【53】ホスピタリティ抜群らしい
「おおっ!」
翌日、隣のホテルにユーリを迎えに行った俺は、ロビーで待っていた彼女を見るなり、驚きの声をあげてしまった。
「ユーリ…ホテルライフ、満喫したようだね?」
現代の女の子の服に着替え、足元もボロのサンダルからレースアップした白のサンダルに履き替えていた彼女は、こころなしか肌も爪もツヤツヤして見える。
「ホテルのサービス、色々と試してみたの。爪を塗ってくれるお店もあったわ。」
どこからどう見ても、現代の女の子だ。
取りあえず、お金、沢山渡しておいてよかった…。
「今日はどこに行くの?」
「ホテルのビーチですごそうって予定なんだけど…。あ、水着ってわかる?水に入る時着る下着みたいなやつ…」
「服を売ってたお店にあったから、買って着てるわ。下着替わりに。それより─」
ユーリが声をひそめて話しかけてきた。
「ホテル・タラートにはいつ戻る?」
「ああ、そのうち─」
「結構時間がたってしまったけど、メイドが変に思わないかしら…。」
─え?時間、止まってるんじゃないの…?
じゃあ辺戸岬のあの瞬間に戻ってこれたのは、一体…?
「クワノユーコの記憶では、異世界転移しても時間は止まらないとあるわ。」
あ、そうか…5年間かそこら、行方知れずになってたんだもんね、2人とも。
「でもさ、おととい俺が転移した時は時間が止まってたし、転移先の時間も夜になってたよ?」
「それは神様が時間を戻して転移させたんじゃないかしら?前日に。」
─俺、時間移動もしてたの?!
「これは推測だけど、あなたが来なかった時間軸では、私、危険な状態になってたんじゃないかしら。最悪、死んでたとか…」
「そんな…」
だから無理矢理呼んだってか。
神様は直接助けられないのかよ…。
勇者と聖女がやっと声だけ聞ける程度の、遠い存在なのだろうか?
(俺はその声すら、まだ聞いたことないけど…)
「ともかくそれは特例だから、通常は転移しても時間が動いていると考えていいと思うわ。」
「…て、ことは。」
─デザートを食べ終わるなり消え失せた事になっちゃったから……部屋に戻ってきたアペルは、不審に思うだろうな。
ホテル・タラートのお金は1ヶ月分前払いをしてあるから、ちょっと戻らなくても違法にはならないと思うけど─
あまり戻らないでいると、事件に巻き込まれたと勘違いされる可能性は、大いにある。
「ホテル・タラートをチェックアウトして、暫く旅に出る芝居をうっておいたほうがいいな。」
安全で清潔な宿が少なそうな異世界だ。
あのホテルに怪しまれて、宿泊拒否などされてはたまらない。
「あの二人と離れて行動してる、今がチャンスよ。すぐに異世界に飛びましょう。」
そうだな。
川口&福田と合流したら、自由に転移できなくなってしまう。
今のうちに、済ませておこう。
「こっちの時間も経ってしまうから、短期決戦ね。」
「もちろん。」
俺達は、一旦ユーリの部屋へ行き、手を取り合ってスキルの言葉を唱えた。
せーの。
「「異世界へ転移!」」
ホテル・タラートの部屋の中では、ルームメイドのアペルが掃除をしていた。
─シュンッ─
急に現れた俺たちを見て、少し声を上げたが、すぐに冷静になってこう言った。
「おかえりなさいませ。お食事はどうなさいますか?」
─えっ、そんだけ?
アペルさん、呆気にとられたりしないんですかーっ?!
シュンッて出たんだよ、いま。シュンッて!
「い、いやいらない。それより、暫く旅に出る事になったんだけど…」
「承知いたしました。」
アペルはお辞儀をすると、控室へと向かっていった。
─えっ、えっ、ねえマジでそんだけ?!
彼女は、扉を開ける瞬間こちらを振り返り、
「もしも転移魔法で遠出される時は、私共従業員の誰でも結構ですので、その旨お伝え下さると嬉しゅうございます。」
そう言うと、一礼して部屋を退出した。
呆気にとられたのは、俺たちの方だ。
「転移、見慣れてるみたいね…。」
「やっぱりこの部屋クラスを借りる人となると、高名な魔道士とか、各種魔法が使える人もいるんだろうな。」
「この世界の中で場所を転移する魔法があるってのは、聞いたことあるわ。」
─テレポーテーション、みたいなものか。
でも、誰でも使えるってわけじゃないんだろうなあ。
泥棒しまくれちゃうもんね、そんなのできたら。
俺たちは一階に降りると、暫く別の街に行くことをフロントのおじさんに告げた。
「だからチェックアウトしようかと思うんですが…あ、もちろん部屋代は返していただかなくて結構ですので。」
「それでしたら、一ヶ月の間はいつお戻りになられてもいいように、お部屋をリザーブしたままにしておきましょう。」
フロントのおじさんはニッコリと微笑んで、そう言ってくれた。
「もし期間が過ぎてもお戻りになられないようでしたら、その時点でチェックアウトされたという事にさせていただきますので、ご連絡は無用でございます。」
ん〜〜〜!
ホスピタリティ〜〜!!
なんて気の利くホテルなんだ…
俺がミシュランの審査員なら星5つあげたい。
「じゃあ行ってきます。」
「行ってらっしゃいませ。どうかお気をつけて。」
フロントのおじさんは深々と頭を下げて、送り出してくれた。
俺たちはホテルから出ると、少し坂を降りたところの木陰で手を取り合う。
「戻ろう。」
「ええ。」
「「日本に、転移!」」
「ビーチリゾートぉ!うぇーい!」
シェラトンのプライベートビーチで、福田ははしゃいで波打ち際まで走っていった。
赤いビキニ姿になったユーリも、その後に続く。
人出はまあまあ、ハイシーズンにしては混んでない。
川口はパラソルの下で、デッキチェアに座って持参したSwitchでゲームをし始めた。
リゾートだからこそ家でもできるような事を敢えてするのが、リラックスの極みだ、なんて言ってる。
俺たちはその日夕方までたっぷりと、海のアクティビティを楽しむことにした。
バナナボートに乗ったり、海上を滑り降りる250mのジップラインに乗ってみたり、フロートマットに乗って波の上をプカプカ浮かんでみたり…。
目一杯、ビーチを満喫した。
「うぁぁぁぁ〜っ!」
「オオーッ!」
川口と福田が対になり、パラセーリングで空を飛ぶ。
鮮やかなパラシュートが青空に舞っている。
俺は地上から、そんな二人の動画を撮っていた。
ユーリは空の二人に向かって、手を振っている。
二人が降りたので、撮影を止める。
そこを見計らって、ユーリが俺に話しかけてきた。
「あの二人には言わないの?異世界に行ける事。言ったら協力してくれるかもよ。」
「そんな、言えるわけないよ。嘘だと思われる。」
「信じてもらえるかもしれないじゃない、証拠を見せれば…」
「どこから話せばいいのかわからないよ。お金を増やせる事も、ユーリが異世界から来たって事も。」
ユーリは今ひとつ、納得できてないようだ。
「そんなに突拍子ないかしら。」
「今はまだ早い気がする…。」
川口と福田が、こっちに向かって歩いてくる姿が見えた。
「この話はおしまい!さあ、みんなで飯でも食いに行こうよ。」
─今はまだ、って思ってるってことは、いつかそのうち話す気でいるのかな、俺は…。
自分の胸に聞いてみたが、答えはまだ出なかった。




