【131】王にファッション誌を贈呈したらしい
「私の予測では、魔王はバザルモアにいる別の何者かに転生していると考えています。」
王からの問いかけに、イブは答えた。
周囲の貴族から、不穏なざわめきの声が聞こえる。
「─なぜなら異世界に帰還した勇者ケースケと聖女ユーコが、今年の春、南の神の力によってこのバザルモアの若者二人に急遽転生されたからです。」
王はウウム…と唸った。
もともと濃い顔だから眉をしかめると100倍イカツイ。
ゲームの無双シリーズにこんな武将出てきそうだ。
イブは続けて現状からの推測を話していく。
「魔王が魔物に転生したのなら、おそらくもう兆候が出ています。なぜなら、魔物は成長速度が早く、周囲の魔物を連携させていくので、魔物出没地帯になんらかの変化が現れる──しかし、ダンジョンや森林などで一通り調査したところなんの兆候も見受けられませんでした。」
あ、もしかして。
ユーリや俺たちのレベル上げは、イブにとって絶好の魔物観測作業になっていたのかもしれない。
「ではイブよ、魔王は既に人の子に転生していると──?」
「その可能性は高いかと。」
人々は、更にざわつき始めた。
「しかし、今の所巨大な魔力は観測されておりませんので、まだ誕生したての赤子なのかもしれません。ひとまずはご安心ください。」
イブにそう言われ、そうはいっても安心はできん、という顔をしつつも国王は王座に深く座り直した。
「陛下、このバザルモアの力となる、新しき勇者と聖女の紹介をさせていただきたく存じます。」
沈んだ気持ちの王と貴族たちの気を取り直すように、威勢のいい声色で侯爵が話し始めた。
「神に勇者と選ばれたのはこのケート・リンリー、私の第三子でございます。そして、聖女に選ばれしはチェマで魔道具屋を営む魔道士マルベリーズの娘、ユーリ・マルベリーズ。」
急に名前を呼ばれ、慌ててケートとユーリが片膝立ちの姿勢のままお辞儀をした。
「二人共、一度命を落としてから神に勇者と聖女の魂を授けられ、この世に蘇りました。」
「なんと、そのような事が本当にあるのだな…。」
王も王妃も、心底驚いた顔をしている。
「そして、二人の後ろにいるのが前勇者と前聖女の間に生まれた子息にして異世界者、クワノナギサ殿です。」
俺は、ケートがしたように、膝をついたままペコリと頭を下げた。
「その横が、ナギサ殿の旧友で、異世界から来訪した戦士カワグチ殿とフクダ殿です。」
二人も、俺と同じようにお辞儀をする。
「従者」と紹介されるかと思ったら「戦士」だなんて、なんか少し羨ましい職業名だな。
「──そして、ソルベリーの大魔道士であるイブ殿。これが、新たなる魔王討伐の為のパーティーでございます。」
「おお…異世界の方がこんなにも…」
「なんと心強い…」
という、喜びの囁きが貴族たちの間から聞こえる。
よかった。印象良いみたいだぞ。
両親の功績のおかげで、異世界の人間は戦に強いという刷り込みがされているような気がする。
「勇者の息子、ナギサよ。そなたは何の職業なのだ?」
「は?!…えっと──」
王から急に名指しで問われて、俺はメチャクチャ焦った。
職業──ってこの場合、翻訳家とか現実生活の方のじゃなくて、戦いにおいてのいわゆる「ジョブ」ってことだよね?
えーっと、イブの話だと商人パートだそうだけど、まだたいして商人っぽいことやってないし──
「──自分は、魔法の弾を打ち込む銃や、ポケットから引き出した魔道具を使って戦う、アイテムシューターでございます…!」
咄嗟に出てきたジョブ名だけど、なんだっけこれなんだっけ。
「……FF……」
川口の口からボソリと呟きが聞こえた。そうか、忘れちゃってたけどそうなんだろうな。
「なんと、そのような職業もあるのか。して、ポケットとは…?」
前の戦いの時、勇者パーティーの商人ラナンは異次元ポケットを使ったようだけど、意外と知られてなかったのかな。
俺は、隠しても仕方ないし、王様達を安心させたいからこの際堂々と見せることにした。
「では失礼をして──こちらでございます。」
かっこ良くバッと上着を脱ぎ去り、シャツをまくって腹のポケットを見せる。
そして、そこに手を突っ込み、大きなプレゼント箱を2つ取り出して見せた。
「国王陛下と王妃様に、異世界からの贈答品をお送りいたします。」
一同、驚きのあまりポカンとした顔で俺を見ていたが、ハッと気づいた侯爵が目線で王の従者に知らせ、俺の前に置かれたプレゼント箱を玉座の前に置かれた丈の低い金のテーブルに運ぶ。
角度によってポケットが見えにくかったからか、
「おお…ズボンの中からあんな物を取り出すとは」
と言ってる貴族もいるが、気にしないでおく。
王に促され、従者は箱を開封した。
王の箱の中には、黄色地に椰子の模様の入ったアロハシャツと白いハーフパンツ、そして大人の男性ファッション誌『LEON』と大人のカジュアルでビーチの香りがするファッション誌『Safari』。
王妃の箱の中には、薄紫色のロング丈の優雅なサマーワンピースと、透けたシフォン地のロングフレアカーディガン、そして大人の女性ファッション誌『ELLE japon』と、ファッションショーの写真中心で構成された『MODE et MODE』。
「まあ…なんて素敵!」
真っ先に喜びの声を上げたのは王妃様。
「この本は…美しい服を着た人間の姿が描き出されていますね。全て『写真』というものなのでしょうか?」
「左様でございます。」
俺は答えた。
「王妃様は写真をご覧になったことが?」
「ソルベリーで、異世界者の一人が持ってきた紙を見せてもらったことがあります。しかしこんなに沢山、それも本の状態になっているのは初めて見ました…!」
王も王妃も、目を丸くして日本語のファッション誌をパラパラめくっている。
「もしその写真の中でお気に召された衣服がございましたら、同じもの、もしくは似たような形のものを取り揃えて献上することも可能でございます。」
俺がそう告げると、王と王妃だけじゃなく、貴族たちからも(側にいる侯爵からすらも)
「おお…!!」
という感嘆の声が上がった。
──もしかしたら、異世界と日本を行ったり来たりして衣類や古着の販売をする事もできたりして…。
転売屋みたいでちょっと気まずい気もするけど、買い占めや大量買いをしないであくまで一点ずつなら、おすそわけ販売してあげてもいいのかもしれない。
バザルモアの貴族社会における『異世界好み』が、想像以上に浸透していることを感じた瞬間だった。




