【129】とうとう王様に呼ばれたらしい
ケートに勇者の魂が入っているとわかり、一番焦ったのは親であるリンリー侯爵だったようだ。
侯爵は、ケートが俺たちとレベル上げをしたり記憶を取り戻すアレコレの事をしてる数日間の間に、王に謁見して事の次第を話したらしい。
俺たち全員に王宮からの「招待」という名のお呼び出しがかかるのに時間はかからなかった。
「渚殿、安心してくれたまえ。貴公らは別に危険視されてる訳ではなく、王は今後の魔王との戦の可能性について話を聞きたいだけなのだ。」
と、侯爵は俺に話してくれた。
リンリー侯爵は嘘をつくタイプの男ではない、とイブから聞いていたので信頼しているし、なんとなく話していれば良い人柄だということがわかる。
それに、この世界に地球から来た「異世界人」はもう何人もいるようだから、今更とらえてどうこうするという事もおきないだろう。
だから安心して王城に行くといい、と侯爵は言うが、フォーマルなマナーなんてついぞ知らない俺は正直言ってビビッてる。
ユーリとケートとお茶を飲んでいるときに、衣服のマナーについて聞いてみることにした。
「服とか、正装したほうがいいのかなあ?」
と俺が言うと、
「正装って、ドレスとか?」
ユーリが目をキランとさせて聞いてきた。
「わからないよ、俺はこっちのしきたりのことは。」
「私が知っている限りだと、正式な場での衣装はバザルモアのスタイルと他の国のスタイル、どちらでも良かったと思うわ。」
「バザルモアって、よくあるヨーロッパっぽい世界が舞台のファンタジーものと違う正装だよね、きっと。」
「そうね。織物が盛んだから、正式な格好は男女ともに織物で作った民族衣装よ。でもソルベリーのような西洋風のでも構わないと思うわ。」
織物か。
チェマの街であまり見かけなかったから、日本でいう羽織袴のように、現代では相当特別な時にしか着られないものなのかもしれない。
「ソルベリーの夏のドレス、きっと素敵なんでしょうね…。」
ユーリはうっとりとした顔でそう言った。
ソルベリーはどうやら、パリコレやミラノコレクションのようなファッションリーダー的な存在の国らしい。
「僕の父は、いつもあの異世界風の白いスーツで謁見しているようですが…」
ケートがそう言ってきたので、俺は驚いた。
「ええっ、ああいう避暑地のバカンスって感じの服で大丈夫なんだ?!」
それを聞いて、逆にケートが驚いたようだ。
「えっ、あのホワイトスーツはプライベートな時に着るような感じの存在なんですか?」
「いや、映画スターとかだと正式な場で着てたりするかもしれないけど──」
ケートは「えいが…エイガ…」と呟いた。
少し『記憶』が刺激されたようだ。
「なんにせよ異世界の服なら大丈夫ですよ。王と王妃も父同様『異世界好み』なので、喜んで受け入れてくださると思います。」
そうか、そういえばこっちでスーツを仕立ててもらうと馬車一台の金がかかったって言ってたっけ。
超高級服、って考えていいんだな。異世界のスーツは。
──じゃあ、王様と王妃様へのプレゼントは日本で買える服飾関係のものにしようかな。
アロハシャツ、なんてあげたらどんな顔をするだろう。
「ねえケート、王様と王妃様には会ったこと、ある?」
「あ、はい。年末年始の祝い事の時は王宮に招かれるので…」
「どんな体格の人たちだった?太ってたりする?」
「王は父と一緒に剣術を嗜まれていた方なので、父同様、運動に秀でた体格をされていて、髪は剃髪されています。」
逞しくて剃髪…なんか、聞く限りだといかつそうな王だな。
「王妃様は、ソルベリーの貴族出身の方なんです。イブさんのようにスラリと背の高い美女ですね。」
へえ、国王が他国の女性を妃にするなんてこと、アリなのか。
ソルベリーの近代的な西洋文化が、この野趣あふれる南国のバザルモアに沢山流れ込んできているのは、そういう背景があったからかもしれない。
きっと、友好国なのだろう。
「じゃあ安心した。俺の世界の一般的な衣類が着れそうだな。問題は俺たちの謁見服なんだけど…川口たちと明日にでも買いに行こうかな。」
家にある春物のスーツはバザルモアだと絶対暑いだろう。
今は8月後半。
どこも夏物最終セールの真っ最中だから、薄手のサマースーツを買うのになんとか間に合うかもしれない。
(それにしても、いざ半袖を着たいという夏まっさかりな時期に入るとすでに秋物コレクションが並んでいるという日本のブランドショップのシステム、なんだかなって感じだ。)
「ユーリさんには、僕がドレスをプレゼントしますよ。シブヤでお土産のおもちゃを買ってくれたお礼です。」
「そんな、ケート…小さなぬいぐるみと本のお礼がドレスだなんて、なんだか悪いわ。」
「バザルの街でお礼をする、って言ってたでしょう?約束を守らせてください。」
ケートは、ニッと爽やかに微笑んだ。
お、なんか…
勇者の魂が入って生き返るまではれっきとした令嬢だったと知りつつも…男っぷりがいいというか、イケメンムーブというか。
本物の男になったら、こいつさぞかしモテるんじゃないか?!という気配が漂っている。
現に、本当は女の子だとわかりつつも、微笑まれたユーリは頬を赤くしている。
「ケートってこのまま男の子になっちゃう予定なの?」
と聞いてみたことがあるが、答えは「未定」だそうだ。
勇者の魂が入って男っぽくなったことは、とくに気にならない──むしろ、恋よりも剣術にあけくれてすごしてきた本人的には、ちょっと嬉しいことらしい。
詳しい心境を聞いてみたいところだが、失礼になるかもしれないからちょっと心配。
ケートは、イブの監修のもとに修行をはじめたこの数日間のうちに、メキメキと強くなった。
勇者の固有スキルも1つ2つ開放され、魔法も覚えていっている。
先行きはかなり明るいとのことだ。
俺、川口、福田の日本男子チームも、一応修行に参加している。
毎日早起きするのだけが大変だが、行ってしまえば休むのが勿体ない気分になるほどの爆速レベルアップ。
なにせケートが入ってからというもの、時間あたりの効率がすごい。
今、ユーリはLevel 500
ケートはLevel 180
俺、川口、福田はLevel250前後
俺たち日本人チームは基本的には一般人なのに、こんなに上がっていいの?という感じだ。
この調子なら、王の前でも
「勇者と聖女の生まれ変わりと、異世界から来た息子&パーティーメンバーです」
と胸を張っていられることだろう。
渋谷に行ったちょうど一週間後が謁見の日。
俺たちは東京の街中を巡り、それぞれ好きなデザインのリゾートに着ていってもいいようなサマースーツと靴一式を買った。
ユーリはケートに、約束通り城下町にあるソルベリー風のドレスショップで既製品のヨーロッパ風ドレスを買ってもらったようだ。
そして俺たちは、王宮からの迎えが来るその時にむけて準備を進めていった。




