【45】異世界のメイドさんと特殊スキル
コンコン─
ベッドでウトウト眠りそうになってたら、部屋のドアを叩く音がして、目が覚めた。
「お夜食をお届けに参りました。」
ルームメイドの女性の声。
どうぞ、と声をかけると、赤毛の少女が木製のワゴンを押して入ってきた。
─年は…高校生くらいだろうか?
小柄だから、もっと下にも見える。
ワゴンの上には肉の入った粥みたいなものと、魚と野菜を辛そうに混ぜ合わせた料理、そしてピンク色と透明の飲み物、水瓶と木製のコップがそれぞれ乗っている。
「このお部屋の担当をさせていただく、アペルと申します。何なりとお申し付けください。」
アペルはペコリとお辞儀をしたあと、食べ物と飲み物をダイニングテーブルに並べ始めた。
「うわあ、めっちゃ美味そう。」
「どうぞ、お召し上がり下さい。」
そう言うと、彼女は銅のベルをテーブルの上に置いてニッコリと笑った。
「私は控えの間におりますので、御用のさいや、お食事を終えられたさいにはこれでお呼びください。」
彼女は一礼すると、リビングエリアの奥にある扉から出ていった。
「なんか浴室の扉みたいなのがこっちの部屋にもあるな、と思ってたら…ルームメイドの控室だったのか。」
食事の間、後ろに立たれたりでもしたら食べにくいよな…と思ってたら、隣の部屋で「呼ばれ待ち」してくれてるんだな。
さて─。
俺は席について、早速お粥を口に運んだ。
スパイシーな肉が、たまにトロトロに煮込んだ米の合間にごろりと現れる。
それがまた美味く、よく煮えていて柔らかい。
魚と野菜の煮物は、赤っぽい色が付いてるけど意外とそんなに辛くなく、コクがある。
お粥の中の肉同様、スパイスの香りが効いていて、美味しい。
ピンク色のジュースは、グアバの生搾りだ。
透明の方は、果物酒だろう。シェリー酒っぽい、少し濃いめの味。
食べてるうちに滲んだ汗も、窓からの夜風と扇風機の風で冷やされていき、心地よい。
─あー最高。飛ばされてしまったとはいえ、これは極上のリゾート体験なんじゃないか…?
一ヶ月もリゾートホテルで宿泊だなんて…
ヴァカンスですよ、ヴァカンス。
食事が終わったので、ベルをカランカランと鳴らして、アペルを呼ぶ。
彼女は食後のお茶とデザートを乗せたワゴンを押して、入室してきた。
控室にも簡単な調理セットがあるのかな?
「ご就寝の前に、ご入浴はされますか?」
アペルが食器類をワゴンに移しながら、聞いてきた。
俺は、テーブルに置かれたデザート─ゴロゴロ切った南国の果物をココナッツミルクに浸してあるもの─を匙ですくいながら、入りたいな、と答えた。
─知らない人には敬語を使ってしまう性質なんだけど、中高生くらいの子には自然と普通言葉が出てくるもんだな。
ただでさえアペルは、頼み事をしたり、話しかけたりしやすい朗らかな気配を出している。
お姉さん世代じゃないから、俺も緊張しない。
ルームメイドとして世話をして貰うのに、最高かもしれない。
─普通の10代の女の子、って感じだもんな…
と思ってる矢先。
寝室の奥のバスルームから、水音が聞こえてくる。この音は、風呂を入れてる音だ。
「そういえば水道って通ってたっけ…?」
興味を持って覗きに行くと、アペルが手から…
手からお湯を出していた。
「手から?!」
俺の声に気づいた彼女は、お湯を出したままこちらを振り返り、すぐご用意できますよ、と言って微笑んだ。
─当たり前、みたいな顔しちゃってるけど…え?!なにそれ。こっちの人、みんなそういう芸当できるの?!
「これっていわゆるその、魔法…だよね?」
なるべく平静を装いながら、彼女に聞いてみた。
「あ、魔法というよりスキルです。私、水とお湯を出せますので…。水魔法を扱う方と違って威力は弱いので、戦いに使うのはできませんけどね。」
「元々ついてる特殊スキル、みたいなやつ?」
「はい。このおかげで、ここに雇っていただく事が出来ました…!」
アペルは、誇らしそうににっこり笑った。
どうやらこのホテルで働くことは、一般市民にとってはワンランク上の就職なようだ。
「クワノ様の国では、魔法は珍しいんですか?」
「珍しいっていうか、基本的にないね。」
魔術っぽいのを売りにしてる人も、たいていマジシャンか霊媒師か、新興宗教だもんな。元世界では。
「戦いは武術だけなんですね。」
「戦い…まあでも、そういう事かも。」
一般人は滅多に戦わないけどね。
日本だと、警察官ですらも殴る蹴るってないもんなあ。戦いが仕事なのって、格闘家くらい?
「きっと体がお強い方が多いんでしょうね…!あ、でも魔法はなくても、特殊スキルはみんなあるだろうから…クワノ様も持ってらっしゃるのでは?」
─ドキッ
そうだ、あった。
こっちに来てから目覚めた特殊スキルが。
異世界(日本)の保有資産を、こっちのお金に両替するスキル。
「あ、ああ、あるよ。スキルはある。」
詳しく聞かないでくれよ…という雰囲気を察したのか、その話はそこまでになった。
ちょうど浴槽にお湯もたまったところだ。
「タオルはこちらの竿にかけておきました。それではごゆるりと…。」
見ると、竹竿のようなもので作ったタオル掛けにバスタオルとハンドタオルがかかっていて、傍らには水のたっぷり入った壺と柄杓が用意されてある。
なにかちょっとした事で水が必要になった場合、ここから使えばいいという事だろうな。
アペルはお辞儀をして、控室へと帰っていった。
─ビックリしたぁ…ファンタジーじゃなかったらありえないだろ!あれ!
こっちに来てから、ファンタジーらしい光景に俺がまだ出会ってなかっただけで─町の人達も、それぞれなにか変わった事ができるんだろうな。
魔法や特殊スキルが普通にある世界。
「悪用してる人に出会わないといいなあ…」
かすかな不安を感じながら、俺は服を脱いで湯船につかった。
お湯は日本の風呂よりはぬるめで、のぼせない程度の気持ち良い温度だった。




