【73】「異世界へ転移!」
「全く思い出せません…ごめんなさい」
ユーリはゆっくりと目を開き、困惑した表情で頭を横に降った。
魔女イブは、少し残念そうに目を伏せた。
「まあ、仕方ない。まだ転生して間もないだろうからな。その内、思い出すだろう。」
「イブさん、俺の親の隠した宝ってのは、見つけ出さないとヤバいものなんですか?」
俺は、彼女に聞いてみた。
急に財産…っていうかその隠し宝の相続人みたいになっちゃったけど、もし誰かに盗られた時、この世の破滅になるくらいのアイテムがあったりしたら笑えない。
「まずいといえばまずいが、簡単に誰かに見つけ出されるような場所には隠していないと思うぞ。むしろ─」
イブは、ユーリをチラリと見た。
「厳重に隠されていると思う。転生した聖女自身でも『記憶』にロックが掛けられているほどなんだからな。」
「なにかのきっかけがあれば、思い出すんでしょうか…?」
「わからんが、可能性は高いな。」
ユーリは、決心した顔でイブの顔を見上げた。
「あの…イブさん…!」
「イブでいいぞ、聖女よ。」
イブは懐かしむような、優しい表情でユーリを見下ろした。
「イブ─私、強い魔法を使えるようになりたいんです!」
「ほう?」
これは意外…という顔をして、イブがユーリの顔を見つめた。
「転生聖女は、魔法が使えなくなっている、と…?」
「少しなら使えるんです。生活で使う魔法くらいなら…それもやっぱり、記憶にロックがかけられているからなんでしょうか?!」
「ふむ……戦闘経験は?」
「ほぼした事ありません。」
「では単にレベルが上がってないだけ、という可能性もあるな。前の聖女・ユーコは、より強い魔法が使えるようになる為に魔導師の娘である君に転生した訳だから、強くなる事こそあれ、使えなくなることはないだろう。」
「そうなんですね…でも、戦闘は……」
ユーリはまだ不安そうである。
イブは、そんなユーリの頭をポン、と手で叩いてフッと微笑んだ。
──くっそ、イケメンは美女になってもイケメンの仕草が出るのか。
いや、本体はイブの方なんだから、元々の性格が女性だけどイケメンなのか?
ああ…なんだかよくわからなくなってきた…。
「異世界にある私の研究室で修行をしたら、弱い魔物と戦闘するのの何百倍も早くレベルアップするだろう。安心しろ。」
「異世界の─でも、あなたはもう戻れないんじゃないの…?」
「一人ではな。なにせもう戻らないつもりで、エイヴに帰還のための巻物を使ったのだが、聖女となら──」
「「?」」
「渚よ、君のステータスには異世界転移について、なんと書いてある?」
「えっと──」
俺は念の為、自分のステータス画面を開いてみた。
異世界で初めて体験した、頭の中に文字の羅列した画面が表示される感覚。
なんだ、こっちの世界でも開けるんだな。
【クワノ ナギサ】24歳
【職業】勇者及び聖女の息子
【レベル】2
【固有スキル】異世界保有資産両替、異世界転移(勇者か聖女の協力時のみ発動)
「異世界転移(勇者か聖女の協力時のみ発動)って記されています。」
イブは、ニコッと笑った。
「私のステータスも、同じことが書いてあるのだよ。」
俺とユーリは、互いの顔を見合わせた。
「パーティーメンバーとして勇者か聖女に認められた者は、共に異世界へと飛べるのだ。その結果、私はこうしてこちらの世界に住むことにしたのだから。」
そうか、そうだったのか。
じゃあ、俺が小さい頃親と一緒に異世界へ行ったことがある断片的な記憶の時にも、イブはそこにいたのかもしれない─
─って、何歳なんだ?イブって。
開いちゃいけないブラックボックスな気がするぞ。そこに関しては。
「渚の場合は特別だが、まあ、パーティーメンバーは勇者と聖女の─お供といった所だな。ボディガードみたいなものだろうか?」
イブがそう言ったのを聞き、俺はバッ!と後ろを振り返った。
川口と福田が、フムフムなるほどなあ〜という顔をして、話を聞いて立っている。
─もしかして、こいつらも…。
「あの、試しに今から異世界に飛んでみませんか?」
俺は、イブに提案してみた。
彼女は嬉しそうに、ポンと手を叩いた。
「もちろんいいぞ!異世界のどこへ連れて行ってくれるのだ?」
「ワープポイントは、おそらくバザルモア王国のホテル・タラートです。…いいよね、ユーリ。」
「いいわ。」
俺とユーリの間にイブを挟んで、手を握った。
そして─
「おっ?おい、何だどうした、渚…」
俺は空いてる方の手で、川口の手を握った。
川口は心底びっくりしてるようだが、気にしない。
ユーリは、空いてる手で同じように福田の手を握った。
「お前ら、絶対手を離すなよ!」
「いくわよ、せーの…」
「「異世界に転移!!」」
俺たちは真っ白な空間に、飛んだ。
数十秒か、0コンマ1秒かわからない時間の感覚が襲ってきたあと、白い靄がさあっと晴れた。
辺戸岬で体験したのと、同じ感覚だ。
そうして俺たちは、ホテル・タラートの客室に突如として姿をあらわし、またもやルームメイドのアペルを驚かせてしまう事となったのであった。




