【75】異世界の宴は南国風
食事は、俺の部屋の真下。
一階部分が食堂になっているので、そこの一角を貸し切って食べることになった。
食堂と言ってもしょっぱい感じではなく、高級感漂う感じだ。
フロントと同じような高い天井には魔力で廻る扇風機、室内のところどころには観葉植物とランプが設えてある。
南面と北面に壁はなく、建物正面から裏側まで風が通る作りになっている。
中庭のプールの水面を越えて届く夜風が、ヒンヤリと涼しくて気持ち良い。
─建物の周りは塀で囲われてるとはいえ、この造りだと魔物や泥棒が入ってきたりしないものなのだろうか?
「崖の上だから安全なのかなあ…?」
俺は、プールと反対側の外を見ながら、呟いた。
剥き出しなので、外庭に植えられている南国らしい木々のむこうには塀が見える。
その外は、崖、そして下は海だ。
「それも多少は関係あるだろうが、一番の理由は結界が張られていることだな。」
イブが食前酒のマンゴーリキュールのようなものをちびちびやりながら、答えてくれた。
「結界が張られてるんですか?異世界のホテルは…」
「どこででもという訳じゃないぞ。要人が泊まるような高級ホテルや、貴族の館、王家に関係する施設などに張られているのだ。」
─貴族…王家…やっぱり、ここは異世界なんだなあ。
よくラノベで見かけるようなヨーロッパ風の町じゃないから、王様とかがいるのが想像できなくて、東南アジアの一国くらいに考えてしまっていた自分がいた。
「え〜、ここ割といい部屋で一泊5千円なんだよねえ?もしかして物価って安いの?渚ぁ。」
福田が興味津々といった顔をして、聞いてきた。
「まだ市場しか見てないけど、安かったよ。日本の10分の1くらいじゃないかなあ?」
「マジでー?!家買えるじゃん!」
福田の目がキラキラしている。
「日本で買うほうが安全なんじゃないか?治安に関しては…」
「日本でも現金一括払いで買えそうなら、買う予定だけどさぁ──」
と言って彼は、ニカッと笑った。
「──競馬競輪の儲けでね〜!」
「バイトはどうしたんだよ、福田。」
「辞めちゃったよ〜。」
「おう、おれも辞めたわ。」
川口も口を揃えた。
「マンションの契約が完全に済むまでは、無職になるわけにはいかんからやってたけどな。」
「オレもそーだよ。景気良くなったから人もバンバン雇えてるみたいだし、後任なんていくらでもいるもんなぁ。」
「うちもそうだな。人余りを起こしてたから、辞めたいと告げたらハイわかりましたよって感じであっさりポイだ。」
俺は黙りこくってしまった。
多分、青ざめていたと思う。
金を増やした事によって、二人の人生を変えてしまった事実を実感したからだ。
「そんな顔すんなって。渚のせいじゃないんだからさあ〜」
福田が俺の硬くなってしまった表情を見て、ヒラヒラと手を振った。
「仕事ってのはねぇ、お金があるんならやりたい事だけを考えればいーんだよ。」
「ウム、そうだぞ渚。金がないとバイトにしがみつかないとならないが、あるならば自分がやりたい事はなんだったか考える余裕が出るってもんだ。」
川口は、前菜として運ばれてきた甘辛い汁で絡めた蒸し鶏をバクバク食いながら、そう言った。
「渚のおかげだ。おれたちは感謝しているんだぞ。」
パクチーを歯に挟みながら、川口はニカッと笑った。
「万が一無職のまま一生を終えても、いーじゃん?そのぶんナニカの趣味はとことん極められるでしょ〜!アハハ」
福田もニカッと笑った。
─こ、こいつら、俺より「お金がある」って状況に馴染んでやがる…!
俺はお金が山程手に入っても、なんとなく先入観で「なんかの仕事にはついてなきゃ」とか「無職は嫌だ」とか思ってた。
でも結局、一生困らないほどのお金がある今となっては、仕事についているかどうかは社会の信用を得る為だけの存在でしかない。
ましてや異世界では、そんなこと─
「異世界だと、無職だろうと住所を持たない召喚された人間だろうと、力さえあれば巨万の富を築けるんだよなあ。」
俺は、酒を飲みながら呟いた。
「両親だって、元世界とは比べ物にならない程の財産も遺してるみたいだし─いっそ、こっちの世界で子育てしてくれればよかったのになあ。そうすりゃ俺も、もっと楽できたかも…」
「力さえあれば、だがな…?渚よ。」
イブが俺を見て、少し諭すような声で話してきた。
「えっ…?」
そこで、大きな料理がドヤドヤと運ばれてきたので、一旦話は中断となった。
「わーなにこれ!すっげぇ〜!」
小ぶりのスイカや南国のフルーツたちを包丁さばきで花や模様のようにカービングした大皿を中心に飾り、花を揚げた料理や、野菜と肉をバナナで包んで焼いたもの、鴨のような鳥とカラフルな野菜のカレースープ、魚のアクアパッツァなど、目にも華やかな料理が並ぶ。
そしてどの皿にも南国の花が添えてあった。
食べれるんだろうか?
先程までは深刻な顔をして俺の話を聞いていたユーリも、目をキラキラさせてご馳走をロックオン。
どれから手をつけようかな〜状態だ。
川口と福田に至ってはもはや説明不要。
皿が置かれるなり、ほうほうウムウム言いながら、つまみ始めた。主に肉から。
酒も、どんどん運ばれてくる。
マンゴーだけじゃなく、色々な果物の酒と、花の酒(!)
花を食すること自体が、もしかしたらバザルモアでは高貴な愉しみなのかもしれない。
プールサイドに篝火が焚かれ、楽団が演奏を始めた。東南アジアの古典音楽を思わせるような曲調だ。
金色の装飾品で着飾った踊り子のような女の子が数人出てきて、ダンスを始めた。
「すげ〜、まさに宴って感じになってきたじゃん、これ〜!」
「おう、ふしぎ発見でしか見たことなかったぞ、こういう伝統舞踊みたいなのは。すごいな。」
「さあ、我々も食べて、飲もう。渚よ、難しい話は後でもできる。」
イブが、フォークを手にして微笑んだ。
「支配人が用意してくれた宴席だ。たっぷりと楽しもうじゃないか。」




