【74】異世界で俺を知る者
「宿泊、4名追加でお願いします。」
俺はホテル・タラートの受付で、同行者全員の宿泊費の前払いを申し入れた。
別に帰ろうと思えば就寝前には日本に転移できるのだが、部屋を利用する限りは利用費を払わないといけない気がするので…
─てかね、せっかく来たんだから、みんなにもこのホテルの美味い飯を食わせてあげたいんだよね。
宿泊費さえ払えば、飯を食おうが風呂やプールに入ろうが途中で帰ろうが、自由に過ごせられる。
フロントは、いつもの若者と初老の従業員が立っていた。
俺が「別の街へ行ってくる」と言って一週間お暇したかと思いきや、いきなり沢山仲間を連れて泊まりに来たからビックリしてやしないだろうか。
「クワノ様はまだ3週間分の宿泊日数が残ってらっしゃいますね。お連れの方々は、一泊だけで構わないでしょうか?」
「はい。もし連泊したくなったらまた伝えます。」
「承知いたしました。お部屋のグレードはどうなさいますか?」
「自分の部屋と同じような部屋で。」
結局、最奥にデーンと広く構えてある特別室は1つしかないそうなので、右ウイングと左ウイングの側の一番奥にある、広いツインの部屋をそれぞれ借りることとなった。
川口と福田が右ウイング、イブとユーリが左ウイングだ。
価格は一泊あたり、二人セットで銀貨1枚。
──一人当たりは5千円ってとこか。日本でいったら安めのビジネスホテルだな。
これで3食食事がついてくるなんて、圧倒的にお得じゃないか…!異世界の高級ホテルって。
「渚ぁ、ここホテルなんだよね…?すっごい綺麗じゃん!」
「ウゥム、随分高そうだが、大丈夫なのか?」
川口と福田は、宿の人と俺が異世界の言葉で話しているため、何を話しているのかはわからないらしい。
周囲をキョロキョロと見て、中庭のプールを見て「おおーっ!」と言っている。
「心配いらないよ。一人5千円食事付きだから。」
「なにっ!見かけによらず安いな。」
「え〜っ、それならオレ、ここでずっと暮らしたくなっちゃうよぉ〜。ホテルなら掃除やベッドメイキングもしてもらえるわけでしょ〜?」
うん、その気持ちはわかる。
元世界だと、たとえ高級マンションで暮らそうとも、掃除洗濯などなど自分でやんなきゃいけない事多いもんな。
「フフ…心地はいいかもしれんが、ひとたび外へ出たら暴漢や魔物の心配をせねばならんぞ?こちらの世界だと…」
イブが微笑みながら、二人に忠告した。
「もっとも、国によっては君たちの世界でもじゅうぶん危険だけどな。日本が格別、安全すぎるのだ。」
「そっかぁ〜、そうだよね…日本じゃないもんね。ここ。」
「ウム、それにしても、モンスターと戦わねばならないのか…」
ゲーム好きの川口は、なんだか恐れつつもワクワクしたような気配を出している。
─腕試しに街から出てみよう、なんてよしてくれよ?俺達は生活魔法1つ使えないんだし…
「ああ、君たちにこれを貸しておこう。」
イブは、自分の指にはめている翻訳の指輪を抜き取り、川口に手渡した。
そして自分になにやら呪文を唱えて魔法をかけた。
イブの体が一瞬金色のオーラをまとった感じになり、すぐに戻る。
「…これで私は、指輪がなくとも君たちの言葉がわかる。」
「翻訳の魔法をかけたんですね?」
ユーリが感心したような声を出し、イブに聞いた。
「そうだ。こちらの世界の私には、魔法のかわりとなるアイテムは必要ない。」
─そうか、異世界に来たからイブは魔法が使える状態になったのか。
勇者とともに魔物討伐で名をあげた実力者な訳だから、さぞかし恐ろしい大魔法も使えるんだろうな…。
「あ、あの…あなたはもしや、イブ様では─」
振り返ると、初老の方の従業員が緊張の面差しで話しかけてきていた。
「いかにも。」
と、イブが答えると、
「い、今、支配人を呼んでまいります!!」
と言って、彼はフロントの奥に走り去り、まもなく長い白髪を後ろでみつあみにした温厚そうな老人を連れてきた。
上質な白いクルタの上から、金糸で飾りの入ったエンジ色のロングベストを着ている。
彼の立ち居振る舞いや服の仕立ての良さから、身分の高い人なのだということが伝わってきた。
「おお…おお…大魔導師イブ様ではないですか!」
老人は、驚きを隠そうともせず、震える手でイブに握手を求めた。
イブは彼の手を握ると、
「久しいな、支配人。」
と微笑みを浮かべた。
「あの大きな戦いの暫くあと、勇者様、聖女様といらした時から、もう──二十年ほどたっていますでしょうか。またお会い出来るとは…」
「あれから私は、この国を去ってしまったからな。」
「元々、イブ様はバザルモアの方ではない、船でいらした方だとお聞きしておりましたが─お国に、帰られていたのですな。」
「ふふ、まあそんな所だ。ところでだ─」
イブは茶を濁すように話を区切った。
「今日は勇者の子とともに来ておる。勇者・ケースケの息子だ。」
そう言うと、イブは俺の肩にポンと手をおいた。
支配人は目を見開き、
「おお…おお、そうだったのですか!」
と、俺の手を両手で握った。
「あの小さなお子が、こんなに大きくなって─」
えっ、俺の事知ってるの?おじいちゃん…。
このホテルに親と来た事がある断片的な記憶は、やはり本当だったんだな。
二十年前って…俺が4歳かそこらの頃か。
「特別室にお泊りになってるクワノ様が、勇者様のお子だったとは…お顔立ちがお父様とは違う感じなので、気づきませんでした。申し訳ない。」
「申し訳ありませんでした!」
なんか、フロントのおじさんと若い人も一緒になって謝ってる。
いいのにそんな、気にしないで下さいホント。
俺だって、親が勇者だって知ったのつい最近なんだから…!
「是非、旅のお仲間とともにこのホテル・タラートをお楽しみくださいませ。最大限のサービスをさせていただきます。」
そう言うと、支配人は従業員の方へ振り向き、
「特別ディナーの用意を!!」
と指示を出した。
あーっ、なんか申し訳ないよそんな。
このホテルで出る普段の食事でも、じゅうぶん贅沢なご馳走なのに…
それにしても、勇者の息子だって言ってしまっていいのかな?
隠しておいたほうがいいかと思ってたんだけど─
イブの方を見ると、支配人の後ろ姿を見つめながらなにか考えている様子だ。
なにを考えているんだろう?彼女は─




