【158】ソルベリーの転移者に聞いてみたらしい
俺たちは腹いっぱい讃岐うどんを食べ、食後のお茶を飲んでいた。
バザルモアで飲んだジャスミンティーみたいなお茶だ。
「天ぷらうどんにジャスミン茶って、悪くないけど珍しいな。烏龍茶じゃないけど、なんか油を消化してくれそうだ。」
川口は山程の天ぷらを平らげていた。
あれだけ食ってたら、普通は烏龍茶でもプーアル茶でも消化が間に合わないんじゃないかと言おうと思ったが、面倒なのでやめておく。
「緑茶飲みたくなるねえ。冷たい緑茶〜!」
「悪いな、緑茶は滅茶苦茶高いんだ。」
福田のギブミー緑茶コールに、食器を下げに来た店長が渋い声で答えた。
「えっ、異世界には緑茶もあるんですかぁ〜?」
「ある…が、東方から長い道のりを経て輸入された物なんで、値が張るんだ。この店は、君たちにはそう見えないかもしれないけど一応ソルベリーだと高級料理店の部類に入るんで、貴族の申し出によっては取り寄せられないこともないけどな。」
やはり。
予感はしてたけど、これだけバッチリ日本を再現できてる店というのは、異世界好みの貴族にとっては堪らない「本格の味」ってことなんだな。
「へぇ〜っ!東方って、日本みたいな国があるのかなあ?」
「うーむ。バザルモアが沖縄と繋がってたから、あの辺りが日本かと思ってたけど違うんだな…」
「東方は、聞いた話だと大昔の中国みたいなんだ。」
福田と川口が、俺も不思議に思ったことを口に出すと、店長がすぐに答えてくれた。
中国はあるのに日本はないんだ…?
「言ってみたいけどめちゃくちゃ遠いし道中も危ないみたいだから、なかなかね。西方の砂漠地帯も同様だ。」
「ここからバザルモアは船で行き来できるらしいと聞いたんですが──」
「北と南はそこそこ近いんだよ。」
店長は、再び疑問に答えてくれた。
「こっちの世界はユーラシア大陸みたいに横長な大陸があると想像してもらっていい。いや、横長っていうか…漢字の『合』みたいな感じかね。」
「「「合 ?」」」
「そうだ、上の三角の部分がこのソルベリー王国で、下の口がバザルモア王国だ。」
俺は驚いた。
異世界に来てはいるものの、各国の位置をあまり把握してなかったし、西と東がどうなってるのかまるで知らなかったからだ。
「で、合の上の斜めになってる所が左右にズーッと長く伸びている感じ。それが俺が知っている限りのこの世界だ。」
左と右に、ずーっと続く大陸──
その左が砂漠、右が中国っぽい東方の国…か。
砂漠地方に関しては、親の…前の勇者と聖女の手記にも、そんなに沢山ではないけど出てきた。
確か商人ラナイはそっちの出身だったと思ったけど…そんなに遠い地方だったんだな。
しかし、東方の国に関しては訪れていないのか、出てきていない。
──イブに聞けば、なにか知ってるんだろうな……。
「店長さんは世界地図を持ってるんですか?」
「俺は持ってないけど、転移者の街にいる頃見た事があるぜ。尤も、こっちの奴らの測量技術がどんなもんだかわからないから、正確かどうかは保証できないけどな。」
そう言うと店長は、ハハッと笑った。
「ところでよ、あんたらバザルモアから来たのか?さっき沖縄と繋がってどうとか言ってたよな。」
「あ、ソルベリーにはイギリスから──」
「イギリス?!沖縄とイギリス、どっちからも転移してんのかい?」
店長は目を見開いて驚いている。
ヤベッ、喋りすぎちゃったかな…
転移の能力がある事、言ってしまって良かったんだろうか?
同じ日本人だから、嬉しくなってつい。
まあでももう、公爵家の使用人たちには全員見られてることだし、いいのかな…。
「あの、実は俺たち、こっちとあっちを行き来できるんです。」
「なっ…?!」
若い従業員にも聞こえたらしく、カウンターから出て駆け寄ってきた。
日本人の若い男の子だ。高校生か大学生くらいだろうか。
「ソルベリーと日本、行ったり来たりできるんすか?!」
「えっと…ソルベリーから直で繋がってるのは日本じゃなくてイギリスではあるけど──」
「すげえ!店長、この人たちに頼んだら戻れるかもしれないっすよ?」
俺はハッとした。
小説や漫画では、なんだかんだいって異世界生活を楽しんでる主人公が多いからか、ここに住んでる転移者の人達も異世界暮らしに満足してるのかもしれないと勝手に思い込んでいた。
──そりゃうちの親みたいに勇者や聖女のスキルがメキメキとレベルアップしていって、倒した敵から金銀財宝をもりもり稼げてたら人によっては居残る気にもなるかもしれないけど、そうでもないなら日本に帰りたいに決まってるよな…。
特に若者だと、ネットもスマホも漫画すらもない異世界暮らしはつまらないだけかもしれない。
期待を持たせてしまったかな──
いや、連れて帰ったりできるのなら、してあげたほうがいいのかな?
勇者の血筋でもない福田や川口だって一緒に転移できてる訳だし…。
「あのっ、お客さん、日本に帰るとき僕も連れてってもらえますか?!」
従業員の若者は目をキラキラさせている。
「あ、えっと実際転移のスキルがあるのは俺じゃなくて、スキル持ちの仲間に運んでもらってる感じなので…」
てか、俺もストーンヘンジから謎の神様ワープをしてきたから、実際戻れるかどうかよくわからないんだよね…。
「えっ、どなたが日本に転移できるんですか?!」
従業員くんはキョロキョロと俺達のグループの面々を見渡す。
「今はちょっと用事があって、バザルモア王国に行ってるんで…でも戻ってきたら転移の実験をしてみるつもりだよ。」
「オレたちもさあ、ちゃんと元の地点に戻れるのかどうか知らないんだよぉ。さっき飛ばされてきたばかりだもんねえ。」
「ウム。まあイギリスに戻ってもらわねば困るがな。不法出国したことになってしまう…」
「こうしたらどうだ、吉乃 。お前はいま早引けをして、彼らとともに行動をさせてもらって転移の機会をうかがうってのは。」
店長が、吉乃くんの背中をぽんと軽く叩いた。
「いいんですか?店長…。」
「大丈夫だ。そのかわり、行き来できそうだったら俺にも知らせてくれよ。日本には未練はないから戻らなくてもいいかなと思っていたが、行ったり来たり生活には興味がある。」
店長はそう言うとニカッと笑い、その後すぐに顔を引き締め俺を見た。
「お客さん。この話、他の人間にはペラペラと言わないほうがいいぜ。転移者だって、いいやつばかりじゃねえからな。」
「はい…!すみません。日本人の転移者に会えたからって舞い上がってしまいました─」
悪い転移者もいるのかな。
転移者の街を見学しようかと思っていたけど、ちょっとどうしようかと思い直してしまった。
だってもし、さっきの吉乃くんみたいな調子で日本に戻ることをお願いされたりでもしたら、断る理由が見つからない…。
「それじゃあ、スミマセン。あとをくっつかせてもらいます。あ、僕は西原吉乃といいます。よろしくお願いします!」
そう言うと吉乃くんは白い帽子をとり、無邪気な顔でペコリと頭を下げてきた。