【126】勇者と渋谷へ行くらしい
「勇者」ケートは、俺の部屋にあるものをひとしきり見て回り、ユーリのすすめで電化製品を触ったり試しに使ってみたりしていた。
──触れたり使ったりすると、それに関しての『記憶』の領域が開く…みたいなこと言ってたもんな、ユーリも。
案の定、最初は水道の水一つだすのもおっかなびっくりだったケートも、一時間もすれば色々なものの利用方法を思い出し(ユーリがウォッシュレットの使い方すら教えたそうだ)スマホも手探りで触れるようになった。
ユーリは日本語を最初からマスターしていたから、この調子だとケートもおそらくすぐに思い出して、俺たちとも翻訳の指輪無しで会話できるようになる事だろう。
ぐー……
腹が鳴った。
そういや、夕飯の時刻だな。
午後7時。日も暮れている。
川口と福田は、ケートの探索タイムが始まるやいなや飯を食いに出てしまっていた。
昼からずっと何も食べてないから、腹が減って腹が減って我慢ならなかったようだ。
今ここにいるのはユーリとケート、そしてイブ。
─4人だったら、どこか美味しい店に直前予約で食べに行くこともできるかもしれないな。
ケートに東京の街も見せたいし。
「みんな、なにか食べに行かないか?」
「わっ!嬉しい。私、実はお腹がかなりすいてたのよ」
ユーリが手を叩いて喜んだ。
「外で食べるんですか?」
「ほう、いいかもしれないな。街に出ると、前世の記憶が刺激されやすくなるだろう。」
イブに勧められて、ケートは元気よく頷いた。
そうと決まれば、レストランの予約をしなければならない。
なにせ、どこへ行っても混んでるご時世だからな。
「ヨーロピアンクラシカルな店だとケートにとっての「異世界っぽさ」は感じられないだろうし…」
スマホの画面を見て悩んでいたところ、ユーリが
「デニーズとかマックはどうかしら」
と提案してきたので、俺はたまげてしまった。
「えっユーリ、知ってるの?それとも『記憶』にあったの?」
彼女はコクリと頷いた。
「マックのことは、沖縄でA&Wに行ったときに『記憶』が開いたわ。デニーズはいつだったかしら…レストランでお肉を食べた時に、ふいに浮かんできたの。」
「そうやって、僕の中に入ってる勇者の魂が覚えていたことを蘇らせていけばいいんだね…!」
ケートが、ユーリの顔をしげしげと見つめて記憶とすり合わせはじめたので、ユーリはポッと頬を染めて「そうよ。」と返事をした。
「よし、ではセンター街のマックにでも行くか。」
イブが紫の髪をかき上げながら、そう言った。
ファンタジー感満載のルックスで「センター街のマック」とか言われるとなんだか違和感を禁じ得ないが、まあ出かけるときはどのみちこちらの世界の男の姿だ。
─てか、男の姿になってくれる方が気が楽だな。ファンタジックな外国人の美女を連れ立って歩くのは、周囲の目が気になりすぎるだろうから…。
ケートはほとんど男の子に見えるから「美女」とは見えないかもしれないけど、気分の問題だ、気分の。
「じゃあ記憶を刺激するために山手線で渋谷に行こうか。ファーストフードなら混んでいるといっても回転良さそうだし。」
革袋の力でお金持ちになってから、初めてかもしれない。マック。
今まで行けなかったような店でばかり食事をしてたから、マックやファミレス、吉野家なんかもなんだか懐かしい。
──別に本当は、「デニーズで値段を見ないで注文できる」くらいの年収があれば、十分なんだよな。
1億円なんて無くても…
と、思ったけど。
「ファミレスくらいなら値段を気にしないでいられる人」の年収を1千万円だとして、10年間働かないで使ったら1億か。
例えばこの先死ぬまで働かないでいるとなると、何億円かはないといけない。
─悠々自適な生活って、人生単位で考えたらすっごい金額かかるんだな…。
考えたらちょっとげっそりしてしまった。
俺たちは恵比寿駅から山手線に乗り、渋谷センター街へと向かった。
ケートは見るものすべてが目新しくもあり、記憶にある懐かしいものでもあるようで、時折「はっ…」とか「アレって…」などと呟きながら、はぐれないよう俺とユーリに挟まれて歩く。
男の姿でのイブとケートは双方、中性的な雰囲気を醸し出し女性の目を引くのか、すれ違いざまにメチャクチャちらちら見られる。
もう、ほぼ全ての女性がこちらをチラッと見ていると言っても過言ではない。
俺のおとなしい人生ではあまり経験しなかった体験だ。
「ジャニーズとかモデルとかの男って、こういう視線にさらされて生きてるのかなあ…」
「なにか言った?渚。」
俺のつぶやきに反応したユーリもまた、通りすがる男たちにチラチラ見られていた。
「うわ、これあれだ…俺、訪日外国人俳優さんたちの通訳だって思われてるやつだ、絶対。」
川口と福田にも、同行してもらえばよかったかな…
そういえばあいつら、どこで飯を食ってるんだろう?




