【13】実家に行ってみるらしい
恵比寿に引越してから1ヶ月がたった。
車は無事納品され、マンションの地下駐車場へ。
沖縄旅行は福田の仕事の都合で、7月頭の平日に行くことになった。
航空券もホテルも手配済みである。
3人とも恋人も配偶者もいないから、誰に断るでもなく旅に出れて気楽なものだ。
芦田梨亜とはたまにLINEで会話する仲になった。
はじめは確か、梨亜の方から流行りの漫画についての質問をしてきたんだったかな…
で、答えて会話を繋げているうちに、なんとなく日常のどうでもないアレコレも話すようになったのだ。
なにを食べたら美味しかった、とか、SNSであの記事見た?とか─
些細な事だけど、それだけでわりと幸せを感じてしまう。
梨亜のシュールなパンダのスタンプが来るたびに、癒やされている自分がいる。
─家に招待できたらいいけど、俺のマンションを見たらドン引きするかな?
家といえば─
実家に一度帰ってみる決意を固めた。
両親は異世界にいるのでもちろんいないが、残された家と雑貨屋は大丈夫なのだろうか?とそろそろ心配になってきたので、見に行く事にした。
…で、今こうして車で向かっているという訳だ。
東武動物公園よりいくつか東京寄りの駅にある、見慣れた町。俺の育った町。
一人暮らしを始めてから免許をとって、親も自分も車を所有してなかったので、実家での運転経験はなし。
自分の車で駅付近を通ってる時、なんだか別の町のような不思議な気分になった。
実家の近くには駐車場がないので、駅周辺にとめて、そこからは歩く。
正月には電車で一度来ているので、たいして懐かしくはない。
駅から少し離れた商店街でもなんでもない所に、うちの雑貨屋はある。
なんでそんな客の入らなさそうな所で店を開いたのか、子供の頃から不思議だった。
そんなに儲けたりはしてないはずなのに、うんと貧しくなることもない。
客は来ずとも、父か母がどこからか仕事を見つけてきて生活の足しになっている──
強運、のようなものがある両親だった。
まさか婚前に、異世界で強敵と戦い抜いてきた過去があるとは思わなかったし、光の中に消える前の母の話だと、現実世界では魔法を使うことは基本的にできないとの事だけど…
「ステータス、運にかなり数値をふるとかしてたんじゃないかなあ、もしかして…」
ラノベでよくある異世界転移主人公みたいに、ステータスオープンしたりスキル振りしたりできたのかどうかは知らないが、なにか普通の人と違うものがあったんじゃないだろうか。
「両親の私物なんてあまり見た事ないけど、探してみたらなにかしら、異世界の痕跡が出てくるかもしれない。」
ガチャリ。
合鍵で玄関の扉を開け、中に入る。
「ただいま〜…」
誰もいないとわかっていつつも、つい癖で言ってしまった。
入口のポストは郵便物でいっぱいかと思ったら、意外とそうでもなかった。
ダイレクトメールや広告チラシの類はいくらか入ってたけど、新聞はとってなかったようだ。
ポストの中身を下駄箱の上に置き、家の中を見て回る。
「よかった、ペットは飼ってないみたいだな…餓死してる猫とか金魚とかがいたらどうしようと思った。」
勇者と聖女なだけに、そんな人道的じゃないことはするわけないか。
両親の部屋に入ると、なんだか妙な違和感を感じた。
(?なんかこう…物がなさすぎないか…?)
そう、不自然に見えない程度に最低限の家具はあるが、生活の臭いがするものが無くなってる。
仕事に関する物が入った段ボール箱とか、本棚とか、食器棚とか─
タンスを開けてみると、衣類も全てなくなっていた。
「え?どういう事だよこれ…」
もしかして、家を俺に任せる事を前提として、処理に困るものは処分した上で異世界へと旅立ったのか…?
こういうのも「終活」と言うのだろうか。
「今回は子供に転生する…みたいなこと言ってたよな。て事は、こっちでの体は死んだ、とかだったのか…?」
俺は急に怖くなってしまった。
転生するために自死…なんて、まさかな?
「でも、二人揃ってトラックに轢かれたりでもしたら流石に警察から連絡が来るよな…。生身の体も光の中へ消えた…と考えたらいいのかな」
そうであってほしい。
数年後、山の中で白骨として発見なんてやめてくれよ、父さん母さん。
部屋の中を探せども、両親の私物は見つからなかった。
ただ、天袋にアルバムだけは入っていた。
若い頃の写真のようだ。
「これだけは捨てたくなかったのかな。安心してよ、ちゃんと俺が保管しておくから…」
ページをめくっていくと、両親が学生の頃の写真が目に止まった。
まだ出会っていないので、もちろんそれぞれバラバラに学生生活をしてる写真だ。
そこから間がなく、突然俺の産まれた頃の写真になっている。
(出産前のお腹が膨らんでる写真もいくつかある)
「20代前半のあたりの、二人が出会った頃の記録がないのか…異世界にいたんだもんな」
父も母も、両親は既に他界していて、きょうだいもいない。
「二人がこの世界で暮らしていた痕跡は、この世でこのアルバムしかないってことか…なんだか寂しいな…」
俺が生まれてからは、デジタルカメラか携帯での写真に切り替わってるだろうから、データでの保存はしてないだろうかとあちこち探してみた。
が、SDカードやCDディスクみたいなものはどこにもなかった。
「ノートパソコンに入ってないかな…?」
俺は一階の雑貨屋店舗に行ってみた。
シャッターは降ろされ、店内の物は何もなくなっている。
すべて処分したのか─?
カウンターの上に、ノートパソコンだけは置いてあった。
電源をつけても、暗証番号がわからない…
「うーん困ったな…」
これはアルバムとともに恵比寿の家に持ち帰り、じっくり解析してみよう。
先日駅ビルの鞄屋で買った、PORTERの大きなリュックサックに詰め込む。
なんか持って帰るものがあるだろうと思って、大きくて背負いやすいものを用意して持ってきたのだ。(7万円もしたが、肩にかける部分の形状がめちゃめちゃ楽。さすがだ。)
「そういえば、俺の部屋にもなんかあるんじゃないか…?」
俺は、実家にいた頃自室用に使っていて、その後雑貨屋用の仕入れ箱置き場となった四畳半の部屋に入った。
そこで、奇妙なものを見つけたのである。




