【27】渋谷で水着を買うらしい
沖縄旅行の日取りが近づいてきた。
実は俺は、沖縄は初めてではない。
小さい頃、親と一緒に家族旅行で那覇の観光ホテルに行った覚えはある。
その時は本当に、母さんが買い物をした時商店街のクジで当たったとか、そういうのだったと思ったが…。
「思えば、なにかと運が良かったな。父さんだけじゃなく母さんも…」
大人になって初めての沖縄。
俺はウキウキのあまり、ガイドブックを何度も読み直してしまっていた。
「7月の沖縄はかなり暑くなるらしいな。ホテルのビーチやプールに入るだろうから…日焼け止めと…タオル、水着…」
引越のときに積んだ荷物を思い出してみる。
あれ…?俺、水着持ってない…
「友達と行った旅行もキャンプとか、京都とか…水着関係なかったな、そういえば。」
高校の時の水着が他の学生時代の細かいものと一緒になって、実家に置きっぱなしになっているかもしれない。
「まあ、だからって取りに行く訳じゃないんだけどね…」
ここはやはり、大人の男に似合ったカッコいい水着を買うべきでしょう!
金は唸るほどあるんだから!
「しかし、大人の男のオシャレな水着ってなんだ…???」
テレビや雑誌で芸能人の水着姿が出てきても、女性タレントの方しか見ていなかった自分に気づいた。
男性タレントがどんなものを履いていたか、まったく思い出せない…!
その上どんなのが最新流行かと考えると…
「駄目だわからん。ネットで調べつつ、梨亜に聞いてみよう。」
ネット上のファッション情報って、「今年流行りの!」といっておきながら実はわりとオトナ世代の人向けのだったりすることが多いから…
若い女の子が素直に「これがオシャレじゃない?」と思うものを買った方がいい気がする。
と言うわけで、梨亜頼みである。
さっそくLINEだ。
『渚くん、海行くんだ?いいなあー!』
水着買おうと思うんだけどどんなのがいいと思う?と聞いたら、梨亜がさかんに羨ましがりだした。
ぐぬぬ…と悔しがってるシュールなパンダのスタンプが送られてくる。
『感染症のせいで、ずっと自粛自粛で泳ぎになんて行けなかったから、そろそろ行きたいって思ってた所だったの。羨ましい〜!』
「ハハ、そうだよね…俺もそんな感じに思ってた。」
『で、誰と行くの?彼女とか…?』
梨亜は興味津々といった声で聞いてきた。
「友達だよ。高校の時の…川口と福田、覚えてる?」
『あーっ、覚えてるよ!背が高い男子だよね。』
おっと、やはり背が高い奴らはまずそうやって覚えてもらえるのか、女子に…。くそ、微妙に低い俺からすると、羨ましいぞ。
『あの子達と仲良かったよね、渚くん。そうかあ〜、川口くんと福田くんが羨ましいなあ〜』
「あれっ、梨亜も誘えばよかったかな…」
『どうせ私、行けないから…』
シュン…としたパンダのスタンプが送られてきた。
『お金もないし、この夏はびっしりバイト入れてるんだよね。渚くん達だけで楽しんできて!』
『そうか、バイトかぁ』
本当は旅費なんてまるっと出してあげれるんだけど、彼女の性格なら「それは申し訳無さすぎる」ってきっと断ってくることだろう。
いつかまた、抽選で当たった的な嘘をついて誘ってあげよう。
(でも女の子と二人で旅行…ってのはちょっとハードル高すぎるかな…)
『水着、買いに行くならつきあうよ?』
「えっ、ほんと?!それは助かる」
『今日これからでも大丈夫だよ〜。仕事、早番だったからちょうど終わったところだし。』
時計を見ると、午後3時。
まだじゅうぶん買い物ができる時間だ。
「よし、じゃあこれから渋谷に行こうと思うんだけど…大丈夫?」
『渋谷ね。大丈夫。それならムラスポあたりが、男の子のカッコいい水着あるんじゃないかなあ』
いったん会話を切ると、俺は身支度を整えて、車で渋谷に向かった。
ヒカリエの駐車場に停めて、徒歩でスペイン坂のムラサキスポーツにむかう。
先に店に入って、日差しよけに着るラッシュガードやインナーパンツ、ビーチサンダルなんかを選んでいたら、梨亜が到着した。
「久しぶり、渚くん。」
「おお。早かったね。」
「えへへ、急いだからね。」
よく見ると、少し汗をかいている。
俺のために急ぎ足で来てくれたのかと思うと、嬉しかった。
その後は梨亜の見立てで水着を選び、いくつか候補を出した後、結局BILLABONGの水色にヤシの木がプリントされてるトランクス型の物を買った。
ベイシックな型だけど、遊びがあってオシャレだ。
ラッシュガードやビーサンなども梨亜に選んでもらい、無事沖縄用スイムグッズを購入することができた。合計4万円弱。
梨亜は買わないのかと聞いたら、まだ使う予定がないから今年は買わないかも…とのこと。
「わざわざ渋谷まで来てくれたお礼に、今日の夕飯はおごらせてくれよ。」
「今日のって、結局前も渚くんが払ってくれてるじゃん。」
「お礼でございます。よろしいでございましょうか」
俺はおどけてうやうやしくお辞儀をした。
「よろしいでございますよ」
梨亜もおどけてお辞儀をした。
俺達は渋谷ヒカリエにあるスペイン料理店で夕飯を食べることにし、夏野菜を使ったコースを味わった。
スペイン料理が自分の中でブームになりつつある。
梨亜も親の作ったパエリアしか食べたことがなかったようで、へえー、おおー、などと言いながら異国の味を楽しんだようだ。
俺は運転があるのでセブンアップを、梨亜は俺のおすすめでサングリアの赤を飲んだ。
そのあと、駐車場にあらかじめ停めてある車に乗って、彼女の家へと送っていった。
「ヒカリエに停めておくなんて、今回も用意周到すぎ!」
と言われてしまったが、嬉しそうなのでアリだったんだろうな、きっと。
梨亜の実家の前に車を停めて、彼女を降ろす。
「今日はご馳走様…沖縄、楽しんできてね。」
「お土産買ってくるよ。その時またご飯食べよう。」
「うん!」
俺は車の窓から軽く手をふると、エンジンをかけ、夜の道へと走り出した。
梨亜の姿がミラー越しに見える。
車が見えなくなるまで家に入らず、こちらを見つめているようだった。




