【58】家飲みしながらお金の話をするらしい
革袋の力によって、全員大金を手にした、今。
外で飯を食っても、異世界についての突っ込んだ話ができないから家打ち上げをする事にした。
(まあ、もし外でしても周りのテーブルから冷ややかな視線で見られるか、ラノベの話でもりあがってると思われるかが関の山だろうけど。)
家の冷蔵庫にはビールとちょっとしたツマミくらいしか入ってないから、デリバリーピザとUberを駆使して色々注文する。
川口も福田も大食いだから、ピザだけだときっと物足りなくなることだろう。
しばらく後、Lサイズのピザ3枚と、近所にあるモンスーンカフェからUberを使ってのデリバリーが届いた。
モンスーンカフェは、東南アジア風が売りのアジアンレストランで、料理はタイやインドネシアのメニューが多くとても美味しい。
─東南アジア風の料理なら、バザルモアに転移すればいくらでも食べられるけど…こっちでユーリに食べさせてみたかったんだよね。
センターテーブルにぎっしり並んだエスニック料理の数々、そしてどデカいピザを見て、大金が入ったショックで頭がグルグルしていた川口と福田も正気に戻れた。
「オーッ、うまそうだ!」
「そーいえば腹減ってたんだよねぇ〜!」
ユーリはフローリングの床に座り、ピザを物珍しそうに眺めていたが、手にとって匂いを嗅いでみるとなにかの記憶の扉が開いたようだ。
嬉しそうな顔をして一枚、もう一枚とかぶりついた。
俺はパッタイを食べて、ビールを飲む。
あ!と気づいて、小皿にパッタイとガパオライス、生春巻きを取り分けてユーリに手渡した。
なに?という顔をしていたが、匂いをかぎ、箸で口に運んでみると、
「あ!これ私の世界にもある味…」
と言って驚いていた。やはりそうか。
「異世界って、東南アジアっぽいのか?」
ガパオライスをがっついて食っていた川口が、ユーリの言動に興味を持って聞いてきた。
「私の国、バザルモアはそうなのかもね。でも他のタイプの国もあるそうよ。」
「ユーリちゃん、他の国行ったことあるの〜?」
福田からの質問に、ユーリはピザをもっしゃもっしゃと食べながら「んー…」と考えたあと、
「船に乗って他国の人が来るのを見た事はあるけど、自分が行ったことはないわ。でも─」
俺の顔をちらっと見る。
「前の『聖女』の記憶の中には、あるわ。」
それは俺も、母さんの遺した手記で読んだ事がある。寒い、雪の降る北の国や、砂漠に囲まれた国…それぞれ気候の違う国での過ごし方が記してあったっけ。
─異世界の他国も行ってみたい…けど、文明があまり発達してない世界で海を渡るのは、ちょっと怖すぎるなあ…
「渚のさぁ、お母さんが入ってんだよね?ユーリちゃんの頭ン中…」
福田が、俺と彼女を交互に見る。
「渚のことみてさぁ、お母さんゴコロとか出ないの〜?」
─うっ、そのへんどうなんだろ…あまり考えないようにしていたのに、福田のヤツ突っ込んできやがって…。
「私自身は15歳ですし、恋愛感情すら未経験なんで、お母さんの感覚とかはよく分からないんですが─」
恋愛、したことなかったのか、ユーリ…。
なんだか親近感を持ってしまった。
「─ただ、渚のことはなんだか暖かいような、前から知ってるような感じで思えます。やはりこれも、記憶のなせる技なんでしょうね。」
「それは俺も同じようなことを思ってるよ。」
俺は素直に、ユーリに告げた。
「出会ったばかりなのに家族って感じ…?一緒にいても疲れないし…」
「聖女マジック、なのかもしれんな。」
川口がガパオライスをぺろりとさらいながら、言ってきた。
そしてなぜか、急にもじもじし始めている。
「ところでだな、渚…その…さっきのあれをだ」
「?なに?さっきのって…」
「革袋をだな、使わせてくれんか。」
聞いてみた所、福田が持ち金全部交換したのが羨ましかったらしい。
「なんだそんなことか。いいよ。」
「すまんな。ウム…おれも一万円だけじゃなく、せっかくだからやっておけばよかったって思ってしまってな」
金庫から革袋を持ってきて川口に渡すと、財布から5万2千と小銭をいくつか出して、中に突っ込んだ。
中から、100万円の束を5つと27万いくがしを取り出し、ウオー!と再び声を上げる。
「なくなる時がきたら、また使いに来いよ、二人とも。ただし、今日増やしたのとは別のお金でね。」
俺は、増やしたお金はまた増やすことはできないこと、増やしたお金で買ったもののお釣りの金もまた、増やせられない事を説明した。
「まるまる新しく入手した金じゃないといかんのだな。給料とか。」
「そう。振り込まれた額を引き落として、この袋で増やすんだよ。」
「ウーム給料か…銀行のも入れたらすごい額になりそうだ。保存場所に困りそうだぞ。」
「俺もそれを思って、ここに引っ越してきたんだ。最初に勢い余って沢山増やしちゃったから…。全部金庫に閉まってあるよ。」
1億円。
あ、異世界で100万円両替したから、9900万円か。
「金庫?銀行には預けないのか。」
「預けない。入手不明金だから数字としての証拠は残さないほうがいい。二人も、今日の金は預金したりしないでタンス貯金な。」
「ウーム、確かにそうだな…!」
あまりに大きすぎる買い物─土地とか、家とか、そのクラスの額の車とか─は、目をつけられやすいから避けたほうがいい、との説明もした。
「ってことはぁ、ちょっと富裕な一般市民ができるくらいの範囲で、支払いは基本的にタンス貯金からニコニコ現金払いにすればいい…ってことなんだよねぇ?」
福田が聞いてきたので、俺はコクリと頷く。
「タンス貯金か〜…オレのアパートのタンスじゃあ防犯上の不安が残るなぁ。安アパートだからユルユルでさぁ…」
「ウム、おれのところもそんなもんだぞ。さっきのも合わせてすごい金額になってしまったから、持って帰るのも恐ろしい。」
「オレもー!せっかくお金あるから大判振る舞いで、タクシー呼んじゃおうかな〜って思ってるんだけどさあ…。」
川口と福田に、一階のコンシェルジュがタクシーを手配してくれることを話すと、二人は「ふへぇー…」みたいな吐息を漏らした。
「本当に便利だよねぇ、このマンション。防犯のセキュリティも凄いし…」
「ウム、ここに住めたら安心だろうなって思うぞ…。」
そこまで黙って聞いていたユーリが、突然にっこりしながら口を開いた。
「じゃあ二人共、引っ越してきたら?」




