【44】異世界のホテルで一生暮らしたい
ホテル・タラートのエントランスロビーは上品な感じの石造りで、柱にはエスニックな模様の彫刻が施されていた。
─きれいだなあ……。
ロビーに立って見える光景は、二階につながる階段と、一階客室のある右ウイングと左ウイングの廊下、正面に中庭のプール。
壁沿いにはたくさんの南国の観葉植物と花、装飾を施したランプが飾られている。
そして左側に、フロントの大きなカウンターがあった。
─よし、まずはチェックインできるかどうか、聞いてみよう。
カウンターには、初老と若めの二人の男性職員が立っていた。
二人とも品が良さそうな感じで、門番と同じようなクルタに、金糸の刺繍が施された布のチョッキと帽子を身に着けている。
「本日の宿泊をご希望とのことで…お部屋のグレードはいかがなさいましょうか。」
初老の職員が聞いてきたので、風呂がついている部屋にしたい旨を伝えた。
「はい、ご用意できます。」
─ホッ、良かった…。
公共浴場は荷物が盗まれないかハラハラするだろうし、衛生的にも不安があるから、風呂付きルームにしたかったんだよね。
「お値段なんですが─」
初老の職員が、少しだけ俺の事を値踏みするような目付きで見ながら、言ってきた。
「最上級のグレードのお部屋となりますので、少々お値段は張るのですが、宜しいでしょうか?」
あー、やっぱそうなるか…。
個室風呂付き旅館なんて、元世界でも高いもんな。
いくらなんだろう?
できれば一ヶ月くらい延泊したいんだけど…。
俺はゴクリとつばを飲み込みながら、値段を聞く。
「一泊あたり、いくらでしょうか…」
「最上級のお部屋一泊、朝晩のお食事付きで、銀貨1枚でございます。」
─や、
やすぅいいイィィィ〜!!
町一番の高級ホテルの最上級の部屋が、一泊ニ食ついて一万円?!マジデスカー!
「1ヶ月間でお願いします。」
俺はキリッとした顔で、彼に伝えた。
「1ヶ月ですと、金貨3枚となりますが…」
「問題ありません。」
先払いします、と言って硬貨入れから金貨3枚を取り出し、カウンターに置いた。
日本円で30万円。
とはいえ、市場で感じた物価は日本の10分の1くらいだったから、こっちでは2〜300万円くらいの価値になるのではないだろうか─
(そこらで売ってるシャツを着た、大した荷物も持ってない若造だから、払えないと思ったんだろう─ところがなんと!払えるんだよね、これが)
「ありがとうございます。直ちにご用意させていただきます。」
初老の職員は、深々と頭を下げた。
支払い可能な客だと分かって安心したのだろう。
カウンター下からルームキーを出し、若い方の職員に手渡した。
「ご案内いたします。」
若い職員がカウンターから出てきたので、俺はその後についていく事にした。
ホテル・タラートはカタカナの「ロ」みたいな形の構造で、中庭部分は屋根がなく空が見える造りになっている。
そこにはプールと、それを取り囲むくつろぎのスペースがあり、ソファや籐家具のようなものが備えてある。
各椅子の横にあるテーブルには、パラソルのようなものも立てられていた。
(今は夜だからか、畳まれているが。)
俺が案内された最上級の部屋は、2階の一番奥。
扉を開けてもらい中に入ると、その広さに度肝を抜かれた。
2部屋繋がってる形で、入ってすぐのだだっ広い部屋には小ぶりのダイニングテーブルと椅子が置いてあり、少し離れた窓際にソファとコーヒーテーブル、観葉植物が設置されている。
天井には、クルクルと廻る扇風機。
窓からの夜風とあわさって、結構涼しい。
─動力はなんなんだろ?電気?それとも魔力?
奥の扉を開けると、天蓋付きベッドのある広い寝室。
正面の壁はほぼすべて窓で埋め尽くされていて、窓の外は夜の海と星空…波の音が聞こえる。
朝が来たら、さぞかし美しい風景が見れることだろう。
寝室には2つ扉がついていて、1つはクローゼット。もう一つは浴室だった。
陶器でできた浴槽が置いてある。
サイズは、元世界のホテルやマンションによくあるサイズと変わらないくらいだ。
トイレは浴室に入ってすぐの所に設置されている。やはり陶器製だ。
浴槽もトイレもきれいに磨かれていて、汚れは全くない。
「ご入浴は、もうなされますか?」
部屋に案内してくれた若い職員が、聞いてきた。
「あ…できればなにか食べてからにしたいんですが…」
思えば、スイカしか食べてない。
今何時くらいなのかさっぱりわからないが、さすがに腹が減ってきた。
「かしこまりました。ルームメイドにお夕食を運ばせましょう。」
そう言うと、若い職員はお辞儀をして部屋から去っていった。
「─ふ、ふふ…ふぉー!天国じゃね?ここ!」
俺はフカフカのベッドに体を投げ出した。
「1ヶ月と言わず、一生暮らしたい…。」
だが、1ヶ月以内になんとしても帰る手段を見つけなければいけない。
マンションの家賃が払えないと、強制立ち退きになってしまう。
即退去、という事もないだろうが、住人(俺)といつまでも連絡が取れないとなると、死亡の疑いをかけられて警察沙汰になる可能性もある。
そうなった場合、金庫の中身はどうなるのか─考えただけでも恐ろしい。
「最悪、1億円全部両替してこっちの世界で持ち歩こう。しかし、一緒にしまってある魔法の革袋を失うのは辛い…」
明日から聞き込み開始だ。
手がかりはきっと、何かあるはず──




