【150】異世界の廃墟城・地下にて
廃墟の古城の中は人の気配がなく、かと言って魔物がぞろりと出てくるわけでもない。
薄気味悪い静けさがあった。
明かり取りの窓から光が差し込み、薄暗くはあるが内部がどうなってるか見える。
埃っぽく、人が長い事住んでない建物独特の土のような臭いがする。
しかし、調度品が壊れたり破れたりはしておらず、荒らされた感じはない…。
「これってさあ、どういう事だと思う…?」
福田が、眉を少ししかめて言った。
「どういう事って?」
「古いけどこんだけ綺麗な調度品が並んでるじゃん、燭台とかさあ、絵画もあるし…」
「ウム、盗賊に荒らされてないのは不自然だな。嫌な予感がする。」
川口も、緊張した面持ちで剣を抜いたまま歩いている。
「盗賊が手を出していないってことは、つまり──」
「盗賊が寄り付かない強い何かが棲み着いているんじゃないか、ってことだ。」
ええええ…。
やだよそれ、だって100%魔物じゃん……。
「でもさあ、もし魔物なら盗賊相手と違って、思い切り倒せるよねえ。やっぱ人相手だと、たとえ悪人といえどもグッチャグチャにするとか躊躇あるじゃん。」
「そうだな、俺も殺人はなるべく避けたい。うなされそうだ。」
二人が勝つこと前提で物騒な事を言い出した。
そうだよね、盗賊や人攫いなんて、もう恐れないようになってるんだもんね。ふたりとも。
てか、人間相手だとオーバーキルになっちゃうのがやなんだよね…。
その点、魔物はダンジョンでもボフンって消えて、魔石を落とすだけだからエグくない。
ダンジョンなら──ダンジョン?
「あ!そうだ。これ」
テレレレッテレー!
本日2回目のテレレレッテレーだ。
俺は腹の異次元ポケットから、どこにでもいけるドアを出した。
「おっ、ダンジョン内だけ使えるドアか。」
「もしかしてこういう悪魔城みたいなとこも、ダンジョンの一種なんじゃないかなって思ってさ。」
「確かに、ゲームだと洞窟だけじゃなくって、敵の出るところは城でも塔でもダンジョンって呼ぶよねえ。」
「本来のダンジョンは、城の下に拡がる地下牢や地下迷宮のことを指すそうだぞ。」
「じゃあここなんて最適じゃん、アハハ…ハハ……」
しーん。
耳が痛いような静寂が流れた。
「ここの下かな…。」
「いや、絶対そうだろ。」
「あ!そうだ!これも試そう。」
テレレレッテレー!ってもう音はいいか。3度目だし。
「魔力探知ペンギンくん〜!」
声もわさびチックにはしていない。俺の普通の声だ。
なにせ、ユーリが助けを求めてる緊急事態だ。ふざけてる場合ではない。
ペンギンくんのスイッチを押してみると、ピカーっと強い光の筋が床に向かって伸びた。
「地下だ。強い魔力を持った者が地下にいる。」
「それってさあ、ユーリちゃんとケートくんかなあ?それとも…」
強い魔力を持つなにか──
いや、躊躇してる暇はない!
俺は、どこにでもいけるドアのノブに手をかけ、叫んだ。
「この城の最深部、ボス部屋!」
思い切って、バッ!と扉を開く。
そこには──
「地下墓地…?」
蝋燭と髑髏が沢山壁際に並んでいる薄暗い石造りの部屋。
なにかの番組で見た、ヨーロッパのカタコンベのような雰囲気だ。
部屋の中央には、古めかしい石の棺が4つ並んでいる。
正直いってかなり怖いが、背後のドアが開いてる限り逃げ道はあるから俺はめげない。
「ペンギンくん、再度!」
ペンギンくんからの光の筋は、ピカーっと一番左の棺を示した。
俺達は恐る恐る近寄り、ちょっとだけ重たい蓋をずらしてみる。
「バーっと開けろよ、渚。」
「やだよ、万が一ミイラ的なルックスの何かがこんにちわしてきたらキツイって…」
しかし、中に入ってたのはミイラでもゾンビでもなく──
「ユーリ!!」
「ユーリちゃん!」
棺の中には、ユーリが横たわっていた。
俺は急いで彼女の脈をとる。
「ちゃんと生きてる…眠ってるだけだ。」
「良かったあ…死んでないんだね。」
ホッとする福田をよそに、剣を構えて警戒を強める川口。
「大丈夫か…?首とか、噛まれてないか?」
え?首噛むって…。
「この状況、怪しいだろどう考えても。吸血鬼の棺じゃないのか。」
俺は、横に並んでる棺に目をやった。
「おれのカンが正しければ、この隣りにある棺は──」
川口が、隣の棺の蓋をバカッと開ける。
中に入ってたのは、ケート。
やはり眠っているだけだ。よかった。
「首の噛み跡とかはないよぉ、ふたりとも。」
「おい、ユーリ、ユーリ…!」
『…その者たちが目を覚ますことはない…』
ハッと気づくと、奥の棺の蓋が開いていた。
棺の中から、黒い影のような男が起き上がってこちらを見ている。
ダンジョンの魔物たちと似たような黒い影の存在だけど、薄っすらと見える服やマントの仕立てで、もとは高貴な身分なんだということが伝わってくる。
カッと見開いた目と口が不自然なほど赤い。真紅だ。
これが、吸血鬼と呼ばれるものなのだろうか。
物語と違って美しさや人間味は感じられず、人間を食する魔物がたまたま人語を理解している、そんな気こそした。
『その乙女達は私の血の生贄となってもらう為に眠らせてあるのだ……』
「なんだって?!」
『私を殺さない限り、目覚めはしないだろう。貴様ら邪魔者には死の罰を──』
ゆらり、ゆらりと俺たちの方に近づいてくる…。
「そりゃあ良いことを聞いた。」
川口が、勇敢にも影の男の前に立ちはだかると、なんの迷いもなく電光石火のように、胸に深々と剣を突き刺した…!
影の吸血鬼は、刺された瞬間「グフッ」みたいな声を出したが、真っ赤な口を開いて不敵に笑っている。
『そんなものは不死の私には──な…に…?!』
剣に触れてる部分の吸血鬼の胸が、しゅうしゅうと煮えたぎるように焼けている。
「悪いな、おれの剣は銀なんだ。」
川口は、容赦なく胸に刺した剣を、引き抜かないままグルっと回した。
『…お、おのれ…』
吸血鬼が腕を広げると、脇の下が翼状に伸び、顔の形も動物みたいに変化していく。
蝙蝠だ。
大きな蝙蝠に変身しようとしている…!
天井を見上げると、地下の上の階に繋がってるであろう天穴が開いている。
あそこから逃げようという魂胆か──
「そうはいくか!」
俺は、腰に下げていた鈍化銃を構えて、迷いなくやつの傷口に向けて引き金を引いた。




