【52】リゾートホテルで慣らすらしい
俺はホテル内に入ると、ユーリを連れてフロントに向かった。
「先程予約した桑野ですが…。」
「お待ちしておりました。オーシャンビューのスタンダードルームにお二人で二泊のご宿泊ですね。」
実は、辺戸岬にいるうちにトイレに行き、リザンシーパークホテルの予約をしておいたのだ。
ハイシーズンだけど、ちょうどキャンセルが出て空きがあるというので、海の見える部屋をとった。
二泊三日食事付きで約4万円。料金をフロントで払う。
─俺はあいつらとシェラトンに泊まるから、実際はユーリだけが寝泊まりする訳なんだよね。
だから、不在を怪しまれないようにスイートルームなどの高い部屋は取らず、あえて普通の部屋にしてみたのだ。
─スイートに泊まるのはカップルか夫婦だろうから、男の方だけいなくなってたら、ホテルの従業員も変だと気づくもんね。きっと。
宿泊する部屋にユーリを案内しがてら、エレベーターの乗り方や、カードキーの使い方について話す。
「触ると頭の中のクワノユーコの記憶が開くみたいな感じになって、なんとなく使い方がわかるわ。大丈夫。」
カードキーやエレベーターのボタンを手の平でさわさわしながら、ユーリは何事か考えているようだ。
─この感じなら、部屋の備品やシャワーの使い方なんかもきっと大丈夫だろうな。少し安心した…
部屋に入ると、鞄の中に入れてあった自分のトートバッグを出して、そこにアロハと財布を移し替えた。
そして、異世界の硬貨が入った銭袋に自分の財布から一万円札を5〜60枚ほどつめて、ユーリに渡す。
「これ、あげるから。必要な物はこのお金で買ってね。」
「日本の、お金…」
ユーリは一万円札を取り出すと、珍しいとも懐かしいともとれるような表情で、シゲシゲと眺めた。
「一階で服とかも売ってるみたいだから、全身揃えた方がいいかもしれない。」
彼女の服は、ベージュ色の長めのクルタを革の腰紐で縛っただけ、というシンプルなワンピース姿だが、いかんせん砂や乾いた土がついて汚れている。
体臭は無い体質なのか、全く臭くはないが、全体的なみすぼらしさは否めない。
なんというか、タイムワープしてきた人、って感じだ。
─川口も福田も、何も言わないでいてくれたけど…ちょっと変な子、って思ったかもな。
「服屋があるの?!」
ユーリは途端に、パァァァッ…という感じで明るい顔になった。
おっ、異世界人とはいえ、15歳の女の子だもんな。服に興味があるのかな?
本当はあっちの世界でも、いろんなお洒落がしたかったのかもしれない。
「ホテルのマッサージとか、美容系のサービスも今なら予約できるよ。」
スマホを見ると、夕方4時を過ぎた所だ。
─多分、どれもパンフを見るなりやってみるなりしたら、記憶の扉が開くだろう。
「危険なものじゃないし、このホテル内で出来ることは色々試してみるといいんじゃないかな。」
─少しでも、母さんの魂のデータに含まれてる日本人としての生活スタイルの記憶を開いて、こっちでの生活を体に馴染ませるといい。
東京に行く前に。
「夕飯もついてるから、ビュッフェって言う食べ放題。下のレストランで食べられるよ。」
「渚は?渚も食べるの?」
「俺は、さっきのあいつらと自分のホテルで食べなきゃならないから戻るよ。…あ、そうそう。」
俺はホテルのメモ帳を一枚切って、自分のスマホの番号を書いて渡した
「なにかあったら、すぐここにホテルの電話から電話して。」
「電話…」
「これだよ。」
俺は室内の電話を外線モードにし、ユーリに俺の電話番号を打たせて、かける練習をさせた。
彼女は触ると少し思い出すのか、すぐに俺に電話をかけられるようになった。
「まだ今のところはホテルの外には出ないほうがいいよ。外は車が走ってて危ないから。」
「わかったわ。」
「必要なことがあったら、俺がこっちに訪ねて来るからね。」
隣のホテルといっても、ホテル1つあたりの敷地が広大なので少し離れてるんだけど─車なら一瞬だな。
「明日、朝11時に迎えに来るよ。朝ごはんもここの下で食べておくといいよ。」
じゃあ仲間を待たせてるから、と言って彼女の部屋を離れ、エレベーターで下に降りた。
─とにかくお金があれば、色々良くしてくれるはずさ。リゾートホテルってのは。
外へ出て、駐車場へ向かう。
車の中で川口と福田は、荒野で行動するバトロワ系のゲームをして待ち時間を潰していた。
「あ〜っ、やられたぁ。」
福田はサクッと殺られたようなので、スマホを置いて車を出す準備。
川口はまだ生き残ってるので、後部座席で続行中だが、放っておいて発車することにした。
「さっきの彼女、明日俺らのホテルに呼んでもいいかな…?」
シェラトンでの夕食時、川口と福田に一応打診してみた。
「いいよぉ〜。明日、ここのプライベートビーチ満喫しようって日だもんね。」
「ウム、構わないぞ。」
二人共、快諾してくれたようだ。
よかった、ここに呼べば、なにかのすきをついて東京に戻る手順や、それからの事をコッソリ話せるしね。
シェラトンでの夕食はレストランのテラス席で、沖縄県産和牛ステーキのBBQコースを食べることにした。
一人あたり約1万円。牛肉だけじゃなく、貝やアグー豚などもついてくる。
プラスでシャンパンを注文した。
徐々に暮れゆくサンセットの海を眺めながらの、分厚い肉。そして酒。
川口も福田もかなり嬉しそうで、テンションが上がっている。
「ウオオオ、肉だ、肉が食えるぞ。」
「やった〜、飲めるぅ〜!」
昼間、ビール飲みてーよぉと言いながら運転してた福田は、ことさら嬉しそうだ。
「おい、福田よ。昨日みたいに飲みすぎるなよ」
川口が彼にピシャリと注意をする。
そうか…福田が酔っ払ってDT告白したのも、こっちだと「昨夜」の事なんだもんな。
異世界に行ってたのは実質1日だけなのに、色んなことが起きすぎて、なんだか結構前の事のような気がしていてしまった。
─これからは、ユーリにつきあってちょくちょく異世界に行くこともあるだろうから、時間の感覚、慣らさないとな。
泊まる宿は、もちろんあのホテル・タラートだ。
あのホテルは、異世界探索をする時の拠点にしたい。
危険な安宿は、なるべく避けたいし、なんといってもリゾート感が抜群だ。
アペルが給仕してくるアジア風の料理やデザートも、また食べたいし─
現実世界のリゾートで肉を頬張りながら、異世界のリゾートへ思いを馳せるという、贅沢な状況。
─どっちもリゾートだなんて、快適すぎる。
今年の夏は、感染症に怯えていた去年に比べて、悠々自適に過ごせそうだな…!
俺は心からリラックスして、グラスのシャンパンをグイッと飲み干した。




