【96】「私のレベルは782です」らしい
ユーリが聖女としての『記憶』をかなり取り戻した。
そこでいう『記憶』とは、すなわち戦闘と魔法の記憶だ。
母さんの手記を読んだことで一気にレベルアップし、戦いの最中に使える魔法を「思い出す」ことができたという。
「レベル20にもなったら、もう奴隷商人の追手なんて怖くないわ。ゴブリンも恐れず森にだって行けるのよ。」
「とはいえ、まだ強い魔獣やダンジョンのボスは一人では無理だぞ」
イブが、紫の長い髪をかきあげながらユーリの横に立ち、フフッと笑った。
「まあ、私がいれば恐れることはないが、な。」
「ええ、よろしくね、イブ…!」
ん?なんか話進んでる?
二人でなんか決めちゃった?
「渚、私…イブと二人でバザルモアのダンジョンに行くわ。修行をつけてもらうの…!」
「えっ!マジで?大丈夫?!」
「大丈夫よ、レベル20なら回復も聖なる攻撃魔法も使えるから。」
「で、でももしレベル50とかの強いのが突然出てきたら─」
ほら、そういうのオンラインRPGとかでもあるじゃん。
レアモンスターとか、ちょっと初心者が行っちゃいけないあたりに足を伸ばして突然高レベルで激強のヤツがいるとかさ。
「いざとなったらイブがやっつけてくれるから」
「渚よ、私のレベルはいくつだと思うか?」
イブのレベル──
そうか、イブにもレベルがあるんだ。
親の手記で「レベルアップした」とか「レベルが足りない」とかの記述はあっても、具体的には記されてなかったな。
「ひゃ、100とかいってるんですか、やっぱ」
「私のレベルは782だ。」
うっわ、おつよい…!
って数多すぎて、いくつが上限でどれくらいが平均値なのかよくわかんないぞ。
「前の勇者と聖女はレベル600台だった。戦った相手の中で最も強い『南の魔王』はレベル700前後─苦戦したが、なんとか勝てた。」
うわー。
俺、レベル2だよ2。
魔王から見たら、塵一粒じゃん。
いや、ユーリのレベル20ってのも、塵とまではいかなくても消しカスひとつまみって程度だな。
「しかし今回、転生したことで、おそらく伸ばしていけば聖女ユーリのレベルは前世より高く、レベル800は行くと思う。」
ユーリは目をキラキラさせて話を聞いている。
「おそらく、転生した勇者もそれくらいになるだろう。しかし、魔王も転生して強くなっている可能性がある。急ぎ、探し出して鍛えねばならないが──」
「それは俺たちがやりますよ!」
俺はイブに勇者発見隊宣言をした。
「ユーリの店の在庫セールをやることで街の人達と交流を持ち、勇者とおぼしき少年の噂がないかどうか、探りを入れてみます。」
「ほう、なるほど…確かに、チェマほどの大きい街なら情報はつかめやすそうだな。」
彼女は顎を指でさわりながら、呟いた。
「─勇者は南方の神によって転生されてるから、バザルモア王国に転生している可能性は高い…悪くないな。」
南方の神─
神様、ひとりじゃなくて東西南北にいるのかな。
あ、だから次元が繋がりやすいポイントも沖縄なのかもしれない。南方神のテリトリーだと。
「俺たちが店と勇者のことをやってるうちに、二人は修行の旅に行きまくってください!あ、でも月曜に川口と福田の引越があるから、その後からのほうがいいかも…。」
「大丈夫だ。私たちも夜になったらここへ帰ってくる。」
へ?
ダンジョンに潜ったりするんじゃないの?
「聖女の固有スキルが更に進化したので、いつでも戻れるのだ。」
「そうなの!勇者かその血筋を持つものの協力時のみだった異世界転移が、単独でもできるようになったのよ。」
「やはり寝床や風呂は日本の家が一番だからな。」
ウンウンとしきりに頷いてるユーリ。
「できればトイレのたびに転移したいわ」
やっぱあれかー。
この日本の清潔文化を知っちゃうと、こたえられなくなっちゃうかあ。
特になあ、風呂とかトイレの水場はなあ。
「じゃあ、レベ上げポイントから自由に戻ってこれるんだね?」
「そうよ。でもイブは私がいないと行ったり来たりはできないから、私、ここに住もうと思うの。」
ここって、イブの家に?
「私から提案したのだ。それにその方が、渚も友達を呼んだりしやすくなるだろう?」
「はい…実は今も、家事代行サービスの人が来ていることをユーリに伝えに来たところでした。」
見知らぬ外国人の女の子を住まわせてると知られたら、問題になるかもしれないから─
「その点、私なら親族の子だの妹だのといっても不自然じゃないだろう?」
イブの日本での姿は金髪の英国人男性・エイヴ。
たしかに、俺に比べたら血縁者度数はマックスハートだ。
「わかりました。イブさん、ユーリをよろしくお願いします…!」
俺は川口と福田に報告すべく、イブの家を後にして自分の部屋に帰った。
紗絵さんが帰ったら、早速みんなでユーリの部屋のまるごと引っ越しを開始しなきゃだな。




