【2】お金が100倍になるらしい
鏡の光が消え、映し出されていた両親の姿は見えなくなった。
「嘘だろ、そんな…」
玄関のミニライトだけついた薄暗いアパートの部屋で、俺は謎の茶色い革袋を手に、呆然と鏡の前に立っていた。
父さんが勇者?
母さんが聖女?
かつて異世界を救い、今また救うために転生した…?
そんな非現実的な話、あるわけない…
しかしさっきの鏡の一連は─
とても俺を驚かそうとするための手品とは思えない…
他の部屋の人がアパートの階段をカンカンカンカン…とのぼってくる音が聞こえて、俺は我に返った。
どれくらい時間がたったのだろうか?
かなりの間、ボーッとしていた気がする。
─お金を、100倍にする、袋…?
「この、なんの変哲もない革袋が…?」
サイズは小さいリュックサックぐらいか。
皮はそこそこ使い込まれた感じがあるが、厚手でそうそう破れそうにない。
「信じられないけど、まずは試してみるしかないな」
俺は革袋の紐を解き、口を開いてみた。
なにも入ってないからペチャンコだ。
「金を入れてみたらわかるだろ、本当かどうか」
床に放り出していたトートバッグから財布を取り出し、一枚こっきり入っていた1万円札を抜き取って革袋に入れ、袋の口を紐でしめてみた。
「あ!しまった。魔法の袋みたいなこと言ってたっけ。変なことおきて消失したら、生活費がヤバい…」
あわてて袋を開こうと紐に手をかけたら、違和感に気づいた。
ペチャンコだった袋に、いくらかの重みを感じる。
まさか…と思い開いてみると、そこには─
「おおおっ?!札束…!」
父の言っていた言葉が本当だとしたら、この束は100枚。
1枚の万札が100倍に増えて、100万円。
「うっはぁ…嘘だろ?!ホントに増えちゃったよ…」
気づけば、床にへたり込んでいた。
漫画とかで衝撃を受けた人が「ヘナヘナ」みたいに床にへたり込むのあるけど、本当になるんだな。
念の為、床に10枚ずつ札を置いて数えてみたが、やはりキチンと100枚あった。
─マジか…どういう仕組みになってんだ、これ?
「え…まてよ。じゃあこの100万を入れたら、更に物凄いことになるんじゃあ…」
100万が100倍になったら─い、1億円?!
俺はドキドキしながら、袋に100万円の札束をまるごと入れてみた。
が、なんの反応もない。
開いてみると、何も変わらず100万円が入っているだけだった。
「袋を使って出したお金だと、駄目なのかな。」
試しに財布から百円玉を出して、袋に入れてみると1万円札になって出てきた。
「おおおおーっ!」
硬貨が万券に変わるのを見て、俺のテンションは爆上がりしてしまった。
100万円の札束よりも、リアリティがある数値だからかもしれない。コインが札へのインパクト。
「スゲーッ!すげえぞこの袋…!!」
親との別れを悲しんだあとにおかしいかもとは思いながらも、心の奥から湧き上がってくる高揚は止められなかった。
─まあほら、親も転生っていっても死んだわけじゃないし!
やりたい事やってるみたいだから!
親戚への報告とかどうしようなど今後に向けての不安はよぎるけど…
とりあえず今は…!!
俺は財布の中身を、札も小銭もジャラーっと全部袋に突っ込んだ。
いくらなのかよく見てないけど、きっちり100倍になってくれることだろう。
ジャラジャラいってた硬貨の感触が、封を締めた瞬間になくなって、少量のチャリチャリ音と紙幣のガサガサ感に変わった。
開けてみると、
「87万1800円」
…ということは、さっきの1万円札の他に8718円入ってたってことか。
すごい額になったぞ…
合計約188万円の金がここにある。
「父さん、ありがとう…俺、一生金に困らないで生きていけそうだよ。」
俺は感謝の言葉を口にした。
─今月末のバイトの給料日に支払われる分を、全部ここに入れたら、どうなるんだろ…?
それどころか、定期に入れたり預金したりしてる、わずかながらの貯蓄を全部おろして袋に入れたら─
「1千万円どころの騒ぎじゃないよな…ヤバ…」
頬がゆるむ。
ニヤーっとしてしまってるのが自分でわかる。
だって、だってすごいことだよこれ…!
億万長者も夢じゃない。
どんな事だって叶えられそうだ。
目の前の世界が、キラキラと輝いて見えた。
実際は、電気もつけてないから薄暗い、散らかったアパートの部屋だけれども。
「こうなったら全財産100倍だー!」
俺はクレジットカードの入った財布をトートバッグに放り入れ、コンビニATMへ走った。
─ワクワクしすぎて走るなんて、小学生の頃以来だな。
外の景色も、見慣れた道も、街灯に照らされた自販機さえもキラキラと輝いて見える。
─ものすごい勢いで、人生の転機がやってきたぞ…!
明日からの俺は、昨日までの俺とは違った俺だ。
息を切らしながら、俺はコンビニまでの夜道をひた走った。