【123】勇者の秘密
「ちょ、ちょっ…渚!」
急にユーリが袖を引いてきた。
「なに?ユーリ。」
「まだ心の準備が……!」
ユーリは、額に汗をかいて頬を真っ赤にしている。
あ、そっか、考えてみれば──
「ユーリちゃん緊張してる〜?」
「ウム、元々は夫婦だった二人だものな。生まれ変わっての再会か。」
福田と川口がワクワクした顔でこちらを見ている。
「もうっ、二人とも!そういうの聞くとよけい緊張するから…!」
その時だった。
「お父様!姉様!異世界からのお客人というのは本当なんですか?!」
バタンとドアが開いて、薄茶色の髪の美少年が応接間に入ってきた。
「剣の稽古を途中で切り上げて、馬で早駆けして帰ってまいりました!」
侯爵と同じようなノーカラーの白いシャツの袖をまくりあげて、手には乗馬用だろうか。白くて短い手袋をつけている。
ズボンもまた乗馬用らしい形の西洋服で、足元にはブーツを履いている。
「こら、ケート!お客人の前で失礼だぞ!」
公爵に叱られて、ケートと呼ばれた少年は俺たちに気づき、深々とお辞儀をした。
「申し訳ありませんでした。こちらに皆様お揃いだとは気づかずに…ご無礼をお詫びします。」
まだ15歳かそこらだろうか。
声変わりもしきってないような、みずみずしい中学生くらいの声。
しかし紳士的に振る舞うその姿は、やはり貴族の子息なんだなあと思えてならない──
けど。
──父さんなのか?!
だとしたら、なんちゅう美少年に生まれ変わってんだよ!
いや、母さんも大概だけどさ!
どこかの「味の玉手箱や〜!!」とか言ってる太めなグルメレポーターみたいに、若いころは美少年だったとか、そういう系のおじさんじゃないじゃん!
普通のおじさんだったじゃん!
なんで生まれ変わったらハリウッドもビックリ級になれるの?!
そんなんなら俺も転生したいよ…!
「…やはりこれは、勇者として人々を救って徳を積んだからだろうか…」
「ん?なにか言ったぁ?渚〜」
あ、いかん。心のなかで思ったつもりがボソッと声に出てしまっていた。
「いや、なんでもない。」
「ご紹介が遅れました。先程お話しました、末の子のケートです。」
「父様、先程の話ってなに?僕のいないところで──」
ケートがぷーっと膨れたような顔をしてみせる。
「いや、お前が落馬して死にかけたが奇跡の生還をはたしたという話だよ。」
「そうなんです。実は僕、神様とその時お話したんですよね…ってその話を言っても、あまり信じてもらえなくて。」
「私は信じていてよ、ケート。」
「クララ姉様…。」
「だから、この方達にあなたのことをお話しようとしていたところなの。あなたの持つ『記憶』の話を──」
俺はハッとして、イブの顔を見た。
するとイブは、こくりと頷いてきた。
やっぱり…やっぱり、この子の中に父さんの魂が入っているんだ…!
ユーリはどうしてるだろうと横を見ると──
「……あの方が勇者様…?」
やはり俺同様、心で思ったことがつぶやきになって出てきてるけど…
うっわ!
ポーッとして、頬をピンクに染めている…!
漫画だったら目の中にハートマークが入ってそうな感じ…!
こ、こ、これは……
これは、話にならなさそうだから放っておこう…!!
「ケートくん、落馬したときに体験した、君の『記憶』の話を教えてもらえないでしょうか。なぜなら─」
俺は、りんごのように赤くなってるユーリの肩をポンと触り、
「彼女もまた、君と同じような体験をしているからです。」
と、伝えた。
ケートの方も何かに気づいたのか、ユーリをじっと見つめている。
「──わかりました。僕におきたことついて、お話しましょう。」
彼は、自らの父と姉に目線を向け、互いにコクリと頷いて了承を得たようだ。
「僕は、落馬するときまではこのリンリー家の三女──末娘でした。」
「「「……え?」」」
驚きのあまり、間があいてしまった。
え?三女?
「てことは、女の…子…?!」
「ええ。ケートは、間違いなく私の妹ですわ。」
クララが答えた。
侯爵もそれに続く。
「この子はもともと活発で、15歳にして剣の腕も大人の男性も負かすほどの腕前だったのですが、死から蘇ってから、その…なんといいますか…。」
「男の子そのものになってしまったんですわ。」
「なんだか、こっちのほうが暮らしやすいんだよね。姉様だって、別に構わないって言ってたでしょ?」
ケートは、悪びれずに、クララに向かってそう言った。
「ええ、私はあなたが望むように振る舞うのでいいと思っているわ。ただ──あなたの中に誰かがいるのが、父様も私も少し…気になるの。」
「ああ。たまに、まるで見てきたかのように、私以上の『異世界好み』な知識を見せるようになった。まるで、その──異世界の誰かの『記憶』を持っているかのように。」
「それは──」
ケートは、そう言うと俺達の方を見た。
「僕の『記憶』はまだ不鮮明で、探り探りでしかないんですが、きっとそこのお兄さんたちと同じ国の物なんだと思います。」
俺たち──日本人としての記憶。
「石鹸の泡のように頭に浮かんでは弾けて消える、記憶の中の風景にいる人々は、彼らと同じ、僕達より少し薄い顔をした人種。その人たちの暮らす街──」
ケートは、そしてユーリの方をしっかりと見た。
「そこの女の子も、きっと同じような状態なんじゃないでしょうか?」




