【125】アンパンマーチ
シュンッ──
白い光に包まれて、俺たちは恵比寿のマンションに転移した。
俺、ユーリ、川口、福田、イブと、もうひとり。
バザルモアの侯爵令嬢にして、勇者の生まれ変わりである「次世代勇者」ケート。
「こ、これが異世界──僕は本当に転移したのか。」
ケートは、1502号室のイブの部屋を眺めて、実感が沸かない、といった顔をしている。
「僕の屋敷や、バザルモアの街のホテルと大きな違いが感じられないような…」
「それはここがイブの部屋だからじゃないかしら。お隣の、渚の部屋に行けば違う感じがすると思うわ。」
ユーリが、ヨーロッパのアンティーク家具で揃えられたイブの部屋を見て戸惑うケートに、優しく伝えた。
そう、イブは異世界でも北方のソルベリー出身。
聞いた話によると、東南アジア的な文化のバザルモア王国とは違って、地球でいうところの(昔の)ヨーロッパに近い感じだそうだから、バザルモアの貴族だけど西洋風な家を好む侯爵家とは大きな違いが見つけにくいのかもしれない。
「じゃあさぁ、渚の部屋に行ってケートちゃんに俗っぽいもの見せようよ俗っぽいもの。」
福田が面白がって提案をしてきた。
「おい!人を俗物みたいに言うな。そんなにないぞ、今は。」
「ああ、アパート暮らしの頃と違って、今は家事代行サービスの人がきれいにしまってくれてるもんな。」
うう。
狭いアパートの一室に、ゲームや菓子袋、資源ごみの日に捨てそこねたジャンプの山やBOOKOFFで衝動買いした漫画とラノベ(エロいの含む)、100円ショップのたいして使わない健康器具、ペットボトルの山がごちゃごちゃあった姿を見られている川口と福田には、なにも言い返せない。
なんだよちくしょー。
川口の部屋だって同じようなもんだったろー!
(福田はミニマリスト独特の清潔な部屋だったので、マジでなにも言い返せないけど。)
「渚どのの部屋、見てみたいですね!父様のコレクションみたいな日本のアイテムが沢山あるのかな…」
ケートは目をキラキラさせて、そう言った。
「侯爵、見た感じすごく『異世界好み』だもんね。服装もこっちの…俺達の世界のスーツだったし。」
「僕の家はソルベリーに住む異世界人の方々から伝わったデザインで、仕立て屋に特注しているんです。」
ケートは誇らしげに、自分のノーカラーのシャツを撫でた。
「特注とはなんともまあ、贅沢な…。」
「うわぁ〜、侯爵様のダブルの白スーツ、きっと高いんだろうなぁ〜。」
「父上のスーツ上下で、馬車が買える程ですね。」
うひゃー。
日本だと紳士服の青山とかでも買えるから、お土産に買っていったら喜ばれそうだな。現代のサマースーツ。
俺たちは、隣の1501号室に移動した。
こちらはイブの部屋と違って日本式なので、当然靴は玄関で脱いでもらっている。
「わあ…!」
ケートが俺の家に入るなりまず興味を示したのが、バザルモアの魔道具にはない数々の家電だ。
テレビ、ノートパソコン、プレステにSwitch、エアコン、洗濯乾燥機…
「ユーリちゃんの店の在庫セールをしてる時にも思ったんだけどさあ、異世界の魔道具でも炊飯器や湯沸器とか、食べ物関係のは結構あるよね〜。」
「そうだな。鉄板焼きコンロやシンプルな冷蔵庫なんかもあって、魔石は本当に電気のかわりなんだな、と思ったぞ。」
福田も川口も、在庫セールの時は販売の接客にあたってもらったから、魔道具のことはそこそこ詳しくなっている。
異世界の魔道具は、たしかに電気のかわりになっているようだ。
おそらく、異世界の家電文化は俺達の世界から転移していった「異世界人」の知恵で、急速に発展していっているのだろう。
食い道楽が多いらしいから、中でも食べ物分野の発展が目覚ましい。
だが、現代の地球ほどではなく、戦前のまだテレビがなかった頃くらいの文化…といった感じだろうか。
テレビやラジオみたいな「電波」を使ったものは、まだないようだ。
声や映像を伝えるなんてのは、魔法や固有スキルの力でなんとかなりそうな感じもあるが。
(魔法やスキルがある、というのも便利な反面、文明の進化を遅らせている原因かもしれない。)
ユーリにテレビをつけてもらい、ケートに見せてみる。
たまたまNHKで、『懐かしのアニメ主題歌特集』の番組の再放送をやっていた。
国民的アニメの主題歌を、アニソン歌手本人が出てきて歌うやつだ。
「なにを言ってるか言葉はわからないけど──バザルモアにはない類の歌ですね……」
ああそうか、俺たち日本人チームはいまや全員「翻訳の指輪」をつけてるからケートの話す異世界語はわかるけど、ケートは日本語がわからないんだった。
腹の異次元ポケット(=宝物庫)にまだ入ってたかな…
保管されてるのが王宮の宝物庫とかでも、指輪一個くらいなら取り出してもバレないかな…
「あっ、この曲──」
ユーリが、新たにかかった歌に耳をとめた。
「『記憶』にあるわ。これは…なんの情景かしら。小さな部屋の小さいテレビからこの曲が流れて…」
「僕にも浮かんできた…!『記憶』が同じ情景を頭の中に映し出してる─」
ユーリとケートが、同時に喋った。
「「赤ちゃんと一緒にこの曲を聞いてる情景…!!」」
流れている曲は、お腹がすいた人に頭のアンパンを食べさせてあげることができる国民的ヒーローのアニメの主題歌。
マーチだ。
テレビの画面では、少年少女合唱団の子供たちが歌っている。
「おい渚、その赤ちゃんって…」
川口が俺に問いかけてきたが、
「──渚?」
俺は答えられなかった。
親子3人で、赤ちゃんを囲んでテレビを見る図。
その赤ちゃんは、間違いなく、俺だ。
赤ちゃんだから、当然その時のことは覚えていない。
でも、想像できてしまう。
埼玉の実家、小さな雑貨屋の二階。
居間であり、食堂であり、両親の寝室でもあった部屋。
その情景を思うと胸がじんじんと熱くなって、涙が浮かんできてしまうのだった。




