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運命と行動のシンデレラ

しとしとと細かい雨が絶え間なく降り続いている。店内は肌に張り付くような湿気に包まれていた。


カウンターの中から外を見ていると、見通しの悪い白くくすんだ景色の中で赤い影がぼんやりと近づいてきた。

それは徐々に形をなし、赤い傘を差した人が近づいてきているのがわかった。


彼女は外で丁寧に傘を畳んでから、前回とは違いゆったりと店内に入ってきた。


「こんにちは、店長さん」

「今日は枕を持っていないんだな」


彼女は微笑んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ロイヤルミルクティー」


彼女は席につくと、またメニューも見ずに言った。


「今日は傘を持ってきたんだな」


作業の手を休めずに声をかける。


「そう、前回の反省をしたの」

「この前、帰り大丈夫だったか?」

「大丈夫、ありがとう」


彼女はにこりと笑った。前回雨の中傘もささずに帰っていったので、風邪をひかないか心配だったのだ。


「どうして雨の日に来るんだ?」

「……雨の日じゃないと、来られないんだ」


彼女は謎めいたことを言った。


(仕事か、家庭の事情だろうか……)


少なくとも自分には関係ないと、彼は割り切って作業を続ける。


「今日も他にお客さん、いないんだね」

「いつものことだ」

「よく続けてられるね」

「客のためにやっているわけじゃないからな」

「じゃあ、何のためにやっているの? 静かなのが好きなのにお店なんて人が集まる場所を営むの、不思議だね。誰かを待っているとか?」

(また質問攻めだな……)


彼はふっと息をついた。


「……香りのいい飲み物が好きなんだ。店には色々な設備が揃うから」

「コーヒーとか?」

「コーヒーとか」

「……そう」


なぜか少し気落ちしたような彼女の前に、ティーカップを置く。


「君はコーヒーは飲まないのか?」

「うん、嫌いじゃないけど、コーヒーは目が覚めてしまうから……」

「それを求めてコーヒーを飲む人も多いのに、君は逆なんだな」

「うん、ここではゆっくりしたいんだ……」


なぜか彼女にコーヒーを飲ませられないのが少し残念な気がした。

紅茶にもカフェインは含まれるが、言わない方がいいだろうと思い黙っておくことにした。


「おいしい」


彼女はほっとした顔をしてそう呟き、ティーカップを置くと顔を上げた。


「店長さんはさ、『運命の相手』って信じる?」

「信じない」


彼女はふふっと笑った。


「即答だね。どうして信じていないの?」

「運命的な出会い、運命的な再会、運命に翻弄された、運命だったから仕方ない。

そんなものは人が感情の盛り上がりを肯定したり、何かを諦める時に抗えなかったと言い訳するための常套句だろう。ただの思考放棄だ」


偶然の再会が重なった相手が嫌悪しか抱けない相手だったら? 何度も会っているのにそれに互いに気付けなかったら? それは運命と言えるのだろうか。

運命かどうかを決めるのは結局そう言いたい願望を持った者だけなのだ。


気を悪くするかと思いきや、彼女は興味深そうに彼の話を聞いていた。


「面白い考えだね。……うん、私も運命なんて信じていないけどね」

「信じているからその話をしたんじゃないのか」


彼女は首を振った。


「でも、私だったら嫌だなって思うよ。自分の感情も行動も全て『運命だから』で片付けられてしまうの。

店長さんの言う通り、思考放棄ってことなんだろうね」

「まぁ、そもそも普通の人には『これは運命だ』と思う機会さえそうそう訪れないよ」

「そうかな? じゃあ、こんな運命の話はどう?」


彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて彼を見た。


「店長さん、また私の話を聞いてくれる?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


人から聞いた話なんだけどね。



ある街に継母に虐められている女の子がいました。

継母はいつも彼女に家の家事を言いつけ、自分は怠惰な生活を送っているのに彼女を叱りつけます。


彼女はそんな生活に嫌気が差し、気晴らしに街の領主が開く盛大なダンスパーティに出席したいと思いました。

そのため継母に隠れてこっそりとドレスを作っていたのです。


彼女は多才で、ドレスはもちろん、髪飾りもアクセサリーも自分で作ることができたのです。

ただし、靴だけはさすがに自分で作ることができず、こっそり貯めておいた貯金を全てはたいて下町の靴屋の幼馴染に頼んでドレスに合う靴を格安で作っておいてもらっていました。


満を持してダンスパーティの当日、女の子は継母にばれないよう、こっそりと家を出ました。

街はお祭り騒ぎで賑わっている最中、彼女も明るい気分になって歩いていきました。


しかし彼女は気を引き締めなければなりません。

継母はいつも深夜の0時半には彼女に就寝用のワインを持ってくるよう言いつけるので、ダンスパーティの会場を深夜0時には後にしなくてはなりません。


ただ、彼女は初めて見るダンスパーティのきらびやかな様子に目を奪われました。

彼女は刻限のことなど失念しました。


そして、一層彼女に時間を忘れさせた存在、素敵な男性と出会うのです。


楽しい時間は過ぎました。彼女は領主の屋敷の大きな鐘が0時を示すのを見て、慌ててその会場を後にしました。


彼女は刻限を守るために必死だったので、靴を片方落としていたことにも気づきませんでした。


暗い道の中の彼女の必死の帰宅により、幸い継母にはばれることなく床につきました。


しかし、翌日から予想外のことが起こったのです。


ダンスパーティで彼女が出会ったのは、結婚相手を探していた領主の息子で、彼は0時に走って帰ってしまった彼女をいたく気に入り、彼女の履いていた靴を手掛かりに街中の娘たちの中から彼女を探しているというのです。


彼女は自分の身分の低さを恥じ、自ら名乗り出ようとは思いませんでした。靴を作ってくれた靴屋の幼馴染にも当然固く口止めをしました。

しかし、もしも領主の息子が自分のことを見つけてくれたなら、その時は運命と思って真実を伝え、心から彼を愛そうと思いました。


しかして、領主の息子は見事に彼女を見つけることができ、二人は結ばれました。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ね、どうやってだと思う?」

「何が?」


彼女の瞳は変わらずいたずらっぽく輝いて彼を見つめる。


「どうやって領主の息子は彼女を見つけ出したんだと思う?」

「それは……」

「今回は犬は同行していません」


彼女は彼の言葉を先取りして言った。


「ちなみに靴屋は絶対に口を割らないし、彼女の変身ぶりは見事なもので、普段の彼女とダンスパーティの彼女が同一人物だとは誰も気付けない程」

「君の話の中には変装の達人ばかり出てくるな……」

「……偶然です」


彼女は顔をそらした。


「靴を使って人探し、なんて、それこそ犬でも使わなきゃ現実的じゃないよね。

オーダーメイドとは言え彼女の靴のサイズは大きすぎず小さすぎず、ぴったりサイズの合う人なんていくらでもいる。

そして彼女に判別の手助けとなる特別な身体的特徴はなかった」


「じゃあ、目撃者がいた。家に帰る彼女を見ていた近隣住人」

「いない。夜道は暗かったし、彼女の家は街外れで人気がなかった」

「じゃあ、息子が探しに来た時、家にある靴やドレスを見つけた」

「彼女はその日の早朝には来ていたものを全て分解して適切に処分していた」


彼女はくりくりした目で彼を見つめた。


「どう? わかる? 運命の相手の見つけ方」


彼は再び彼女のカップを満たすため、ポットを取り上げた。


「ああ、わかったよ」



彼女は目を輝かせる。


「どうやって?」

「他の候補者と違い、彼女だけは息子が差し出した靴を履かなかったから」

「どうして? 積極的に見つかりたいと思ってなかったから?」

「違う。履かない、というより履けなかったから」

「どういうこと?」


彼は想像する。

恐らくダンスパーティは領主の息子の生誕と合わせて開かれた夜会ではないだろうか。変身した少女が行きがけに歩いていった道は祭りで賑わっていた。

祭りの後は、大抵道なんて荒れている。飲み物、食べ物の残骸や容器がそこいらに捨てられているのだ。


彼女が帰りに通った道もきっとそうに違いなく、彼女は暗い道の中、それを避ける術もなかった。もちろん行きと同様、金銭的に自由がなかった彼女は乗り物など乗らなかっただろう。靴を履いていたらまだしも、裸足の片足はきっと傷だらけだったはずだ。


必死に走っている間は気付かなかったが、翌日は激痛に悩まされたかもしれない。


「片足だけ傷だらけ、靴を試すことができない、そんな理由で彼女は見つけられたんじゃないだろうか」

「そうか……きっと痛かっただろうね」


また作り話ではないのかと思うが、彼女は少女の傷の痛みに胸を痛めているのか、辛そうな顔をした。

本当はもう一つ仮説があって、血まみれの彼女の片足のみの足跡が祭りの会場から家まで続いていたから、という可能性もあるのだが、さすがに伝えるのを憚った。


「私、この女の子のことがあんまり好きではなくって……」


彼女はおもむろに呟いた。


「なんで積極的に名乗り出ず、待つばっかりなんだろう、って疑問だったんだけど、そんな痛みを抱えていたならもしかしたら仕方ないのかもしれないね」

「……」

「でも、一番悲しいのは、彼女が自分自身の魅力に気付いていないところかな」

「?」

「ドレスもアクセサリーも作れて、メイクの才能もある。彼女は才能と人を魅了する輝きに満ち溢れているのに、それに気付かないように仕向けさせられていた。

こんな悲しいことってないよ。

彼女が自分の輝きに気付いていたら、また違った結果になっていたかも知れない」

「領主の息子が運命の相手ではない、と?」

「……どうなんだろう。わからない。互いに惹かれ合っているのは確かだし。

でも、店長さんの言う通り、彼女は諦めるために『運命』という言葉を使っているようにも感じる。

もしかしたら別の可能性もあったのかもってそう思うだけ」


彼女は困ったように笑った。そして、またあの悲しい香りがした。


彼女は窓の外を見つめた。


「今日は優しい雨だね」

「……」


相変わらず外にはサアサアと静かな雨が降っていた。


「私だったら『この人』って思ったら、きっとどこまでも探しに行くのに……」


小さな、本当に小さな声で彼女は呟いた。


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