【28】外国人の友達ができたらしい
ニトリで大型家具を買ってから、二週間。
「やっと届く日が来た…!これで部屋がひと回り、いやふた回りは豪華になるぞ。」
一階のコンシェルジュカウンターには、大型家具の搬入がある事はもう伝えてある。
あとは待つばかりだ。
俺は落ち着かない気分になり、一階のエントランスホールやトレーニング室、自販機の前をウロウロしていた。
あまりに不審でコンシェルジュのお姉さんに引かれてしまうといけないので、なにか目的のある行動をしようと思い、自販機でスポーツ飲料を買ってエントランスホールのソファに座る。
その時、マンションの入り口の自動ドアが開き、知ってる顔の女性と外国人の男性が入って来た。
「まあ!お久しぶりです。」
女性は俺の顔を見ると、ペコリとお辞儀をしてきた。
澁谷南不動産の沖田さんだ。
「お久しぶりです。」
俺も立ち上がって頭を下げた。
「今日は他のお客様の内見で訪問させていただきました。」
「そうだったんですね。」
その時、沖田さんの後ろにいた外国人の男性──金髪で細身、中性的な感じがある(ファッションモデルかなんか?)──が、彼女に向かって話しかけてきた。
『最上階はまだ片付いてないのかい?』
『もうリフォームは終了しておりますので、綺麗になっておりますよ。』
と、沖田さん。
そうか。昼の間、たまにガタゴト音が聞こえることあるなと思ってたら、リフォームしてたんだったっけ。
コンシェルジュのお姉さんに告げられてはいたけど、あまりに音が気にならないから忘れてた。
俺は、
『5012号室のリフォーム、全然気が付きませんでしたよ。このマンションの防音は凄いですね。』
と言って、会話に割り込むような形で何気なく話しかけてしまった。
素直に思った事が口に出た…程度の気持ちだったのだが、沖田さんも外国人の男性も驚いた顔をしてこっちを見ている─
あれっ、しくったかな?
『英語が上手だね。このマンションに住んでる子?』
外国人の男性が、俺に向かってそう言った。
─えっ?あっ──翻訳指輪の力か、これ…!
翻訳の仕事もあるし、外国語の歌がいちいち日本語になるのが楽しいから、父の指輪はつけたまま生活していてしまっていた。
つけていることを忘れるくらい軽い謎の素材なので、もう体の一部と思えるほど、馴染んでいる。
(ちなみに母の指輪は、指輪ケースに入れて金庫の奥にしまってある。)
沖田さんとこの人の会話、日本語かと思ってたけど実は英語で話してたのか…!
そこに俺が、どうやらかなり流暢な英語で会話に混じってきた、という状況になってしまったらしい。
─出来るだろうなとは薄々思っていたけど…読み聞きだけじゃなく、普通に話すぶんにも翻訳可能なのか。
考えてみりゃそうだよね、両親はこの指輪で異世界の人々と会話をして暮らてたんだから。
俺が黙って考えていると、外国人の男性が笑顔で自己紹介してきた。
『ああ、私は今度このマンションに越してくるエイヴェリー・ノートン。英国人だ。君の名は?』
『桑野渚です。1501号室に住んでます。』
さっきの話から推測すると、このエイヴェリーという人は俺の部屋の隣、1502号室に住もうとしているのだろう。
今のうちから挨拶しておこうかな。
『1501に…隣の部屋だな。ご両親も一緒に?』
『あ、いえ。俺一人で住んでます。』
エイヴェリーさんは、ほお…みたいな声を出した。
『リッチなんだな。学校はここから通ってるのかい?』
『学生ではないんで…こう見えても社会人で、大人です。』
『そうだったのか、それは失礼した。』
やっぱり日本人って、年より若く見られるんだなあ。
『私のことはエイヴと呼んでくれ。』
『俺は渚でいいです。友達はそう呼んでます。』
そう告げると、彼はニコッと笑顔になった。
『これで私も友達だな、どうぞよろしく』
彼がが右手を差し出してきたので、軽く握手をする。
─友達か…うう、やたらめったら絡んでくるタイプの人じゃないといいなあ〜…
多少不安は残るが、ここは笑顔でやり過ごそう。
『それでは私はこれで。今から沖田さんと1502号室の中を見てくるよ。沖田さん、行こう』
沖田さんは、俺たちが話してる間にコンシェルジュに挨拶を済ませて戻ってきていたようだ。
突然呼ばれたので、驚いてシャキンとし、
『あっ、はい!…「それでは桑野様、失礼いたします」』
お辞儀をすると、エイヴを連れてエレベーターへと向かっていった。
─そうかあ、とうとう隣に人が来るのかあ。
これからは深夜のゲームの音とか、気をつけなきゃいけないかな。
まあ、リフォーム工事をしててもたいして気づかなかったくらいだから、大丈夫だろうけど…。
などと考えてたら、スマホに着信が入った。家具屋の配送からだ。もうすぐ着くらしい。
俺はコンシェルジュに知らせることにした。
「あの、家具の配送がそろそろ到着するみたいです。」
「かしこまりました。…それにしても桑野様、凄いですね。とても流暢な英語で─尊敬します!」
「あ、は、いやあ、そんな事…」
コンシェルジュのお姉さん二人は、キラキラとした目で俺を見ていた。
指輪の力だから、褒められるとなんかちょっとバツが悪くなってしまう。
「海外の方、他の住民の方にもいらっしゃるので、私達いつもアタフタしてしまってまして…」
もうひとりの方の童顔なお姉さんも、さかんにコクコクしている。
「私達も桑野様に教わって、英語を覚えたいです」
「あー…」
勝手に訳されてるだけだから、文法とかまるでわからないし…教えるのだけはできないよな。
俺は適当に流してお愛想笑いをし、ソファーに戻って配送会社を待った。
─それにしてもさっきのエイヴって人、モテそうだったな。モデルとか、そういうのなんだろうな。
─彼と仲良くしておけば、モデルの女の子とかとも友達になれるかもしれない。ホームパーティーに招かれたりして…
配送が来るまでの間、これからのお洒落で国際感覚豊かな交友生活を妄想して、ニヤニヤうふふと楽しんでいた。
…もちろん、あまり顔に出すと気持ち悪くなって、せっかく上がったコンシェルジュのお姉さんたちの好感度が下がってしまうので、表面上は我慢したのは言うまでもない。




