【49】異世界転移は条件つきで
「おじさん、この皮、切れますか?」
俺は少女を抱き上げたまま市場通りに戻ると、革細工屋の店へと一目散に向かった。
少女の足枷は編んだ紐を鎖代わりにして、木の杭と繋がっている。
手で切るのは不可能だけど、革職人なら切る道具を持っているかもしれないと踏んだからだ。
「ああ、切れるよ。これはブラックオークの皮だな。足枷もそうだろう。」
「あっ、本当だ…カチカチに硬いから気づかなかったけど、黒革だ。」
「金属よりも安くて、女子供の奴隷の皮膚に傷がつかないからね。」
おじさんは、不安げな顔で少女の顔をチラッと見た。
「この子は奴隷なんだろう?いいのか…?」
俺はハッとした。
そういえば、助けることに必死で、なんで捕まっていたのかまるで聞いていなかった。
追手の少年達が言ってた「親方」というのは、奴隷商人なのだろうか?
「私、船着き場で悪い奴らに攫われて、奴隷にされそうだった所をこの人に助けてもらったんです。危ない所でした。」
少女がキッパリとした声で、おじさんに説明してくれた。
「そうだったのかい!やるな、兄ちゃん!!」
おじさんはホッとしたような笑顔で、俺を見た。
やはりどんな形であれ、ひとたび奴隷として商品化してしまったら、勝手に連れ出したほうが悪い事になるのか。
たとえそれが、人助けだとしても。
なんだか腑に落ちないな。
「ここに座っておいで。いま切るから。」
おじさんは、小さい椅子に少女を座らせると、ハサミとペンチが合わさったような道具を出して、少女の足枷を外し始めた。
大した時間もかからず、少女の足は自由になった。
足枷は、置いたままにしておいて万が一追手に見つかりでもしたら、おじさんが危険な目に合うかもしれないので、持っていくことにしよう。
おじさんは代金はいらないと言っていたけど、お礼だと言って金貨を1枚渡した。
あまりの金額に腰を抜かしているおじさんに会釈をして、俺は少女を連れてその場を離れた。
「丘の上まで歩けるか?」
「大丈夫。ホテル・タラートに避難するのね。」
「そこに泊まってるんだ。あそこなら悪党も簡単には来れないだろう。」
「確かにそうね。」
少女は、早足で歩きながら俺の顔をジッと見た。
「私はユーリ。となりの大きな街で魔道具屋をやっているの。」
「俺は桑野渚─渚でいいよ。となりの街から来た所を攫われちゃったんだ?」
「そう。船着き場の安宿に泊まったら、従業員が奴隷商人とグルだったみたいで。」
安宿こえぇぇぇ…!泊まらないでよかった。
「若い女だから、宿に訪れた時から狙われてたみたい。夜中のうちに攫われて、桟橋の下のあばら家に閉じ込められてたのよ。」
「そこが悪党どものアジトなのか?よく逃げれたね。」
「そこは未分類の奴隷候補を一旦置いておくところらしかったわ。見張りを置いて、親方はたまに覗きにくるだけだった。」
「たまにって…何日くらい閉じ込められてたの?」
「3日よ。毎晩、親方とその仲間は私を味見しに来ようとしてたけど、失敗に終わってたからきれいな身よ。」
「味見って─」
俺は想像して、少し赤くなった。
「渚はウブなのね。」
少女─ユーリは、そう言ってクスクス笑った。
くそう、なんだか負けてる気がするぞ。
そうこうしているうちに、俺たちはホテル・タラートに到着した。
門番には、仲良くなった子だと説明したら、少しニヤニヤされたけど問題なく通してもらえた。
チャラいって思われたんだろうなあ…違うのに。
フロントへ行き、同様の説明をして宿泊させたい旨を伝えたら、もうひとり分の料金がいると言われた。
とりあえず2泊分をということで、銀貨2枚を渡しておいく。
部屋に行くと、ルームメイドのアペルがユーリを見てちょっとだけ驚いた顔はしたけど、礼儀正しく迎え入れてくれた。
「あ、えっと…この子はナンパしてきたとかそういうのじゃなくてね、アペル─」
「ご心配は無用でございます、クワノ様。」
─ナンパって言葉、わかるのかな…それとも近い言葉に翻訳されてるのか。
「お食事とご入浴、どちらを先にいたしましょうか。」
「じゃあ食事を頼むよ。二人分。」
「承知いたしました。」
アペルはお辞儀をして部屋から出ていった。
「動じないんだ。プロだなあ…。」
ユーリはソファに深く座って、静かに窓の外の海を見ていたが、2人きりになると俺の方に体ごと向きなおった。
「渚…。」
大きな水色の瞳は俺をまっすぐ見つめ、なにか言いたげに揺らめく。
「どうしたんだい?ユーリ。」
意を決したように彼女は口を開いて、こう言った。
「…ちょっと還ってみない?」
─え…?ユーリって、となり街からやってきたって言ってたよね…?
「いま外を歩いたら危ないよ。せめて明日、人力車かなんかを呼んで─」
「そっちじゃないの。」
─じゃあどこに?まさか宿泊して騙された、船着き場の安宿とかじゃ…
「日本によ。」
──えっ…?
─えええっ…?!
ニホンって、日本の事?!
「ユーリ、なんで日本を知って…。」
「ステータスを開いてみて。」
ステータスって、俺の…?
なぜ?なんで?何者なんだ?という言葉が頭の中でグルグル渦巻いたが、俺を見る彼女の真剣な眼差しに押されて、何も考えず言う通りにすることにした。
「俺のステータス、開け!」
【クワノ ナギサ】24歳
【職業】勇者及び聖女の息子
【レベル】2
【固有スキル】異世界保有資産両替、異世界転移(勇者か聖女の協力時のみ発動)
「あ…レベルが上がってる…。」
「そこじゃないわよ。」
あ、その先、言葉が増えてる─
「固有スキル、異世界転移かっこ勇者か聖女の協力時のみ発動かっことじ…」
─異世界転移。
勇者か聖女の協力時のみ、って…?
「協力するから、一旦還りましょ。日本へ。」
ユーリは、金色のウェーブヘアを手でかきあげながら、俺にいたずらっぽい微笑みを向けてそう言った。




