それが災いしたのか、体調を崩してしまった。
一度はユメとの交際を許した純粋な少年、アルを地獄に突き落とした報いなのかもしれない。
「お父さん、身体の調子はどう?」
「ああ、すまないな」
「お店の方は俺に任せて休んで下さい」
もう一人の男が俺に気を使ってくれる
アラン。ユメの新しい恋人だ。
最初に会った時は軽薄な男だと思ったが、なかなかに芯のある誠実な男で、
驚くことに剣聖の称号を持っている凄腕の剣士だ。
なにより、ユメを大事にしている事が一目でわかった。
この男ならユメを幸せにしてくれるだろう。
アルは俺達を恨むだろうが、恨むなら俺だけにして欲しい。
「お父さん。手紙が来ていたわ」
「ああ、ありがとう、俺宛てとは珍しいな」
「私達はお店に行くね」
「ああ」
アロンゾは手紙の封を開ける
そして、手紙の中身に驚愕した。
親方へ
やさしい親方の事だから、気に病んでいるんじゃないかと思って手紙を出しました。
詳しくは言えませんが、僕は異国の地で元気にやっています。
可愛くて元気過ぎる恋人も出来ました。
僕はもう大丈夫です。
追伸
親方がすでに僕の事を忘れていたら恰好悪いですよね。気味の悪い謎の手紙です。
娘さんに見られても困っちゃうので、この手紙は誰にも見せずに燃やして下さい。
不出来な元弟子より
***
区切りが良かったので、ここで一区切りします。