【66】お金稼ぎ・SIDE川口&福田
川口と福田は小雨の降る中、場外馬券場へ来ていた。
渚の魔法の袋で手持ち金を100倍にしてもらったら、かつて触れたこともないくらいの大金─一人約500万円ずつに、化けた。
ちょうど旅行最終日だったから、二人それぞれ5万円ずつ財布に入っていた。
渚頼みの旅とはいえ、もしもなにかあった時にたてかえられるようにと一応用意しておいたのだ。
おかげで、一気に100万円の束5つを手にする魔法体験ができた。
さてその金を何に使うか─
川口と福田はLINEで話し合った結果、「安全なギャンブル」をしてみようと言う事になったのだ。
「渚が、稼いだ金じゃないと増やせられないっていってたよな。」
「そーだけどさぁ、だからって競馬〜?稼ぐ内に入るのかなあ、これってさあ…」
「ウム…わからんが、試してみよう。」
「パチスロとか、身近なギャンブルじゃ駄目なのかよ〜?」
川口は頭を横に振った。
「パチスロは全部無くなる可能性を持つ。が、競馬なら端から順に全部の馬にかけても、どれかは当たる。」
「当たったやつの配当が多くても少なくても、渚に100倍にしてもらえりゃマイナスにはならない、って訳かぁ…」
「そうだ。それに競馬だって、案外身近なギャンブルだぞ。今日は馬券場まで来てみたけど、普段はスマホで買えばいいんだし。」
「オレは断然スマホかなあ〜。今後もやるとしたら。」
「誰かと一緒なら競馬場に行くのも楽しいぞ。」
川口が場内を見渡してそう言った。
感染症がなくなったからか、かなり混んでいる。
「川口さあ、競馬なんてやる人だったんだね〜。いつの間に覚えたの?」
「前につき合ってた人が競馬好きでな。連れてきてもらって覚えた。」
「へえ〜!年上?」
「ウム…。」
「オレはまた、ウマの娘たちがレースするゲームに感化されて始めたのかと思ったよ〜。」
「ハハハ…あれはやっていないぞ。」
「川口、ゲームは好きだけど美少女ゲームへの興味ゼロだもんね〜、昔から…」
それ以上聞かないでほしそうだったから、福田はそこで会話をやめた。
ちょうどレースも始まる頃だ。
ふたりとも、全部の馬に10万円ずつかけてみている。
「全部に単勝狙い」だ。
12頭で120万円かかる。
もし倍率が2倍の馬が勝ったとしたら、20万円の儲け。
倍率10倍の馬が勝ったとしたら、100万の儲けだ。
どちらであっても本来なら損をするから、絶対にやらない買い方だろう。
だがそれを、もし「自分で稼いだ金」と認定され、お金が100倍になる袋で増やしてもらう事ができたら─
「倍率2倍で買って20万円手にしたとしても、渚の袋に入れれば2000万円になるかもしれないのかあ…うわぁ〜意味分かんない…!」
「もし袋が反応してくれなくて無駄遣いになったとしても、まだ400万円も残ってるんだ。問題ない。」
川口は鞄をポンと叩いた。
「川口─まさかと思うけど、持ち歩いてるの?!」
「ウム。」
福田は目を丸くした。
「そっ、そんな金額持ち歩いて怖くないのかよ〜?!」
「空き巣のほうが怖い。銀行に預金できたら楽だが、通帳に記録を残す訳にもいかんしな。」
「それはまあオレもそうだけどさ〜…。金庫買ったよ、オレ。」
「それごと盗まれたらどうする。」
福田はウ~ンと考え込んでしまい、手に持ってる烏龍茶をゴックゴックと飲みほした。
「─それにしてもこのお金さあ、どこから捻出してるんだろうねえ?神様がくれてるんだとしてもさ…。」
「渚は、焼失したり水没したり、なにか無駄になって消えてしまったお金を蘇らせて、まわしてるんじゃないかって言ってたぞ。」
「それならいいけどさぁ、誰かから盗んでるとかじゃ困るよねえ。ニセ金っぽくはないからさあ」
「どうなんだろうな。さあ、始まるぞ。」
レースの結果、天候のせいか予想を大きく裏切る荒れた結果となり、倍率100倍の馬が1位をとった。
「あれ?嘘ぉ、ヤバくない?これ…」
「ウム…!ヤバいぞ…!」
1000万円。
二人にとって、未知の世界だった。
「福田、窓口に行って換金するぞ。」
「えっ…まさかこれ、現金手渡しじゃないよねえ?!振り込んでくれるとか、そういうのでしょ…?アハハ…ハ…」
川口は、汗を垂らしながら広角を少し上げ、ニッ!と硬い笑顔を作った。
「現金だ。振込みはない。」
福田が小刻みに震えていたのは、雨に濡れたからでもクーラーが寒いからでもない。
川口は額も背中も、汗でびっしょり濡れていた。
二人が緊張しているのは、いま1000万円を手にするからというだけではない。
それが、渚の魔法の袋の力でどれだけ大きな額になってしまうのか、気づいたからだ─
「川口ぃ…これはもう、鞄に入れて持ち歩くってわけにはいかなくなったんじゃね〜の…?」
「ウム…しかしお前こそ、家の金庫に入れておけば安心という額でもなかろう。」
「安全なギャンブル─って言ってたけど、帰り道が安全じゃなくなっちゃったよぉ…」
二人はお互いの顔をジッと見て、しばし沈黙した。
周りから見たら、あいつらなにを見つめ合ってるんだろう、と思われたことだろう。
川口が、口を開いた。
「引っ越しまで、待てんな。」




