【93】自由な選択をしたらしい
ルージュバーで何杯かカクテルを飲んで、少しフワフワした感じになって帰宅した。
(エイヴはまだ少し一人で飲みたいようなので、先に帰宅させてもらった)
マンションに帰ると、福田がとっくに戻ってきている。
「ユーリちゃんほっといて飲みに行くなんて、どーしたんだよ〜渚ぁ」
と言われたので、女の子にフラれたからちょっとバー飲みしてきただけだよ、と正直に話した。
─ここで「イブと飲んでた」というと、それはそれでなんか言われそうだから黙っておこう…
「女の子に?!ちょっまっ、話聞かせて話!飲み直そ!」
にわかに元気いっぱいモードになった福田は、冷蔵庫をあさってベルギービールを持ってきた。
「あーっ、それ、なにかのときのために取っておいた、俺のお気に入りの奴じゃん」
「今がその、なにかのとき、だろ〜?渚にとってさあ」
言われてみれば、そうだ。
凹んだときのおまじない、ベルギービールのヒューガルデンホワイト。白ビール。
一口飲んで、その香りを鼻孔に通すだけで、幸せになってくる、独特の香り。
コップに注ぐと、薄い黄金色。
真っ白ではないが、白金なのでホワイトビールと言われるのだろうか。
─カクテルを飲んだあとだからチャンポンになっちゃうけど、少しくらいなら大丈夫だろ。
「よーし、のものも!」
「「いえーい!」」
「あ、ユーリはカルピスソーダだからね。」
ちぇーっ、と言っていたが、こればかりは仕方ない。
リビングルームで、ヒューガルデンを飲みながら福田とユーリに、今日までの梨亜との顛末を話した。
ユーリはさかんに申し訳ながっていたが、気にすることないと伝えた。
「誤解で壊れる程度の間柄だったってことだよ。」
「ユーリちゃん連れてさ、その女の子のとこ説明しに行ったりはしないの〜?」
「梨亜のバイト先に?それこそ恥かかせて嫌な気分倍増だろ。」
「私…私が一人で行ってくるわよ!それなら…」
決意した瞳でユーリが言ってきたが、俺はもう、梨亜にブロックされた事で凹んでなんかいなかった。
「そういうのはやめてくれ。もしそれで誤解が溶けたとしても、俺は相手の話をなにも聞かずにブロックする子と仲良くする気はないよ。」
俺はきっぱりと言い放った。
下手に復縁させようなんて動きをされちゃあ困る。
そもそも、梨亜とは付き合ってたわけでもなんでもないんだ。
「俺は…俺はさ、カッコつけて言うわけじゃないけど、しばらくは彼女とかそういうのはいらないかなって思ってきてる。なんか、それよりも自分のやりたい事や、いま与えられた力によってやれる事を突き止めたいなって。」
福田は、ウンウンと頷いてる。
「わかるー。彼女作っちゃうと、一日中繋がってなきゃいけないもんね〜。LINEとか途切れると心配されるだろからさ〜」
「うん、今は何があるかわからないし、異世界のことに巻き込むわけにもいかないから…」
ユーリはカルピスソーダを両手で持ち、少しシュンとなっている。
「なんか、ごめんなさい…二人にとっては不自由な状態なんじゃない?」
─不自由?
俺は福田と顔を見交わした。
不自由って、なんだろう。
自由なことができない、というのなら、現代人はみんな不自由だ。
いや、異世界の王様だって、ホテル・タラートの支配人やアペルだって、不自由だ。
恋人やパートナーの顔色を気にしてる人は、自由に選んだ結果そうなっているとはいえ、やはり不自由は不自由だ。
お金が手に入って、仕事に行かなくて良くて、好きな時にリゾートホテルに滞在してグルメを堪能することができる、どの国に行っても言語に困らない今の俺たちの状況─
これは、自由だ。
メチャクチャありえないほど自由なんだ。
だから、ユーリは俺たちを不自由させてるなんて思う必要はない。
俺たちは、魔王や邪神が現れるまで現実社会で金を使いまくって、のんべんだらりと死を待つことだってできる。
それに、ほっといたってそのうちユーリも、どこかにいる勇者とともに能力が覚醒して、勝手に世界を救ってくれるかもしれない。
神だって、きっと力を添えてくれるだろう。
俺は遠巻きに見てるだけだって、しようと思えばできる立場なのだ。
だって、もともとそのつもりで、父さんと母さんはお金を増やす袋だけを置いて、転生して消えたんだろう?
でも、俺は手助けすることを選んだ。
俺だけじゃない。川口や福田も「自由な選択」として、勇者と聖女に力を貸して、異世界を救おう、ひいては、現世界も救おうとしている。
仕事や勉強や、多くの「やらなきゃいけないこと」から開放された上で、自分から進んで選んだこと─。
「不自由じゃないよ。今やってるのはおそらく、俺たちが生きてきた中でした、生まれて初めての「自由な選択」なんだと思う。」
俺はユーリに、そう告げた。
ユーリはまだ少し不安げだったが、コクリと小さく頷いた。
「よーし渚、のものも!のんじゃおー!前祝いだ〜!ってハハハ、なんの?」
福田が、テンション上げてこモードで冷蔵庫からさらにビールを持ってきた。ついでに、ツマミも。
「飲んじゃお〜!語ろ〜!オレも語りたいこと色々あるし〜!」
俺たちの、過去のバイトや学校への愚痴、好きだったけどうまくいかなかった恋愛トークなどのぶっちゃけ話は、そのまま夜明け近くまで続いた。
翌朝──
夜通しかけて引っ越し荷物を梱包して、早めに終わらせて始発で戻ってきた川口が見たのは…
酔いつぶれてリビングソファで雑魚寝をしてる俺と福田。
そして、一人だとさびしいからかわざわざ布団をリビングに持ってきて、す巻き状になって床ですやすや寝ているユーリの姿だった。




