【38】ぶっちゃけ話をしたいらしい
「それにしてもさぁ〜、渚よぉ…」
福田がほろ酔い加減で、聞いてきた。
時間は深夜1時半。
ホテルの部屋で、3人だけのニ次会飲みである。
(一次会は、ホテルのバーで。隣のお姉さん達と話をしながらすませた。)
とりあえず沖縄到着バンザイ!恩納村までの運転お疲れ福田!という名目で─まあ、飲めれば理由なんてなんでもいいのだが。
「渚よぉ、さっきの女の人達、また会ったらどーするぅ?」
福田がふいにそんな事を聞いてきた。
目の周りが赤く染まってる。
こいつ、酔ってるな。
「えっ、どうするって?」
「あの人たちさぁ〜、ここ泊まってる訳じゃん?ビーチかプールで会うかもしれないじゃん。」
「あぁそうか。会うかもだね。」
バーで話しかけてくれたお姉さん達。
推測するに、俺達より3つかそこら上。
(俺のお姉さんセンサーはそう示している。)
「会うかもだね、じゃなくてさぁ〜!次に会ったら誘ったりする?」
「えっ!」
誘うって…
ディナータイム一緒にどうですか─?とか
沖縄観光、一緒にまわりませんか─?とか?
「そんな勇気ないよ俺。」
「え〜っ、もったいなくないかぁ?折角のチャンスなのにさ〜」
「で、でもさあ。」
「やめとけ。」
川口が、助け舟を出してくれた。
「結婚する前に好きな事しときたい、とか言ってたから、彼氏いるんじゃないか?やめとけ。」
飲みかけのオリオンビールの缶を片手に、川口が言った。
そうか、それもそうだよね。
4人とも結構きれいなお姉さんだったし、妙齢の女性ばかりだから、彼氏いそうだよね。
「そーは言ってもよぉ〜、川口ぃ。好きな事したい、ってのが俺らにとってチャンスかもしれね〜じゃん…」
福田がチューハイをグーッと飲む。
「オレもさぁ、彼女の一人や二人、欲しいよ〜」
「一人でいいだろ。」
川口が至極真っ当なツッコミを入れる。
「おい福田、だいぶ酔ってるんじゃないか?」
俺は一応心配しておいたが、この感じになるといつも本人が満足するまで止められないのはわかっていた。
なんか腹のうちに言いたい事がある時、こいつはあえて酔っ払う。
酔って勢いをつける、っていうやつだ。
「渚はいいよなぁ〜、今は大金持ちだし…彼女も作ろうと思ったらすぐだろぉ〜?」
一瞬、梨亜の顔が頭に浮かんだが、いやまだそういうのじゃないない…と消去した。
「そんな事ないよ、お金持ちってったって、自分の力で得たものじゃないから…一過性のものだし…」
─本当は、あの金を100倍にする革袋があれば、一過性などではなく、未来永劫お金持ちなんだけど──
「福田、渚に絡むな。渚は祖父さんの大切な遺産でおれたちを連れてきてくれたんだ。」
川口が再び助け舟を出してくれた。
いや、本当は袋で増やしただけの金だから大切な遺産ではないし…別にみんなでパーッと使ってもなんら困らないんだけどね。
ああ、嘘をついてるのが心苦しい。
─本当のことを言ってしまおうか。
「あ、のさ…俺…」
俺は、旅行第1日目の夜中テンションにかられて、革袋と両親の秘密を打ち明けてしまいたくなった。
「俺の親が…さ…」
親が。
親が勇者で─
─いやいやいやいやまてよ、親の話をすると逆に信憑性がなくなるんじゃないか?
お父さん勇者でお母さん聖女です!だなんて真顔で言ったら、絶対「大丈夫か?」的な妙な空気になると思う。
だがしかし、お金が増える袋があるんだよってのも信じてもらえるかどうか─証拠を見せようにも、袋は恵比寿の家の金庫に入れてきてしまったし…。
うう、打ち明けたい…けど…。
「オレさぁ、童貞なんだ…。」
─は?
なんの話?
「オレ、チャラい風に見られやすいんだけどさぁ…まだ経験ねーんだわ…」
─俺がモジモジしてる間に、福田が秘密の告白タイムを始めてしまった。
「実は…キスすらした事ねぇし…」
「あの…福田?」
「恋愛の機会、意外なほどなくてさぁ…ちょっと気になる子ができても、相手が勝手に遊んでる男だと思って警戒して離れてくとかでさぁ〜…」
福田は残ったチューハイを飲み干して、缶をコン!と机に置いた。
「童貞終わらせたいけどさぁ、恋愛した相手としかシたくねーんだよぉー!」
そして、キッ!と俺と川口を睨むと、
「お前らはどーなんだぁー?!まさか…まさか俺を差し置いてェ…」
「ウム、おれは童貞でなない。」
ズバン!という感じで川口が言い切った。ああ無情。
「な…そ…そうだったのかよぉ…いつの間に…誰と─」
「以前付き合ってた相手とだ。もう別れたがな」
福田はことさらショックを受けたようだった。
空き缶を握りつぶさんばかりに、ワナワナしている。
「川口ぃ…女の気配無かったお前がさぁ…まさかオレより先に…」
そこで福田は、俺の方をまっすぐ向いた。
「渚ぁ〜、お前はどうなん…?」
─ええっ、言いにくい…歌舞伎町のそういう店でお姉さんを指名して、あーいうことやこーいうことをした事あるだなんて…言えない…!
はあ、という感じで川口が頭を掻いた。
「渚、お前声に出てるぞ。」
「あっ、あれっ?」
ふと見ると、福田がなんとも言えない顔で俺を見つめていた。
やべっ、経験あるって知られてしまったか。
でもなんでさっきみたいにワナワナしないんだ…?
「渚ぁ…お前もしかしてさぁ…素人童貞─?」
慈愛に満ちた表情で、福田が俺に告げた。
─し…ろうと…DT……?
ワナワナしたのは、俺の方だった。
「そっかそっかぁ、渚もカノジョはまだだったか〜!ウンウン…」
福田が、俺の肩をポンポンと叩いて笑顔で言った。
新しく封を開けたチューハイを美味そうに飲んでやがる。
「確かに…プロのお姉さんとしか経験はないけど……しっ、したことはあるんだからなっ!」
ウンウンわかってるよォ…と、優しい声色で俺の背中をさする福田。
こいつにとっての経験は、やったかやってないかという事実より、好き合った相手としたかどうかが優先されるということがわかった。
─くっそぅぅぅ!
なんだかわからんが悔しい気分がするぜ!
異世界についての大事な告白をしようと思ってたのに、福田のDT告白インパクトに負けて、タイミングを逃してしまった。
─まあ、それはそれでよかったのかもしれない。
結果としては。
勢いで言うには、まだ俺自身が状況を掴めてなさすぎるしね。
川口はワナついたり微笑んだりと忙しい俺たちを見ながら、ウムウムと頷きつつ、オリオンビールをまた一本空にしている。
沖縄の夜、第一夜はこうして賑やかに過ぎていった──




