【91】どうやら俺はフラれたらしい
代官山から帰宅して、各自自由時間。
川口と福田は、一旦それぞれ自分のアパートに帰り、週明けの引っ越しのための荷物をまとめるそうだ。
「週末、また異世界に行くんだろーから、今のうちにまとめといちゃうよ〜」
ミニマリストの気がある福田は、もともとたいして荷物がないらしく、すぐまとめられそうだという。
「終電までには戻ってくるねぇ〜!」
数時間で引っ越し荷物がまとまるなんて、すごい奴だ。
一方、川口の方はゲームだの本だのわりと捨てられない荷物があるらしく、時間がかかりそうだから今夜は自宅で寝て、明日の夜までみっちり取り掛かるそうだ。
持ち金は、いったん俺の金庫に預けてある。
ユーリはというと、Seriaで買ってきた生活雑貨を部屋に配置しようと、まずは全部床に並べて眺めてみている。
ニヤニヤして幸せそうだったから、カルピスソーダの差し入れだけ渡してそのまま放っておいた。
俺一人、書斎で翻訳の仕事。
こういうのもなんだか久しぶりな気がする。
─ここんところ、みんなで一緒に行動することが多かったからなあ。
沖縄に行ってからというもの、異世界と現世界をいったりきたり。
一日の出来事が毎日濃密すぎて、沖縄で初めて転移した時から今まで一週間しか経ってないはずなのに、随分日にちが経過したような気がしてならない。
翻訳の仕事は、いつも通りまとめてドサッと送ってもらい、すばやくこなしてドサッと返すスタイル。
25日〆で先月の分のギャラが毎月1日に振り込まれる。
今月もらったぶんは先月初めて少しやったぶんだけなので、6万円だけ。
貴重な「外からのお金」なのですぐに引き落とし、そのぶんあらかじめ袋で増やしたお札を預金しておいた。
革袋で100倍に増やしたお金をまた増殖…というのはできない。
「外からのお金」じゃないと、革袋が反応しないから、振り込まれたバイト代は大切な増殖用の元金なのだ。
6万円だけ、といったが、革袋に入れると600万円になる。
それだけで普通に暮らすぶんには多すぎる額だし、もしも異世界で暮らすのならば物価が日本の10分の1ほどだから、元金6万円で豪邸が買えるだろう。
──こりゃあアレだな。何かの理由で日本に住みづらくなったら、革袋で増やした有り金全部をどこか絶対に掘り起こされないようなところに隠して、異世界に引きこもるのも悪くないな…。
俺のスキルは「異世界保有資産両替」だから、元金は異世界にないと両替できない。
一億円をアタッシュケースに入れて異世界にいったところで、金貨にかえることはできないのだ。
あくまでも、異世界から見た異世界、つまりこの日本に金がないとならない。
あ、この世界ならどこでもいいだろうから、別に日本じゃなくて外国でもいいのか。
まあ、外国にわざわざ大金を持っていって隠す方が不可能だろうけど。
夜9時半をまわった頃だろうか。
LINEの通知音がしたので、見てみると─
「あっ、梨亜からだ…!」
シュールなパンダが、ありがとうと言ってお辞儀をしてるスタンプが届いた。
俺はすぐに、ひさしぶり!と書いてあるスタンプを送る。
するとすぐに、梨亜から「電話していい?」とパンダが言ってるスタンプが─
もちろん返事のスタンプは「YES!」だ。
梨亜からのLINE電話をワンコール鳴らないくらいの速さで出る。
ちょっと焦りすぎてるか、自分。
「久しぶり、渚くん。お土産ありがとうね」
暗いとも明るいとも言えない、少し緊張してるような雰囲気の、梨亜の声。
俺はなるべく緊張をほぐすように、つとめて明るい声を出して返事をした。
「いやいや、こっちこそ職場に訪ねていってごめんよ!期間限定バイトのような事いってたから、辞めちゃうといけないなと思ってさ。」
「覚えててくれたんだね、その事。嬉しい。」
梨亜はまだ緊張してるようだった。
「あの、ね。私…メッセージくれてたのに返事しないでいてゴメンね。していいものか迷ってたから…」
「えっ、なんで?」
「…彼女さんに悪いかなって。」
彼女の声は小さくなっていっている。
「えっ、もしかして一緒にいた金髪の女の子のこと?」
「すごいきれいな子だったよね。日本語ペラペラで。」
「あの子は彼女じゃないよ。」
「え、じゃあ友達?」
んーと…
ともだち…であってる…よな?俺とユーリの間柄。
あまり深く考えたことなかったぞ。
なんせ半分母さんが入ってるから、なんとなくな感じで家族のような打ち解け方になっていてしまった…。
返答に困って少し間ができた、その時だった。
「渚ー!お風呂わいたよ。先入るー?」
ユーリの声が、ドアの向こうから響いてきたのだ。
「入らないなら私が先に入っちゃうよ〜!」
「いいよー!」
何も答えないのもいけないと思って、いいよとだけ答えておいたら、パタパタと風呂場に向かっていく小さな足音が聞こえた。
「…………。」
スマホに戻ると、梨亜が沈黙している。
「ごめんね梨亜、騒がしくて」
「…………。」
フォローを入れても、まだ沈黙している
あ、これ
ヤバいやつじゃね?
空気の重さがグラビデクラス。
時空魔法をかけられたような重苦しさだ。
「ね、渚くん…」
「は、はヒ」
梨亜が急に話しかけてきたから、思わず声が裏返っちまったい。
「こういう風にコソコソ話すのとかさ、もうやめよ…?」
「はえ?」
コソコソしてたっけ、俺…?
「渚くん、女の子の扱い手慣れた感じで、モテそうだけど─」
「いやいやいや、モテないよ!俺。」
それは大きな誤解だ。
女の子とはあまり緊張しないで話せる方だけど、モテたことはない。
梨亜と会う時、デートだデートだと気合を入れて用意周到にしすぎたのが逆に良くなかったのだろうか。
「渚くん、あの子のこと彼女じゃないって言ってたけどさ、ちゃんと遊びじゃなくて、彼女って認めてあげたほうがいいと思うよ…」
「えっ、ユーリの事?!いや、あの子はね─」
ユーリの顔が頭をよぎる。
漫画とかで見かける困った時のお約束、妹なんだ、とか従兄弟なんだ、が使えないレベルで日本人の遺伝子0%の容姿。
異世界から来た─言えるわけない。
実は母の生まれ変わりで─言い訳だとしても頭悪すぎって軽蔑されるだろう(事実なんだけど)
俺は完全にフリーズしてしまった。
こういうタイミングのフリーズは、相手にとっては「そうだ」と罪を認めたのと同じに受け止められるのかもしれない─
─それに気づいたのは、梨亜との通話を切ったあと。
LINEのメッセージがブロックされた事に、気づいた時だった。




