【145】ロンドンの夜はパブで聞き込みらしい
寝床も決まり、荷物もおろしひと安心した今の時間は午後6時半。
機内のファーストクラスの席で、豪華な機内食を食ったり、シャンパンやおやつをチビチビいきながら昼寝したりと怠惰な時間を過ごしていた俺たちだが、流石に腹が減ってきた。
「明日のストーンヘンジに備えて動物性タンパク質を食いに行こうな、渚!」
川口から、「スタバのサンドイッチとかパスタとかは足りねえからゴメンだぜ」という意味が隠された言葉を投げかけられた。
調べると、豪華なヨーロッパスタイルの(当たり前か)レストランはあるにはあるけど──
「いつも恵比寿周辺で行ってるのがそういうラグジュアリーレストランばかりだから、行きたくないなあ…。」
正直、ステーキのコースとか言われても日本で食べるのとあまり変わらない気がするんだよね。
「じゃあどうすんだ。」
「パブに行ってみようぜ。」
「「パブ──」」
あ、コイツラ絶対日本のパブ想像してる。
オネーチャンがいて、場合によってはオネーチャンが全員フィリピンとかの人だったりして、カラオケが歌えて焼酎ハウスボトル飲み放題とかのアレ──じゃないよ?!
「イングリッシュパブだよ。酒とイギリス食が味わえるぞ。本場のエールやフィッシュ&チップスとか。」
って、ガイドブックと映画からの知識だけど。
「「食ってみてえ…!!」」
二人の賛同を得たので、まだ日没までは遠そうな明るい表の通りに俺たちは出た。
夏のイギリスは日の入りが遅い。
7時をまわっても、まだ夕焼けにもなってない。
感染症の恐怖がなくなって生活が戻ったのはイギリスも一緒のことなので、通りには飲み屋を探す市民と観光客が沢山ブラブラ歩き回り、繁華街と違ってなにか派手な施設があるわけでもないのに、通りには人がいっぱい。
閉まってしまうといけないので、念の為飯より先に通りがかりのドラッグストアで、旅行中ホテルで必要なもの(シャンプー、リンス、歯ブラシセット、ヘアブラシ、整髪料、ちょっとした飲み物いろいろとお菓子)を買っておいた。
飛行機に乗るときの手荷物液体検査が煩わしく、液体類は現地で買おう!ということにして来たため、シャンプーだのなんだのがなかったのだ。
「パブ、どこもわりと密だな。」
川口が、もはや古い言葉になりつつある「密」と評した通り、パブはどこも盛況だった。
カウンタースタイルの席がメインの店は立ち飲み屋みたいにめっちゃワイワイしてる…。
ガタイのいい外国の人の合間に体を押し込んで
「ビール一丁!」
とやるのはどうにも注文しにくい、シャイな日本人の俺。
周辺を歩きまわって探した結果、テーブル席メインの、どちらかといえばレストランに近い雰囲気の店を選ぶことにした。
クラシカルな造りの建物が多い中ひときわ古めかしくて、シャーロック・ホームズに出てきそうな店だ。
他より空いてる。
こっちの若者にとっては、昭和臭全開の小料理屋や個人経営の居酒屋みたいに見えるのかもしれない。
俺たちはエールジョッキ3つと、
フィッシュアンドチップス
(魚と芋のフライ)
シェパーズ・パイ
(羊肉入りのマッシュポテトをオーブンで焼いたやつ)
ブリティッシュパイ
(ビーフシチューのパイ)
を頼んで、どれも食ってみたいからみんなでシェアしあってつついた。
ボリュームは日本の居酒屋より圧倒的にデカくて、シェアして食べる形式にして本当に良かったと思ったくらいだ。
(しかし、川口と福田はそこにプラスでハンバーガーとおかわりのエールを頼んで食ったのだった。
お前らの胃袋、どうなってんの…)
指輪の力に任せて、俺はカウンターのお姉さんにストーンヘンジについて聞いてみることにした。
「あのう、ストーンヘンジってぶらっと訪れていけるものなんですかね…」
「行けるわよ!ウォータールー駅からソールズベリー駅まで電車に乗っていって、駅からバスに乗るだけ。」
「バス…ローカルツアーとか参加しなくても、入れるものなんですか?」
「アハハ、べつに秘境とかじゃない草原だから、誰でも行けるわよ。」
そうなんだ。
ミステリーツアー的なものに参加しないといけないのかと思ってた。
「ソールズベリーの駅からすぐのところにストーンヘンジ行きのバス乗り場があって、露骨にわかりやすくしてるから心配いらないわよ。」
ソールズベリーっていうんだな、ストーンヘンジのある場所。
名前もソルベリー王国に似てるや。
「ところであんた、日本人旅行者にしては英語、上手いわねー!見た感じ、学校の仲間との旅行でしょ?」
「は…はは、サンキュ」
俺だけじゃなく、福田や、老けてると思ってた川口も学生に見えるんだな…。
まあ、英語が上手いのは指輪の性能なんだけどね!
いまここにもしアフリカ系の旅行者の人が現れても、故郷の言葉に合わせてあげられる自信があるぜ…!
ともかく俺たちはパブで腹一杯英国メシとエールを詰め込み、ストーンヘンジまでの行き方もお姉さんに教わって、明日の冒険への準備万端でホテルへ帰ることができた。
──まあ、もしいくら異世界の神様に祈っても誰一人転移できなかったら、冒険もクソもなくスゴスゴとロンドンに帰ってくるしかないんだけどね…。
「そうならないことを願うしかない。」
俺は、一人でゆうゆうと寝れてるダブルベッドの中で、窮屈そうな奴らを横目で見ながらそう呟いて、目を閉じた。




