【154】僕の大切な人になっちゃってたらしい
王家の者が人攫いにあった事件は、起きていない──
じゃあ、王城の西塔に住んでいると言ってたオリビアは、どこの子なんだ…?
「ねえオリビアちゃんのお家さあ、もしかしてよその国だったりするかなぁ?」
福田が、オリビアに聞いてみた。
こいつ、王族かもしれないとわかっても物怖じしない奴だな…
「そうか、ソルベリーの王城だって信じ込んでしまったけど、他所から連れてこられた姫君かもしれないですもんね。」
ケートがぽん、と手を打った。
オリビアは、むー?と状況を掴めていないような声を出している。
「オリビアちゃん、お父さんのお名前とかぁ、教えてもらえる〜?」
「ヘンリー。ヘンリー・ソルベリー」
「ヘンリーっていうんだあ。」
「…っておい、福田。今この子、名字をソルベリーって…」
福田と俺が、公爵の方を振り返ると
「い、いやそんな──ありえん。」
彼は目を見開いて困惑した顔をしたあと、自分に言い聞かせるように目を瞑り、首を横に振った。
顔色は貧血を起こしたかのように、少し青ざめている。
「あなた、お座りになったら」
「あ、ああ…」
オリビアは、福田の袖をクイクイ、と引っ張って
「ここはどこの国なんじゃ?」
と聞いた。
「ソルベリー王国だよ〜。」
「じゃあ、わらわの国じゃ。」
大人たちの気持ちを物ともせず、彼女はあどけない笑顔でそう答えた。
俺たちは顔を見合わせ、うーん…と言いながら頭をかいた。
「オリビアちゃん、お名前とか、なにか証明するようなものってさあ、持ってるかなぁ〜?」
「しょうめい…?むー、わからぬ…」
着の身着のまま拐われたのかな。
うーん、これは…王城に連れて行く前に、少し対策を考えなきゃならなさそうだぞ──
「失礼いたします。」
メイドがお茶をワゴンに乗せて運んできてくれた。
カロリーメイトみたいな形をした美味しそうなビスケットに、カスタードクリームのようなものを添えた甘味が乗った皿。
ちゃんと人数分あるようだ。
「わ〜っ、美味しそう!」
「美味しそうじゃ」
オリビアの目はビスケットに釘付けだ。
「オリビアちゃん、甘い物好きー?」
彼女は、こっくんと大きく頷いた。
お茶を飲む内に、一旦蒼白になった公爵の顔にも血の気が戻ったように見える。
俺たちもめいめい、出してもらったお茶を飲んだ。
ラベンダーかなにかのハーブティー。少し香りが強いけど、美味しい。
「申し遅れてすまなかった。私はギルバート・エバンズ。もうご存知だと思うが、君たちの仲間であるケートの姉、ソフィアの夫だ。」
調子が戻ってきたのか、公爵が自己紹介を始めた。
「爵位は公爵──だが、他国の、それも転移者の君たちは身分制度などに縛られず、気楽に接してくれて構わないよ。」
「あっ、公爵には俺たちが転移者だってひと目見ただけでわかるんですね…!」
思わず聞いてしまった。
やはりこの国、ソルベリーの人は異世界転移者が多いだけあって見分ける目も養われているのだろうか。
「わかるとも。転移者は東の国の民族に近い顔立ちをしているが、文化はかの国とはまるで違い、非常に先進的な格好と感性を持っている。この国にはないような技術で作られた服を着ていたり、髪の色を変えていたり…」
公爵は、茶色く染めてゆるいパーマをかけている福田の頭に目をやった。
「君たちも、普段は異世界の服を着ているんだろう?いまは戦闘用の装束を身につけているようだが──しかし、随分とハイレベルの装備だな。それは一体……」
「これはバザルモアの宝物庫から取り出して──」
「宝物庫だと!」
おっと、口が滑ったかな。
…と思ってた所、すかさずケートが口添えをしてくれた。
「義兄上、こちらのナギサ殿は、先の大戦時の勇者様と聖女様の間に生まれたご子息なんです。」
「なんと!」
「まあ!」
公爵とソフィアさんは、同時に驚きの声を出した。
「そうとは知らずご無礼を…」
かしこまる公爵に、いえいえそんな、気にしないでください!と必死で言う俺。
俺たちは先代の勇者パーティーの意志を引き継ぎ、魔王復活を阻止しようと考えていること。そして、ケートを含む旅の仲間たちには、先代の遺産である装備や武器を貸している、という、バザルモアのリンリー侯爵が知っていることと同様の情報を公爵夫妻にも伝えておいた。
異次元ポケットの存在までは、まだ言ってない。
公爵夫妻、悪い人じゃなさそうなので、近いうちに言うことになりそうだけどね。
あと、公爵夫妻にとって一番関わりのあることも、念の為──
ケートの中に勇者の魂が入って融合し、次世代の勇者として神に選ばれたというできごとを、かいつまんで説明した。
これは、おそらく近いうちにリンリー侯爵から手紙で説明が届くことだろうけど、先に会ったので話しておくって感じだ。
「──だから、急に他国に転移だなんていうスキルを使えるようになったのね、ケート。」
「はい、ソルベリーだとまっさきにここが浮かんだので…驚かせてすみません、姉上、義兄上。」
「いいのよ。見知らぬ街なかに転移するより、安全でしょう。そんな大勢であらわれたら、何事かと思われてしまうわ。ソルベリーはバザルモアより人口が多いですからね。」
そうだったのか。
魔法やスキル関係を街なかで使う際は、気をつけなきゃだな。
「今後も複数人で転移をする時は、我が家の中庭を使うといい。使用人や兵士には、そう伝達しておく。」
公爵も許可してくれた。
これで転移するたび使用人の人が腰を抜かすこともなくなるかな?
「ありがとうございます、公爵!」
「ところで、勇者様がケートの中に入られたという事は、聖女様が入られた方もいらっしゃるの?」
そう、ソフィアが聞いてきたのに対してケートが答える。
「はい、聖女様はそこに座ってるバザルモアのユーリの中に融合されてます。」
ユーリが、小さく手を上げてペコリと会釈をした。
「僕の──大切な、女性 です。」
そう言うと、ケートは少し頬を染めた。
ユーリは少しどころじゃない赤さだ。
……ってか、君たちいつの間にそこまでの間柄になってんの?!
い、いやなんせ俺の両親なわけだからさ、それでなにも間違っちゃいないんだけど…さ。