【72】異世界資産両替は可能らしい
英国紳士の姿から、見目麗しい美女の姿に変身したエイヴ──魔女イブは、蠱惑的な微笑みで俺を見つめた。
「渚と初めて会った日の前日、私の固有スキルである『予知』が働いた。突き動かされるような衝動にかられてこのマンションを見つけ、気づけば不動産会社に電話をしていたのだ。」
固有スキル─
俺とユーリにもある、魔力を必要としない特殊能力。
いわば「特技」みたいなもんだ。
俺は資産を異世界の金貨に両替できるもので、ユーリは聖女の治癒みたいなやつ。
─この人の場合は、それが予知能力なのだろうか…?
「ここのロビーで渚に自己紹介をされた時、もしかして…と思いはした。勇者と同じ名字だったからな。しかしまだ確証は持てなかった…」
イブは、ユーリに目をやった。
「だが聖女よ。あなたの姿を見た時、私はこちらの世界の人間ではないと推測し、試してみたのだ。そして、推測は確証へと変わった─」
─ユーリに異世界の言葉で話しかけてきた時、やはり通じるかどうかを試していたのか…。
「ところで、君たちの固有スキルは何だ?」
「私は、他人の怪我を治すこと…みたいです。」
ユーリが答えた。
「聖女はそうだろうな。転生前の聖女、ハラダユーコもそうだった。」
そこでちらっと俺の方を見ると、
「おっと…ユーコは勇者ケースケと結婚して、クワノユーコになったんだったな。」
─クワノは勇者の名字、そして聖女はハラダ…母の旧姓。
イブと異世界で旅をしていた時はまだ結婚前なので、母は旧姓を名乗っていたんだよな。
「あの、俺は…そのう、貨幣を両替するのが固有スキルです。」
ユーリの後だと、なんかショボい能力みたいで口に出すのがマジ辛い。
「へ?渚、そんなスキル持ってたの〜?なにそれ、海外旅行した時便利じゃん」
「レートはどうなってるんだ。」
福田と川口が興味を持って聞いてきた。
「いや…異世界のお金だけなんだよね、これ。だからあっちに行った時、こっちの金庫のお金を金貨に変えられるっていう…」
「へえ〜!じゃあ、あっちでの資産をこっちのお金に両替する事もできるんだ?!」
「ハハ…あっちにはまだちょっとしか滞在してないから、資産も何もないよ。」
イブが、ツツ…と近寄ってきて、俺の前に立った。
俺と身長がかわらないので、目線の高さも同じくらい。
まっすぐ正面から金色の美しい瞳で見つめられると、ついドキッとしてしまう。
「渚、この世界でスキルを開いた事は?」
「えっ?ないですが…」
「試しにいま、開いてみてもらえるか…?」
まあそうか、ユーリもイブも固有スキルを使えるってことは、やってなかっただけで俺も出来るってことだよな。
「勇者と聖女が転生完了したとなると、前世で持っていた資産が君に受け継がれている、もしくは共同管理になっている可能性が高い。きちんとどこかで保管されていれば、の話だが…」
父さんと母さんの資産が俺に…?
嘘で言ってた「祖父の遺産を相続して云々…」じゃなくって、これこそ本当の遺産相続だよな…。
「やってみます。─異世界の資産全て、両替させてくれ!」
バザルモアでやった時と同じように、バッ!と、頭の中に計算機の文字盤みたいなのが表示された。
俺にしか文字盤は見えないから空中に向かって叫んでる感じになっているので、横で川口と福田は「なんだなんだ?!」という顔をしてこちらを見ている。
出てきた数字は─
「んぁ…ふぇえ?!」
か…数が…多い…?
なんの金額だ、これ。
「いちじゅーひゃくせんまん…」
1051603516
「10億5160万3516円…」
「単位は円じゃないぞ、渚よ。」
ん?
「金貨10億5160万3516…枚」
ナニコレ
ナニコレナニコレ何これ
金貨1枚が10万円だから…
「に…日本円に両替するといくら?!」
俺が震える声で問うと、頭の中の文字盤の表示が変化した。
金貨10億5160万3516枚
↓
105兆1603億5160万円
「ウップ…オエッ…」
吐きそうになって、思わず膝をついた。
日本の国家予算超えてねーかこれ。
「ど〜したんだよ?!渚ぁ」
「気分が悪いのか?!」
川口が心配して、肩を支えて立ち上がらせてくれた。
「ひゃ、105兆1603億5160万円でした…」
イブに告げると、川口と福田の口から「ヴォッ…」という低い驚きの声が漏れた。
「やはりな…」
イブは腕を組んで、思案顔で言った。
「君が財産管理者になっているようだ。多くて驚いたかもしれないが、それは金貨にしたら価値はこれくらい、という額にすぎない。」
「えっ…どういうことでしょうか?」
「おそらく現金化していない宝のほうが多いかと思われる。資産全部、ではなく『現金』で聞いてみるといい。」
「わ、わかりました。現金のみ日本円に両替!」
頭の中の計算盤が、
金貨3516枚
↓
3億5160万円
と表示された。
「3億円…よかった…普通の額で。」
俺はまたどこかの蔵に溢れんばかりの金貨が入ってるのかと思って、恐ろしくなってしまっていたよ…。
「ウーム…全然普通じゃないが、国家予算並の額を言われた後だと安心な数字に思えてくるな」
「オレも…。オレたちの感覚もおかしくなってきてるのかなぁ…」
川口と福田が、額から冷や汗を垂らしながら、そう言った。
イブは、俺とユーリの顔を見て、財産の説明を続けた。
「魔物を倒したりダンジョンで発見したりして手に入れた宝物はすぐに現金化したりせず、基本的にそれぞれの『アイテムボックス』に入れてあった。傷まないし、重さを気にしなくていいからな。もっとも─」
彼女はくすっと笑った。
「勇者がもし討伐で得た宝を全て金貨に変えて所有しようとしたら、あちらの世界の経済が壊れてしまうだろう。それも考えて、宝物の姿のままで手を付けずに保管していたのだと思うぞ。」
アイテムボックス─
なろう小説でお馴染みの、基本的に無限に物を入れられる、四次元ポケット的な脳内(?)の整理ボックスだ。
「聖女はアイテムボックスがなかったので、勇者が一緒に持っていたが、結婚したことにより二人の共同財産となった。だが─」
イブは、ユーリを見つめた。
「日本へ帰る時、身につけられるものいくつかと、特別に神に願った物くらいしか持っていけなかった筈なので、異世界のどこかに保管していると思われる。」
ユーリは先刻から目を瞑り、何かを思い出そうとしているようだ。
「聖女よ…転生前の記憶の中から思い出せはしないか?なにか断片でもいい、思い出してくれ─」




