【159】異世界ふれあい街歩き
異世界うどん屋のバイトくんである吉乃という少年は、店長から
「早引けしていい。ついでに可能だったら異世界転移について行き、日本に帰ってもいい。」
というお許しが出た今、安心して私服に着替え、手荷物が詰まったカバンを持ち、帰り支度で俺たちのテーブルに座っていた。
私服は多少擦り切れた、簡素な白シャツと生成りのパンツ。
『異世界好み』の店で買った現代風洋服なのでここではきっと高いだろうから、毎日使用して着倒したのか、初めから古着屋で買ったのかどちらかだろう。
「すいません、みなさん。僕なんかが混じっちゃって本当に良かったんですか」
「いいんだよ、気にしないで。」
俺は小さくなってる彼を励ました。
「ウム、同じ日本人同士、困った時は助け合わなきゃいかんしな。」
「そーそー!それに、一人でも多い方が旅は楽しそうだしさあ〜!ね、吉乃くんて何歳?」
「17です。」
「えー、若い!高校生じゃん。」
「学校帰りに転移してきました!こっち来てまだ半年とちょっとなんです。」
「半年…じゃあ、新型感染症の流行は体験してるんだね。」
「はい…あの、日本や世界はどうなったんでしょうか?親とか、大丈夫かなって…」
吉乃くんは、真剣な眼差しで聞いてきた。
そうか、知らないんだもんな。
彼が異世界に来てすぐに、母さんの──聖女の力によって新型感染症が無くなって、いま元世界は平和に包まれていることを。
「実は感染症はもうなくなってるんだ。だから安心していいよ。」
「えっ、そうなんですか!良かった…」
吉乃くんは、胸をなでおろしてホッとしている。
彼にどこまで喋っていいものか?
ケートが勇者、ユーリが聖女だってことも伝えていいものだろうか──
「よろしくね、吉乃くん。私はユーリ。バザルモア出身だけど前世は日本人の聖女なのよ。」
にこやかに自己紹介して握手をするユーリに、俺は再びズコーッ!という気分になった。
堂々と言ってくれちゃったぜ。
吉乃くんは「聖女」という言葉を聞き、にわかに目をキラキラさせはじめた。
「えっ、聖女ってジョブみたいなもんすよね。僧侶やパラディンみたいな回復系できる人っすか?」
「回復系よ、でもパラディンみたいな前衛の戦闘はしないわ。」
「ほう、君はDQ派かなそれともFF派かな?もしくはゲームはしないけどなろうでファンタジーは読んでる派かな?」
吉乃少年がRPGゲームをやるタイプだと知り、川口が突如興味を持ち出して話に割り込み始めた。
初対面の高校生に遠慮なくオタクムーブをかませる強いハートを持ってやがるな、こいつ…。
「ドラゴンのクエストするやつのオンラインやってました!」
「まあ!前世の聖女もやってたやつだわ、それ。」
「おおー、DQ派だったか!中高生でもやるんだな。」
「叔父がやってたんで、小学生のときからやってます!」
あ、オンラインゲーム話で盛り上がり始めちゃった。
吉乃くん、スポーツ少年です!って外見してるけど、ゲーム好きなタイプだったのか。
食後はオリビアの話を聞こうと思ってたんだけど、なんだか空気が変わっちゃった──って…
オリビアの方は、福田がマンツーマンでマイペースに聞き込みしてる…?!
「そっかあ、オリビアちゃんは南瓜が好きなんだねえ」
「かぼちゃだいすきじゃ」
「オレの国にはね〜、ハロウィンの季節になると南瓜のプリンとかパイとかいっぱい売られるんだよー。」
「はろうぃん…?」
「子供がお菓子をもらえるんだよぉ」
「お菓子…!!お主の世界の子供が羨ましいのじゃ…」
聞き込みってほどのことではなさそうだけど、こうやってだんだん打ち解けていけば、オリビアの方からだいじな個人情報を話してくれやすくなるだろう。
福田は子供に好かれやすいから、一気にみんなでオリビアに質問を投げかけて警戒させるよりも適切な方法かもしれない。
「さて、このあとの俺達の予定なんだけど、迎えの馬車が来るまでまだ時間があるから街を見て回ろうかな。」
「おう、見てみたいな。せっかく来たんだから──ことと場合によっては、ケートが戻りしだい元世界に帰らなければならんだろう。」
「その前に観光しよーぜ!観光〜!」
「そんなすぐに、元世界に…」
吉乃くんが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あっ、でも吉乃くん連れていけるって保証はないから、期待しすぎないでいてくれよ?!」
「解ってます──でもやっぱ、想像するだけでドキドキしちゃいますね…」
「吉乃。」
店長が封筒を持って近づいてきた。
「これは今月の給料だ。必要なものがあったらなんか買っていって、日本への復帰に備えろ。」
「店長…わっ、こんなに」
「半年間、働いてくれてありがとな。」
「店長──いままでありがとうございました!」
吉乃くんは立ち上がって、深くお辞儀をした。
「店長がいなかったら、俺…どう暮らしていいかわからず、この国の言葉だって……グス」
彼につられて、俺たちもちょっとウルッときてしまった。
いやー、この雰囲気…
なんとしても連れ帰ってあげないとならないムードじゃん!!!!!
いけるのかなー。大丈夫なのかなー。
俺たちは取り敢えずうどん屋を出て、まずは吉乃くんの案内でソルベリーの富裕層が利用する街を見てまわった。
つまるところ、うどん屋周辺のエリアである。
店長が言っていた通り、うどん屋はソルベリーでは高級料理店に値するのだろう。
俺達から見ると、クラシカルな煉瓦造りの洋館が建ち並ぶ街並みに建つうどん屋の姿はどこからどう見ても浮いてるように見えるが、この和風なところもチェーン店っぽい合理主義な造りのところも、すべてがこの国の人には物珍しく洗練されて見えるのかもしれない。
周囲の店は、いかにも富裕層御用達といった感じの洋品店や宝飾品店、家具、靴、菓子類、そしてレストラン、カフェなど──
どこもそこそこ広めの、煉瓦造りの美しい店舗で、従者連れの貴族でも狭苦しくなく優雅に買い物を楽しめる造りになっている。
予想通り、どこの店舗にも『異世界好み』の人のために、俺達の世界風な仕様の様々な商品が置いてあった。
俺達の世界「風」というのは、作られたのがおそらくこちらの世界だからだ。
転移者からの聞き伝えで、こちらの世界の職人が作ったと思われる。
戦前風の婦人服、昭和風の帽子、大正時代のような書生さんルック、中には高校の制服や学生鞄、ランドセル、うさ耳ヘアバンドなんてのもあった。
どれもかなり丁寧で、熟練の職人が手作業で作ったと思われる素晴らしい出来なのだが、なにかちょっと本物と違う。
そう、まるでコスプレ専門店の服や小物を見た時のような、「日常使いじゃないなコレ」感。
「アパレル専門の仕事についてた人とかは転移してきてないんだろうな。」
「そーだね〜、仕組みはよくわからないままなんとなくのイメージ図とかで作った、って感じするよねえ。」
「うーむ、そりゃそうだろう。一般の学生やリーマンが転移してきて、元世界のモノの作り方を教えろと言われてもわからんよな。」
「あっでも、学生服とかスーツは比較的本物そっくりに出来てたよぉ。転移者が着てきたものをもとにしたのかな?」
「多分そうだと思います。」
俺たちの疑問に、吉乃君が返答してくれた。
「僕も制服で飛ばされてきたクチっす。さっき売ってた男子高生の服も、僕の着てたものをもとにしてるんですよ。」
なるほど。
売ってるものを観察すれば、どんな転移者がいるのかなんとなく把握できそうだ。
「ううむ。」
「どうした、川口?」
「いや…わりと完成度の高いセーラー服やランドセルもあったから…小中学生の転移者もいるのかな、と。だとしたら親元へ帰りたいんじゃないかと思ってな。」
「ああ…ランドセルはイメージ図で作ったものだと思うっすよ。よく見るとちょっと違うというか…そもそも大人用に作られてますし。」
大人用のランドセル──うん、確かに大きいなとは思った。
「セーラー服着て転移してきたらしい人は…もう大人になってるっす。でもあの人は日本に帰りたがらないんじゃないかなあ──」
そうか、若いからって、みんながみんな親元に帰りたいわけじゃないよな…。
中には、異世界 に来て第二の人生を初めて、晴れて幸せになった人もいるだろう。
「吉乃くんは帰りたい派、だよね?」
「はい!でも帰ったら、今までどこに行ってたのかとか親や警察に色々聞かれるんだろうな〜って、ちょっと心配っすね。」
「捜索願い、出されてるだろうからね。絶対…。」
──世界の不思議現象がまとめられてる本で、米国の少年が急にインドに現れたとか、そういうテレポート的な怪異現象がたまに載ってるけど、あれってこういうことだったんだろうか?
日本に昔から伝わる「神隠し」も要するに異世界転移だったりして──
それは大いにありえる。
ありえすぎて怖くなってきたので、俺はいったん考えない事にした。