【116】超高級車が必要になってきたらしい
異世界での在庫セールも終わり、めいめい好きな事をして過ごせる時間が戻ってきた。
川口はジムに行き、福田は家の模様替え、ユーリはイブの指導のもとに異世界のダンジョンで特訓を再開するらしい。
俺はというと、これから勇者探しを本格化させなければいけない時がやってくるので、この期間を使って多少準備をするつもりだ。
アイテムの準備や乗り物の確保、居場所の用意などが「商人」の仕事。
親の勇者パーティーで、商人ラナンがしていた事を、ユーリとまだ見ぬ勇者の為に、俺がしてみようと思っている。
──別に、命令された訳じゃないけど、革袋の力でこれだけ贅沢させてもらってるんなら、なにもしないまま魔王復活を指をくわえてみているのは、なんだか申し訳ないし…
なにより、異世界に関わること自体が楽しい。
バイトや収入を気にせず、やりたいと思った事をやるというのはなんともいえず清々しい気分で、世界がキラキラして見えるんだ。
「よーし、優雅に贅沢しながらチマチマと雑務をこなすぞー!」
リッチなのかセコセコしてるのかわからないひとりごとを言うと、俺はまず不動産屋へと向かった。
バザルモアは亜熱帯植物の楽園だ。
だから東南アジアの気候に近いのかと思いきや、ユーリやお客さんの話を聞いた感じだと、ちょっと違うようだ。
雨季は6月の間で、7月になると「雨季明け」するようなので、どちらかというと日本の、沖縄に近い。
しかし夕方にはスコールのような夕立がある時もあり(在庫セールの準備期間中にも2回ほど短時間の土砂降りにあった)8月になると「嵐の日」という台風みたいなものもあるようなので、これからは天気にも注意していかないといけない。
タラートの市場からチェマの街まで移動したときは雨も降らず、床も乾いていて非常に運転しやすかったが、もし雨でぬかるんでいたら──。
─今の車は4WDの都市型SUVだけど、もう一台、本格的なクロスカントリー車があると安心だな…。
あと、車庫も!
マンションの駐車場だと、監視カメラもついているので、異世界で取り出すたびに消えたり、泥だらけになって現れたりしてると怪しいことこの上ない。
賃貸でいいので、誰にも見られずひっそりと置いておけるシャッター付きの車庫を借りようと思った。
「東京の街なかはレンタルガレージ、あっても埋まりやすいんですよね。郊外でしたら見つけやすいのですが…」
澁谷南不動産の沖田さんに、物件検索をしてもらっている。
「あ!足立区あたりだと、2軒ほどございますよ。監視カメラもついていて、お留守の時も防犯対策はバッチリです。」
うーん、監視カメラ付きはまずいんだよな…しかしそんな事言えないし。
どうしようかな──
「あの、劇団の大道具置き場などにも使いたいので、空間だけをまるっと使える天井が高めの倉庫みたいなの、ありませんか?車も中にしまっておけるタイプの──」
劇団の作業場で使うと言うと、まるっとなんにもない「ハコ」状態の空き倉庫物件を紹介してもらいやすいし、工場として年中稼働してなくても怪しまれない。
──これは劇団経営をしてる先輩と飲んだときに、仕入れた知恵だ。
「まあ、演劇をやってらしたんですね!道理で、普通の仕事の方とちょっと違うムードが出ていらっしゃると思ってました。」
違うムードってなんだろう。
浮世離れ的なナニカなのかな…。
しかし、演劇やっててあんな高いマンションに住んだ上に高い作業場まで借りれるとなると、相当儲かってる劇団だぞ。
おそらく看板役者はドラマや映画に出ている。そのクラスなんじゃないか。
沖田さんの紹介で、文京区にある電動シャッター付きの古い空き倉庫を見つけることができた。
壁はトタンで天井はまぁまぁ高く、それ以外はなにもない。それこそ箱状態。
印刷屋が多い地域で、その物件も廃業した印刷所の倉庫だそうだ。
沖田さんに渡された物件用紙を見ると、築45年で賃貸料は月50万円。
さすがに郊外に比べると、古くても高い。
管理人はいなく、「自主管理」と書いてある。
「かなり古い倉庫で、管理会社との連携などもなく、監視カメラなどもご自分で設置していただかないとならないのですが…」
いえいえ、それくらいのほうが有り難い!
俺はそこに決定した。
次に必要になってくるのは、クロカンタイプの車だ。
「ゲレンデ」と呼ばれる、メルセデス・ベンツのGクラスが欲しい。
海外の人が、大きな水溜りのあるぬかるみきった道、岩だらけや森の中の道を走ってみる動画をあげていたので見てみたら、かなりいけそうだ。
土の勾配もガンガン登っていっている。
なによりルックスが四角くてカッコいい(と、俺は思う)
異世界専用にしようと思うから、都内で乗ることはあまりしないと思うけどね。
正規ディーラーで新車を買うと非常に高く、収入的に現金一括払いは怪しまれるような気がしたので中古車ディーラーをあたると、諸々込みで約2000万円のほとんど走行してない新車同然の中古車が見つかった。
年式も2021年のもので、車検も来年まである。傷、修復履歴無しだ。
こんな高級車をポンと買って一年以内にポンと売るのって前の持ち主はどんな人なんだろう…と思ったが、聞いた話しによるとこのクラスの車は現金で一括購入する人がかなりいるらしい。
なにかの理由で突然富裕層になった人か、それとも──
以前なら考えもしないことだが、俺みたいに魔法的な力が関係している人も中にはいるんじゃないだろうか…と、今なら思ってしまう。
──これで…これで金庫の中の札束がやっと少し減る…!
それでも1億円の中の2000万円って、なんだかほんのちょっとな気がして…お金の感覚がおかしくなってきてる自分を感じたが、戦いのための備品、備品!とだけ思って深く考えない事にしたのだった。




