【57】お金倍増体験をさせるらしい
羽田空港の駐車場に停めてあった俺の車に、俺、ユーリ、川口、福田の4人で乗り込む。
ユーリは恵比寿の俺のマンションで寝泊まりする予定だが、川口と福田も「異世界の魔法のアイテムが見たい」というので、同行する事になったのだ。
「この目で見ないことにはさぁ、やっぱ実感しにくいよね〜。」
「ウム、まあ渚を信じてないわけじゃあないんだが、ただ単純にファンタジー体験をしてみたいというのはある。」
もうすぐ夕飯の時刻だから、せっかくなんでみんなで『沖縄旅行お疲れ様飲み会』を開くのもいいかもしれない。
腹も減ってきたことだしね。
「魔法の指輪だったら、常につけてるから今すぐにでも体験できるよ。」
俺は信号待ちをしている時に、翻訳の指輪を指から抜き取って福田に渡した。
車内のBGMはフレンチポップスのボサノヴァ。
歌はもちろんフランス語。
うん、このままかけておくのでいいな。
福田は「?」という顔をしていたが、指輪を指にはめるなり、
「ハア〜?!な、なんだこれぇ〜!!」
と叫んだ。
そして指から外したりはめたりして、変化を確認している。
「えぇ〜っ、なにこれオモロ…フランス語が日本語になるんだぁ。他の曲もなんかかけてかけて渚〜!」
俺は例によって、翻訳されると
「♪俺は天才〜、天才〜」
になるLSDの曲をかけた。
福田はブッハッ!と吹き出し、その様子を見て川口が目を丸くした。
もちろん、その後福田から指輪を渡された川口も、同じ運命をたどる事となったのだった。
恵比寿のマンションに到着するまで、K-POPだのインド映画の曲だの、様々な国の歌をかけてみて、彼らはどれもキチンと翻訳されてしまう事を楽しんだ。
「国によってさぁ、メチャクチャ早口な歌詞になるのなんかジワるんだけど、言語の長さの違いかなあ。」
福田が笑いすぎて出た涙を指で拭いながら、俺に指輪を返してきた。
「わかる。俺も最初色々聞いてみたとき、同じこと思った。」
俺達はマンションの駐車場で荷物を降ろし、エントランスホールに足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ。」
コンシェルジュのお姉さん達がお辞儀してくる。
ああ、帰ってきたんだなあ。
ポストの中の留守中の郵便物は…後でいいや。
まずは自室に入って、落ち着こう。
「渚はホテルに住んでるの?それともお城?」
ユーリは驚いて、キョロキョロと見渡していた。
「まあ、このマンションはホテルと間違えてもおかしくないよね〜。」
「わかるぞ。おれも密かに怯んでいるのだ。」
「プッ…川口も怯んだりするんだぁ?!どっしり構えてるからそ~いうのないと思ったぁ!」
俺達はワイワイしながら、エレベーターで最上階へと昇った。
「ウム、さて見せてもらおうか…!」
指輪の件ですっかりワクワクモードになった川口が、部屋に入るなりそう言ってきた。
「じゃあみんな、荷物そこらへんに置いて適当に座っててくれよ。」
俺は納戸の金庫から魔法の革袋を持ってきて、リビングに戻った。
ソファに座り、川口と福田はキラキラした目でこちらを見ている。
ユーリはソファに寛いで座り、静かに微笑んでいた。
革袋に関して、前世(?)で母さん─桑野由子をしてた記憶が、少し呼び戻されたかもしれない。
─まあ、この袋自体母さんと父さんに貰ったものだもんな。知ってて当然か。
「ここに手持ちの現金を入れてみて。」
俺は袋を川口に渡した。
「ウム…!」
川口は自分の財布を取り出し、一万円札を革袋に入れて口をしめてみた。
「これでいいのか。」
「うん、開けてみなよ。」
恐る恐る革袋を開けた彼は、中にでかい手のひらを入れて、取り出す。
手の中には、100万円の札束─。
川口と福田が同時に、
「ウォーッ!!」
と野太い声を上げた。
「スゲっ…マジか、マジなのか渚よ!」
川口は、目を見開いて札束を凝視している。
「魔法って、本当なんだな…!!」
「すご〜!これすご〜!!俺もやりたいやりたいぃ!」
福田は財布から持ち金全部出した。
5万3千円と小銭をジャラリ、革袋に入れる。
いきなり全額チェンジなんて、さすが度胸あるな、こいつ。
「うわ〜!ヤバッ!やばっこれ〜!!」
革袋から出てきた、100万円の束が5つと37万いくらかの光景に、テンションは上がりまくりだ。
「─どれも通し番号は違うし、透かしもある。偽札ではない気がするな…。」
川口は手に入れた100万円の札をチェックしていたようだ。
─あー、俺もやったな…本物だなんて、にわかには信じられないもんな。
「ウウム、束ねられてはいるけど、ピン札じゃないものもたくさん混じってるから、どういう仕組みが全くわからん…。」
川口は、腕を組んで思案している。
一方、福田は突如として手に入れた530万円もの大金に、最初はテンションが上がったもののショックが大きすぎたのか呆然となってしまったようだ。
ソファに体を深く沈め、膝の上の大金を静かに眺めている。
衝撃がデカすぎたかな。
でもこれで、異世界の不思議な力は実感できた事だろう。
「じゃ、じゃあさ、これでなんか豪勢なものでも食いに行こうか…?」
俺は場をとりなすように提案したが、川口と福田は呆然とした状態で生返事をするだけだ。
仕方ないので、気付けのために冷蔵庫からビールを2缶持ってきて、二人に渡した。
─こいつらがリラックスを取り戻すのには、まだ少し時間がかかりそうかな…。




