【90】パンケーキは全てを溶かすらしい
翌日、昼──
予定通り、俺とユーリ、そしていつもの護衛コンビ・川口と福田は、車に乗って近所の百円均一へとむかった。
車の運転は福田に任せて、後部座席でスマホを使って情報収集。
渋谷区はあまり大きな百均はなく、中でも恵比寿はスーパーの中に入ってるスタイルのだけ。
「数階建てのダイソー路面店かなんかがあったら、ユーリに見せたかったんだけどなあ。」
ユーリはというと、スイッチを入れた状態の魔力探知機・ペンギン君人形を手に持ち、窓の外を向かせている。
いないとは思うけど、万が一この世界に『魔力持ち』な奴がいないかどうかのチェックだそうだ。
「でも、私のお店のセールで使うアイテムは、お店では買わないんでしょう?在庫切れになると悪いからって…」
そう、異世界での在庫一掃セールで売るための商品や備品を、買うとなったらそこそこの個数買うと思うから─
「買い占めはやっぱいけないことだからね。通販で、在庫が豊富にありそうな物を買うことにするよ。」
だから百均はユーリへの「こんなのもあるよ」的な紹介程度で、メインの目的は美味い昼飯だ。
川口と福田も、おそらくそれが目当てだろう。
俺は目当ての店があったので、代官山に向かうように福田に頼んだ。
歩いても近いが、車なら我が家からあっという間だ。
「渚、代官山に百均なんてあるのか?美味い飯屋はありそうだが。」
助手席から、川口が振り返って聞いてきた。
「うん、代官山アドレスディセの中に、少し大きめのSeriaが入ってるんだ。」
「Seria、女の子の好きなデザインの小物が多いから、ユーリちゃん気に入りそうだよねえ〜」
「同じ階に有名なパンケーキの店が入ってるから、そこでランチかなって。」
実は今日、梨亜にお土産を渡しに、朝から恵比寿駅ビルのアトレへと一人で行ってきていた。
梨亜は遅番だとのことなので、ランジェリーショップのお店の人に渡しておいてもらうよう頼んできたのだ。
─ランジェリーショップの女性店員にプレゼントを渡す、謎の男─俺。
ちょっぴりストーカーの臭いがしなくもない…。
そしてそのことを梨亜にLINEで知らせても、相変わらず既読はつかない─。
なんで?俺が何したっての?
ユーリを連れて、下着買いに行っただけじゃん。
そしたらたまたま店員が、バイト中の梨亜だっただけじゃん。
俺と梨亜は、別に付き合ってる訳じゃないんだし、既読スルーされるほどのことなの?
ユーリが女の子だから?
じゃあ、もし連れてったのが川口とかなら、不機嫌にならないですんだってこと?
─って、男の川口を連れてそもそもランジェリーショップに行くことはないから、比較できないか…うん。
そんなことがあったので、少しだけ精神が疲れてしまっていたから、なんだか昼は甘いものが食いたくなっていたのだ。
パンケーキ食うぞパンケーキ!ワフゥ!
「なにっ、パンケーキで昼飯だと…ウゥ…」
川口には物足りなく感じるのか、不満そうな唸り声を出した。
「大丈夫だよ、ランチメニューは肉や卵のついてくるパンケーキのプレートがあるから、甘味だけじゃないよ。」
そう言うと彼は少し安心したのか、フムフム的な声を出して大人しくなった。
まったく、動物みたいな奴だ。
Seriaは予想通り、ユーリのお気に入りになったようだ。
「小さくて可愛らしい、部屋に飾りたいような物が沢山…その上、化粧品や台所用品に、シンプルな魔道具まである…!」
シンプルな魔道具というのは、おそらく懐中電灯とかそういうものを指してるのだろう。
「色々買ってもいい?渚。」
「いいよ。あれっ、こっちの世界のお金ってまだ持ってたっけ?」
「まだ沢山あるわよ。それに、このお店はとっても安いから、欲しいものは端から全部買えそうだわ。」
ユーリは目をキラキラさせながら、買い物カゴを持ってフロアを見て回り始めた。
今から新生活を始めます!と言わんばかりに身の回りの物を一通り買った彼女は、ホクホク顔で4袋も大袋を抱えて店から出た。
重そうだったので、力持ちの川口が持ってあげる事にしたようだ。
なにせ筋肉増強してあるから、百均袋4つどころか、それを持ってるユーリごと肩に抱えられそうなムキムキっぷりである。
パンケーキ屋では、ランチのチリビーンズとパンケーキのセットと、スクランブルエッグとパンケーキのセット、ハンバーグとパンケーキのセットなどを頼む。
とにかくなんにでもパンケーキはつきまとうようだ。
それプラスで、じゅわっと口の中で甘くとろける名物パンケーキを注文。これはデザートだ。
夏フェスの期間限定メニュー・柚子とクリームのパンケーキと、リコッタチーズのパンケーキも頼むぞ。
かなりのボリュームだが、余るということは無いだろう。
川口大明神がいてくれる。
みんなワクワク顔だ。
俺もそれに乗るぞ!
朝のちょっぴりショボくれた気分なんて、パンケーキのバターとともに溶かして飲み込んでやる!




