【127】古本屋は宝の山らしい
渋谷の交差点からセンター街に入っていくと、ケートもユーリもしじゅう周りをキョロキョロ見ては
「ふわぁ…」
という顔になっていた。
周囲からは、日本慣れしてない外国人観光客に見えていることだろう。
しかし、彼女たちはただ珍しがっているわけではないことが、なんとなく伝わってくる。
「マルキュー…」
「シブチカ…」
「タワレコ…」
「ムラスポ…」
渋谷にまつわる、心に去来した単語がポロポロこぼれているようだ。
どれも省略言葉なのが、外見とのなんともいえぬ違和感を感じるが、二人の心にいる日本人──俺の両親が、ジワリ出してるのかもしれない。
両親の若い頃、渋谷は若者の街として今よりも更に賑わっていて「渋谷系」というジャンルがあったらしい。
それは、音楽のジャンルにとどまらず、渋谷をキータウンとして暮らす若者のファッションやライフスタイルにまで及ぶカテゴリだったそうだ。
オリンピックの直前に、過去のイジメ問題を取り上げられてスキャンダルになった「渋谷系」のアーティストがいたので話題になったけど、俺はその分野の有名人はさほど知らない。
ただ、「ああ、両親の好きだった音楽ジャンルだな。」と思ったくらいだ。
1990年代、若者だった両親は、渋谷系の音楽を聞いたり、週末になると渋谷に遊びに行ったりして楽しんでいたということだけは聞いている。
異世界から帰ってきて俺を育てている間も、車の中で曲をかけたりカラオケで歌ったりして、渋谷系を懐かしんでいた覚えがある。
─渋谷 は下手なホテルの高級レストランよりも、『記憶』の扉を叩くのにベストな街かもしれないな。
「だらけ…」
「まんだらけ…」
──ん?
いまなんて?
「まんだらけ…って施設、ありますか?このあたりに」
ケートがハッキリ聞いてきた。
聞き間違いじゃなかったか……!
中古の漫画とオモチャと同人誌とか売ってる、大型店舗だよね。
コスプレ店員さんがいるので有名な…
「まんだらけ行きたいの?二人とも」
「「うん…!」」
二人はめっちゃウキウキした顔で、頬をテカテカにして頷いた。
異世界にまつわる手記をなろうにアカ作ってアップしろ、という遺言(?)を見たときからうすうす感じてはいたけど──両親、もしかして「隠れオタ」もしくは「元オタ」だったんじゃないだろうか…?
転生してあかされる過去の趣味。
まんだらけの店内でどのスペースにふら〜っと惹かれていくのか、見たいような見たくないような…。
腹はかなり減っていたが、飯を食ってからだと閉店してしまいそうなので、センター街に入ってすぐのドラッグストアでカロリーメイトを買い、みんなで分けて食べる。
ユーリとケートは、匂いを嗅いだあと、俺とエイヴ(男の姿のイブ)が食べているのを見てモフッと口に放りこみ、静かにモグモグしている。
─行動が犬みたいでカワイイな。
カロリーメイトだけだと口の水分持ってかれるので、ミニサイズのペットボトルのお茶を配ったのは言うまでもない。
まんだらけの地下へ続く階段を降りていくと、外国人観光客よろしく異世界から来た三人は、階段の壁面びっしりプリントされてる漫画絵や貼ってあるポスターに目を奪われ、キョロキョロしている。
「なんだかダンジョンに続く階段みたいな雰囲気ね…。」
ユーリが呟く。
うーん、なんかわかる気がする。
異世界の穴ぐらに入っていく、そんな感覚がある店舗だ。
地下につくと、明るい空間とともに沢山の本、たくさんの漫画好きの客、そしてコスプレをした店員が目に入り、ユーリとケートのウキウキ度はマックスハート。
物珍しいからか、なんだかエイヴまでワクテカしている。
美少女アニメキャラの格好をした店員さんは、モデル級のルックスの「外国人」である3人を見て一瞬怯んだが、海外からの客には慣れているのか、何事もなかったように優しく促してくれた。
店内のお客さんは、チラッと見てくる人はいれど、目もくれない人も多い。
他の客の外見がどうかよりも、自分の目当ての商品を見つけるほうが大切、とばかりに溢れかえらんばかりの中古本の棚を探索している。
「なんだかみんな、すごい真剣に本を探しているわ。」
「ここは、物量と戦いお宝を探す、ある意味地下ダンジョンなんだ。」
「こんなに沢山の本─バザルモアだと王立図書館にしかないぞ。凄い…!」
ケートが感嘆の声を上げた。
「中野ブロードウェイ店もすごいから、今度連れて行ってあげるよ。」
──と。
本棚と本棚の間の人混みの中から、背の高い見慣れた人物がレジ方面に歩いていくを見つけた。
「あれ?福田?」
「げっ!みんな…なんでここに来てるんだよぉ〜」
なんと、川口と飯に行ってるはずの福田を発見したのだ。
「福田くん、何買ってるの?」
ユーリが、福田に近づいて手に数冊持ってる本を見る。
「この本、コンビニとかで売られてる本に比べてすごく薄い。」
「あはっ、あ〜、いや〜、薄いよねぇ…」
福田がドギマギしてるのを、まわりのレジに並んでいる人達が「ご愁傷さまです…」といった顔でちらりと見ている。
そう、福田が手に持っていたのは中古同人誌だったのだ。
チラッと見た感じ、肌色系ではない表紙(中はわからないけど)だったから安心した。
ソッチ系を持っている所をたまたま居合わせた知り合いにのぞきこまれでもしたら、大惨事だろう。
「わ、すごく綺麗ね!この絵…こんな素敵な絵をかける人が沢山いるなんて、日本はやっぱりすごいわ。福田くん、見せて──」
「かっ、川口はどうした?福田!」
俺は、助け舟を出してやろうと思い話しかけた。
「川口もいるよぉ〜!あっちの、ゲームの古い攻略本とか売ってるコーナーにいると思うから、見に行ってみたら?!」
福田が指さした方向に、俺は異世界三人組を連れて向かうことにした。
──それにしても、福田があのジャンルの2次創作を好んでたなんて知らなかったぞ……。
ユーリ達がいる前では追求しないでいてあげたほうがいいだろうな。うん。




